文亨進二代王様説教集 不思議な道のり

 

3.不思議な道のり

2015年2月15日

 

 神にすべての栄光を捧げます。聖歌隊のリーダーたちにも激励の拍手をお願いします。ありがとうございます。お座りください。神を賛美することは、本当に治癒の効果があります。なぜなら、だれかに見せるために、喜びを無理強いしてかもしだす必要がないからです。

 私たちの心情の中には、ただ神のみが癒して下さるものがあります。そうでしょう。ですから、神を賛美し栄光を棒げる時、神が臨んで下さることを感じることができるのです。本当に聖霊があふれていることがわかります。最後の賛美歌の歌詞が、特に私たちの心情を揺さぶります。本当に美しい歌詞です。(主と比べると)私は咲いて散る名もない花です。今日、私はここにいるかもしれないけれど、明日には散ってなくなってしまっているでしょうから。

 賛美歌を歌うことはたいへん重要なことだと思います。特に、荒野の過酷な零下の寒さの中、外で夜営しなければならない時は、ひときわです。グレッグ氏、今週の金曜日の夜は本当に寒さが厳しかったでしょう。でも私たちはたき火の周りを回りながら、楽しぐ賛美を送りましたね。楽しく、楽しく賛美しましたね。

 主は私たちの力であられるので、私たちは主の権能の中だと、たいへん嬉しいのです。私が塞ぎこんでいたり、あるいは怒っていたり、ある人々たちはそう思うかも知れませんが。しかし私は、そうではありません。主は私たちの力であられるので、主の権能の中でたいへん嬉しいのです。

 私たちがここに集まったのは、主の中で喜ぶためです。神はどんな戦闘においても、全知全能であられます。ゆえに、神は勝利を勝ち取られました。勝利はすでに神のものなのです。私たちがここですることは、その勝利を喜び、お祝いすることです。

 私たちは憂鬱に心配をするために、ここにいるのではありません。「おお、あわれで、かわいそうな身の上の神よ」ではありません。私たちはさらに大きな栄光を、神にお捧げしようと言うのです。私は今日「不思議なる道のり」と言う主題でお話しようと思います。今日の聖書の聖句は、ヨハネの福音書12章46節です。一緒に読んでみましょう。

 私は光としてこの世にきた。それは、私を信じる者が、やみのうちにとどまらないようになるためである。たとい、私の言うことを聞いてそれを守らない人があっても、私はその人をさばかない。私がきたのは、この世をさばくためではなく、この世を救うためである。私を捨てて、私の言葉を受け入れない人には、その人をさばくものがある。(おれは彼らの先祖たちであることは知っていますね)私の語ったその言葉が、終わりの日にその人をさばくであろう。私は自分から語ったのではなく、私をつかわされた父ご自身が、私の言うべきこと、語るべきことをお命じになったのである。私は、この命令が永遠の命であることを知っている。それゆえに、私が語っていることは、私の父が私に仰せになったことを、そのまま語っているのである。

 素晴らしい聖句です。この聖書の聖句は私たちが忘れてしまっていたことを言っていますね。私たちはどんなお方が、私だちと共に生きているのかを忘れてしまいました。主が私たちと共におられる時、私たちはそのお方が、臨んでおられることを知らなければなりません。主の言葉を聞いた時、誰の言葉を聞いたのか、自覚しなければなりません。真のお父様が経典を指定され、八大教材教本としてお定めになったのなら、そこには必ず理由があるからです。

 多くの人々がいくら、重複がひどい、語彙が難しい、と言ったとしても、それは重要なことではありません。なぜなら、その(八大教材教本)御言葉は、未来のそのだれかが、死んでしまった生命を、もう一度よみがえらせるかも知れないからです。ある人たちは、私にメッセージを書いて、「天聖経」の原版にはお兄さんの顕進様に関する話も収録されているのを、ご存知ですかと聞くのです。そうしながら、ああだこうだと私に言うのです。

 いいえ、私の考えは、それは唯一の希望だと思うのです。その御言葉が経典に入っているからこそ、いつか顕進様がその御言葉を読み、「そんなはずが、と父様が私のことをこんなに愛して下さっていたのか」と、目覚めるかも知れません。顕進様がその御言葉をして、また救いを受けることができるかも知れないではないですか。それは、誰にもわからないことです。

 私がお話ししたのは、特定のお父様の御言葉が好きか嫌いかではなく、神の御言葉で経典は私たちの霊的な救いと、直接に繋がっていると言うことです。ゆえに、経典を任意に変えてしまうことは、神聖を冒涜してしまうことになってしまうのです。

 勝手に経典を変えてしまったなら、救いを受けるはずの多くの生命を死なしてしまうことになるのです。人間的に考えると、重複が多いと言うかもしれませんが、死んでいる生命が、正にその御言葉を必要とするかもしれにというのです。

 この事実を理解することは非常に重要なことです。本当に興味深いことです。今、全世界の統一家には、熾烈な討論がなされています。初めて全世界の統一家はとても深刻な問題をさらけ出し、向かい合っています。私は、それはいいことだと思っています。とてもいいことだと思うのです。なぜなら、私たちはこの問題について黙っているように、そそのかされました。また、この問題について言及したり、質問をしたりすれば、その人は統一へ家の和合を破り、その何であろうとも破壊しようする者だと焙印を押されるのでした。しかし,神はありがたくも今、世界の統一家がこの問題について隠し事なしに討論できるようになりました。

 皆さん、これを知っていますか。一旦この様にあからさまに話が始まった以上、神様はこれから私たちを神様のみ前に、導いてくれるであろうという事実です。この点がまさに、私がこの全ての討論が、とてもいい現象だと言う理由です。

 ある人たちは、「あ、このことは聞くに堪えられない。あまりにも多くの人たちに混乱を与えるだけだ。」と、そうですよ。本当にうまくいきました。必要な事なのです。ガン細胞を除去するためには、苦痛を伴わなければなりません。自分の体をむしばんでいるガン細胞を除去するためには手術をしなければならない時、苦痛を伴うでしょう。しかし、その過程が終わった時は、治癒されるのです。神の超自然的に導いてくださる役事が始まるのです。止むことがない聖霊の役事を目にすることでしょう。

 しかし、私が何をどのように言っても、おごった人たちは別のことを言うでしょう。当然なことでしょう。彼らは報酬を搾り取っている人たちなのですから。彼らは「あ、本当に真のお母様のために勇気を出して下さり、心より感謝するのみです」と胸をつかんで言うでしょう。本当は、自分たちの俸給を守ってくれる、天使長である指導者体制の下にいることに、感謝しているだけに過ぎないのに。それはとても違った二つのことなのに。

 皆さんにたいへん簡単な例を一つ挙げましょう。そのために、芸術作品をいくつか鑑賞しましょう。なぜなら、人類史には偉大な美術の巨匠たちがたくさんいるからです。
 これはミケランジェロの作品を検索して出てきたものです。ご覧の通り、ピエタ像等の彫刻像をはじめ、驚くべき芸術作品です。私もイタリアでこれらを直接鑑賞する幸運に恵まれました。本当に人が造ったとは思えないくらい、素晴らしい芸術作品です。16世紀の技術をもって成されたとは、とても信じられない作品です。本当に世紀の作品です。
またダリの作品も検索してみました。ある人たちはダリの作品はあまり好きではないかも知れません。彼の作品は本当に奇怪であることで有名ですよね。一つの作品の題名を見ると、「偉大な自慰行為」というのをみると超現実主義超のジャンルを開拓したダリは、多くの奇怪な雰囲気の作品を残しました。

 そしてピカソの作品も検索してみました。夢(リレバ)とアビニョンの恋人だちなどのピカソの作品を見ると、「何、こんなタイプの芸術作品もあるんだなあ」と思われるでしょう。

 そしてモネの作品も探してみました。私は個人的にモネの作品が好きです。モネの作品には深みがあり、彼の作品を一番よく楽しんで見ます。彼の作品を見ていると、睡蓮があふれる池と、その上の橋、その広い庭に立っているように、しばしの間錯覚してしまいます。私は個人的に日本の庭園と自然な原始的な生き方が好きです。私が自然の中にいることが、好きだからそうかもしれませんが。モネの作品は本当に美しいです。

 たいへん簡単な方法で説明してみようと思います。私たちの教会の中にも、革新的な気質をお持ちの方も、たくさんおられるので、この例が適当だと思います。モネの作品、ピカソの作品はそれなりに自体が名作なのです。

万一その巨匠たちの死後、だれかが彼らの作品の上に上塗りをして、絵の中の配列を少し変えたりして、できたものに、これはモネの作品だ、と言えば私たちは「とても話にもならない」とひどく怒ってしまうでしょう。

 ただ、絵の作品だけなのに、ただ描いた絵なのに、熱を上げ怒ってしまうでしょう。それは偉大な作品を毀損する行為だ、さらには犯罪行為だと言うでしょう。博物館が警察に訴え、そんな人を血眼になって捕まえようとするでしょう。美術作品を愛する人は、美術作品をぞのように毀損しては駄目だということをよく知っているからです。なぜなら、その名作がその作家を代表していることを認めているからです。また、画家が作品を通して表出した、画家個人の個性を最高に尊重しなければならないことを、知っているからです。

 いくら「私とこの画家は一つだ」と主張しても意味がありまぜん。そんな主張をする人が、画家の妻であろうが、息子であろうが、だれであろうが、その作品を変えてしまっては駄目だというのです。なぜなら、それはその画家だけの作品世界であるからです。まったく、おかしい話ではないですか。ピカソの「夢」がだれかによって上塗りされ、80%の作品が変えられてしまったと聞いたら、いや、だれがそのような非常識なことをするんだ、と熱を上げ怒ってしまうでしょう。ひどいことをすると食ってかかることでしょう。

 そこで、メシアがこの地に直接顕現されて、直接彼の業績を決定したのなら、それが、彼がこの地に残そうとされるものではないですか。それこそ、神であられるメシアの経典を通して、切に表出なされようとされるのではないかというのです。そうでしょう。この経典こそ世の中の全ての芸術作品を合わせても、比べようもない地上最大の不朽の名作じゃないかというのです。

 しかし、多くの人たちはそれを問題扱いしようとも思わないし、細々しい、見るにたりない問題だと言います。「それはまったく重要な問題ではなく、さらに大きな絵を見なくては、和合のためには、これぐらいは犠牲にならなくては」って言うのです。

 いいえ、そんなことをいう人は、傑作品の保存法において、基本常識すら持っていない人たちなのです。万一そのだれ一人として、あなたが成し遂げた作品にそうしたなら、あなたはどれほど怒ってしまうでしょう。しかし、いったいどうしてこのような行為がメシアの業績に加えられても、何の問題もないと言うのですか。

 「食口のみなさん、その点は見過ごしてください」「いやあ、本当に大丈夫だって」「何度もそんなこと言うんですか」それが、どれほど話にもならないことかご存知ですか。どれほど愚かな議論なのかということです。

 簡単に壊されてしまいましたね。なぜなら、それは簡単な偽善だからです。モネの作品についても決してそう言わないでしょう。ピカソの作品についても決してそう言わないでしょう。ピエタの作者のミケランジェロの作品についても、そう言わないでしょう。名作「モナリザ」に鼻髭を描いて、「実はこれはレオナルドダビンチがやったんだ」とは言わないでしょう。そんなことをしたら駄目でしょう。

 たった一本の線を引いても、それは名画を毀損してしまう行為なのです。神様は最も偉大な芸術家であられます。神がメシアの体を使って、この地に顕現されたその尊い業績の芸術に、私たちは触ってはいけません。これはあまりにも自明なことでしょう。しかし彼らは真実を覆い隠そうとしています。勇気を出して真実と向き合うことのないようにしているのです。

 これは真のお父様の神聖さを冒涜されたという事実です。そして、これはお父様が直接お使いなった語彙からみても、異端的行為だと言う事実なのです。ご覧になっているのは天使長である扇動する人たちが、よく使う灰色宣伝の発言の中の一部です。見てください。

 かれらが最も好んで使う言葉は「亨逆様は本当にお母様を憎悪しておられるようだ」です。「本当に親不孝であり、こんな親不孝はない」「自分の母親を嫌悪するなんて、亨進様は本当に悪い息子だ」「こんなにも肉親の母親を憎悪できるのか」「本当に基本も出来ていない人間だ」「亨進様は世の中のすべての女性を憎悪している」

 本当ですよ。女性たちをそんなに嫌ってるんだって。「亨逆様は白身の責任分担を果たしてない」。いやあ、私たちですら、こうやって一体化のためにお祈りしているのに。私たちは慈悲深く、愛に満ち溢れており、私たちこそ清廉潔白な信仰心の深い仲保者なのに。私たちこそ真実に仲保者として、真のお母様をお守りし、食口たちを守り、真の子女様までもお守りしている、そういう人たちなのに。

 同じ瞬間に白身の位置と給料は保存し、献金の内訳を公的に公開することは拒みながらですよ。真のお父様の尊い業績を冒涜し毀損させてしまったことについて、一抹の後悔もなくですよ。最後のほうの事なんて気にしないで、ただ亨進様がどれほど深くお母様を嫌っておられるのかだけを知っていればいいんですよ。亨進様がどれほど女性を嫌っているのかも、忘れちゃだめですよ。もちろん、どれほど亨進様が自身の責任分担をやってないっていう事実もですね。

 これはとても滑稽な宣伝行為です。話にもならない狂気の沙汰としか、たとえようがありません。話をしようとしても、あきれるばかりです。私はこの話にもならない天使長である扇動する人たちに言いたいです。あなた方は私より真のお母様を愛することができません。毎日いくらやったとしても、あなた方は私より真のお母様を愛することができません。なぜなら、真のお母様は私の実の母であるからです。わかりますか。真のお母様の子宮を通ってこの世に生まれ、真のお母様のお乳を吸って育ちました。あなた方は私より真の母様を愛することができません。

 結論です。あなた方がいくら白身の義を主張しても自身の信仰が、入より抜き出ているとうぬぼれたりしても、あなた方がいくら「私は真のお母様のために堂々と弁護する」と言ったとしてもです。本当は裏で自身の俸給を徹底して守りながら、本当は天使長の組織を弁護しながら。

 しかし、私はあなた方の灰色宣伝に振り回されるような者ではありません。あなた方の論理はいとも簡単に突き破ることができるのです。あまりに如実にその手の内が見えるからです。この状況を自分たちの論理を広げる機会と思っている彼らを見ると、真に情けないです。

 私が男性優越主義者で、女性嫌悪者だって? ここにおいでの皆さんなら、誰もが私が妻にどのように接しているかご存知でしょう。私たち夫婦の仲を知っている方たちは、私が妻をいつも尊重していることを知っているでしょう。あなた方がこの事実を認めようが認めまいが、私はこの女性を愛しています。なぜなら、私の妻は私を完全な者としてくれるからです。ほかの誰でもなく。

 私が一つお話しましょう。あなた方は、女性像に対する主題を好んでおられるようなので、本当に明らかで簡単にわかる事実ではないですか。公文を送る文書を見ても、私たちは皆「真のお母様の位相(位置)を守るのです」「全ての統一家の女性たちよ、立ち上がりなさい」って、言っていたじゃないですか。白分たちは絶対に役職からは下りはしないし、数億の給料をもらい続けてはいるけれども、幕の裏には誰がいるか、それがそんなに収要なの? と言いながら、その幕を引き開けた時、彼らは隅っこに逃げ、顔を隠すくせに。

 皆が、この気の狂った生中継を見ているのに、本当に義理がたい行動を見せたいなら、その地位から下りてきて下さい。下りてきなさいと言うのです。教会からお金をもらうなと言うのです。本当に、摂理のために貢献したいのなら、タダで仕事をしてみなさい。それはどうですか。しかし自分の地位に、権力にお金に食らいつきたいのですね。それがあればこそ、本当の力が得られるとお考えだからですね。

 今、統一家にどんな法的立場も資金もないのにもかかわらず、どうして全世界の教会が私の説教を見るのか考えてみなさい。私たちはあなた方に「真実」を語っているからです。天使長たちが隠すのに大慌ての、この時にです。私たちはそんな偽り事には乗りませんでした。女性たちを人質にして前に立て売りとばす、あなた方の行為には加担しませんでした。女性の前にひざまずくことが、いつまでも自尊心が傷つき、だから真のお母様に従わないのだと、私について話もするでしょう。反性嫌悪者に違いない、とも言い。

 今私は全世界の統一家の女性たちにお話しようと思います。率直に言って、女性たちが本当の自分自身が誰なのか、その価値がわかったなら、このような天使長の術策には落ちなかったでしょう。幻惑されもしなかったでしょう。女性たちが自身の真の価値を知ったなら、どんな天使長の扇動する人の言葉にも、耳を貸さなかったでしょう。

 天使長たちが俗に使う、男性対女性、このように最初分裂させておいて、屈服させてしまう方法に陥らなかったでしょう。真の女性の価値を知るなら、真の内面の自信感を持つようになるからです。

 また女性対男性という編隊に分けて戦い、裏の支配者に弄ばれていては駄目でしょう。女性権威の伸張のために努力しているなら、偽りで書き連ねられた群れを貫くこともできるでしょう。自身の政治勢力を広げるために、反性を自身の政治戦争の将棋の駒の一つに使う前に、女性たちが女性の真の価値を知ったなら、裏の支配者たちの邪気に弄ばれなかったでしょう。

 女性の皆さん、私が今話している言葉は、あなた方を姉妹のように愛しているからこそ、お話するのです。なぜなら、誰もその真実を言うことを、恐れているからです。もうすでに知っているじゃありませんか。私が男性優越者でも、女性嫌悪主義者でもないことを、知っているじゃないですか。すでに払の妻に娘にどう接しているのか、見たではありませんか。それを見ても、私をそのように行えるのなら、あなたは精神分裂症にかかっているのではないかと。あるいは、本当に私を女性嫌悪主義者だと、願っているのでしょうか。

 これをひとつ知っておいて下さい。あなたは女性としての本当の価値について、無知であるということです。わかりますか。真のお父様が、天聖経で語られるには、神様がアダムを造られる時、すでにエバを頭の中で構想しておられました。お父様が計われるには、神様はこの世、宇宙を造られる前に神様が、最も願われていたのが女性です。

 ええ、真のお父様はこのようにおっしやいました。元の天聖経の中で女性こそは神の傑作中の傑作品だということです。そして、その御言葉が事実であると信じます。そしてその御言葉のように、私の妻に接します。私は女性の真の価値を知っているからです。女性は男性と性別対決をするための道具的な存在ではありません。それを信じるのなら、女性としての価値を切り下げることになります。

 女性としての価値を地に落してしまい、束ねた髪の毛でも掴んで、男性と立ち向かい、権力と力を争奪するための泥まみれの戦いに加担させていることが、全く見えないのでしょうか。女性たち、白身の本当の価値を知りましょう。

 世界の統一家の女性の皆さん、私が一つだけお伺いします。女性の食口のみなさん、真のお父様、メシアから祝福のマッチィングを受けた時、統一家のすべての女性たちは、白身の欲望や理想像や嗜好、男性はこうあらねばならないと考えていた全てのことを放棄して、真のお父様に全てを委ねるしかありませんでした。では、もう一つ伺います。あなたが祝福を受けた時、真のお父様は統一家の全ての女性たちにある位置をお与えになりました。その位置が何だかわかりますか? 女性のみなさん全ての反性たちは「堕落したエバの立場」にいました。そして工バの立場を復帰しようとされたのでした。そうでしょう? 男性の立場は、どの立場でしたか? 堕落したアダムの立場でしたか? 男性は、堕落した天使長の立場でした。

 次の質問は、これです。あなたの「アダム」は誰だったのでしょうか? だれが「本物のアダム」でしたか? だれかわかりますか? 真のお父様があなたの「本物のアダム」の立場としておられました。統一家の全ての女性たちの究極的主体者は、正に「真のお父様」なのです。すべての統一家の女性たちは、その新郎(真のお父様)の新婦だったのです。わかりますか? 全人類の新郎であられる主が来られたなら、全ての教会のキリストの肉体として主を迎えることでしょう。特に統一家の女性として王の新婦になる特権は、あなたにあったのです。

 我々男性は天使長の立場として、僕の立場でした。主の恩賜と主に向けた絶対服従を通して、神の息子の立場に立つことができるのです。男性たちは僕の立掲から息子の立場に昇格する反面女性たちは、堕落したエバの立場から「天の王妃」の身分に昇格されるのです。

 しかし、統一家の女性たちは真のお父様が、どれほど多くの愛を注いでくださったのか、知らないでいます。真のお父様がその立場をあなたに与えるために、どれほど多くの苦痛の道を歩まれたのか、知らないのです。神様は最も大事にとっておかれた宝物は、正に「女性」であったという事実を知らなかったでしょう。多くの女性たちは天使長である扇動する人たちの言葉に耳を傾け、自分白身の天の国の女王の位置、永生の宝座(玉座)をすり替えてしまったのです。その天の女王の立場を進んで放棄し、泥沼で男たちと戦い、権力と身分の上昇のために盲になる道を、多くの女性たちは行こうとしているのです。

 これがどれほど白痴のような行為でしょうか。ここでだれが木当の良性嫌悪者ですか。その女性自身じゃありませんか。ご覧なさい。お父様が女性の価値について語られた御言葉を信じます。また、その御言葉を骨の髄から信じるので、私の妻に接する時、そのような立場で接しようとするのです。なぜなら私にとって妻は、神様が下さった最も大きく尊い恩賜であることを知っているからです。

 神様の目から見れば、私は罪人です。私の全てがそうなのです。そのような私を神はその息子として造って下さいました。私たちが何かをちゃんとやったからではなく、主の愛と勝利があまりにも偉大だからです。そして、私をこのように愛して下さり、キリストの新婦を私に下さったのですから。これでも私が男性優越主義におぼれていると言いたいですか。

 ならば、今、その考えを変えてしまいなさい。だれが真の女性を利用して、男性だちと戦わせていますか? 私ではありません。私はどんな女性ファンも要りません。私の妻こそが私が必要とするたった一人の女性です。他の女性を願うことも必要ともしません。神様はすでに素晴らしい贈り物(恩恵)を下さったからです。私にその恩恵を下さったのは、私かそれなりの資格があったから、それなりの功を立てたから、下さったのではありません。

 今、私を非難している扇動する人だちより、多く積み上げてきた条件があるからでもありません。誰がより義のある者か、背くらべのような無意味なことは、もうしないで下さい。そして食口たちもあなた方のそのような行為を、見極めることができます、彼らは食口たちが、操作した通りにそのまま従う愚かな群れだと無視するかも知れないけれども、食口たちは神様の御言葉で武装した者たちです。共に悪に対抗し戦うことができます。

 我々は、神様を畏れる知恵を持っています。神様を恐れるのではなく、神様から離れてしまうという畏れがあります。それが、私の原動力です。万一、彼らが今している権力とお金に私が自分自身を売ってしまっていたら、私は死ぬ日まで神様を恐れ、ぶるぶるふるえながら生きていたでしょう。神を売った人間には、神が共に臨んで下さらないことを私は知っているからです。それゆえ、この映像を腿ている統一家の全ての女性の食口たちは、はっきりと聞いてください。思い出してください。あなたの本当の初恋は誰だったのか。あなたが初めて入教した時、真のお父様にお会いするのを、両手を合わせてどれほど望んだのかを。

 真のお父様があなたに近づこうとする瞬間、なぜその方をこのように押しやっているのですか? なぜ続一家の女性たちは、真のお父様があなたの入り口を叩いておられるのに、入り口を閉め、鍵をかけてしまうのですか? 真のお父様は女性を創造された神様の形です。神様よりももっとあなたを愛してくれる者は、だれもいないということを本当に知らないのですか? 皆さんのご主人の愛がいいかも知れません。

 しかし、その誰の愛も神様の愛とは比べ物にならないのです。何者もです。私はかなりいい方の夫です。少し自慢をしてもいいですか? 私は本当にいい夫なんですよ。しかしですね、そのだれも私の妻を、真のお父様よりそれ以上に、愛してあげることはできないのです。真のお父様は、神様と一体化されておられるからです。真のお父様が聖和される数年前から、言われてこられたではないですか。

 真のお父様白身は「夜の神様」から来られたと、創造主神様から来られたと、真のお父様はキリストであられます。どうして創造された創造主であられる神様よりも、妻をそれ以上に愛することができるでしょうか。夫の愛だけでは、妻が完全な愛を感じるには、十分ではないということです。

 私たちの霊魂を愛で満たして下さるのはただお一人、神様であられるからです。人間のできることではないのです。なぜ、あまりにも多くの祝福家庭が、苦しみながらも共に生活していますか。私が語っているこのポイントが確実に理解できていますか? 男性たち、あなたたちは真のお父様からいただいた、贈り物の価値を知っているのですか? 女性たち、あなたたちは真のお父様からいただいた、贈り物の価値を知っているのですか? でなければ、女性対男性、男性対女性という話にもならない、偽りのゲームを続けたいのですか? それこそサタンが女性たちをそそのかしているのです。

 女性たちが本当の白身の価値である神様の愛は私のものだ、と言えないようにするのです。サタンは続けてそこで、もがくようにさせることにより、あなた自身を弄んでいるという事実を全く気づくことができませんか。私は起こった事実をそのまま言ってているだけです。それゆえに、私の説教を続けて聞くしかないのです。私が真実を語っていることをあなたは知っているからです。また、私は(話を)ぐるぐる回しながら(遠回しに)、話をするのが好きではないのです。

 なぜ、あなたは真の価値を悟らないようにするのですか。劣性と女性の神様のビジョンはたいへん卓越しています。天使長のビジョンより、ずっとずっとサタンは男女の性別の中の一つをそそのかし、先に(仲を)引き裂いておいて、お互いを恩讐にしてしまい、権力の戦いのような構造を作っておき、男女が争うようにし、最終的にはサタン自身がすべての栄光を手にするのです。

 神様の方法は、男性と女性どちらも同時に高めてくれるのです。どこにもいる男性嫌悪、女性優越胆義者たちに言います。神様は男性も創造されたのです。神様は男性を愛されます、ゆえに男性を嫌わないで下さい。反対に女性嫌悪、男性優越主義者たちに言います。神様は女性も創造されたのです。神様は女性を愛されます。ゆえに女性を憎まないで下さい。

 見てください、神様の方式は結局、ずっとすばらしい方法です。白身の創造物であるアダムとエバを同時に格上げされます。神様は、いつかは女性自身の価値と、主が自身の初恋であることに気付くことを切に願っておられます。女性たちが自身の最も深い内面にある霊魂を、永遠に愛することができるのは、主しかいないという事実を気付いてくれることを切に願っておられるのです。統一家の女性たちが、強靭な「力」を持つようになります。「力」の源泉体になります。祝福が付いてくるでしょう。初めて摂理の中心になることができるのです。神が油を注いでくださるでしょう。なぜなら、重要なのは女性対男性でもなく、お前とおれの愛の話でもありません。

 大事なことは、主と私たちの愛の話なのです。神は我々皆にこのような驚くべき旅路を歩むようにして下さっているからです。この驚くべき同じ瞬間に、苫しみながら周囲の天使長の扇動する大たちが、分裂、分裂、と騒いでいますが分裂だって? いいえ私たちは今サタンから分別させているだけです。

 同時に我々は神を讃え、真のお母様を解放するのです。私よりお母様を愛するって? もう一度言います。あなた方は私よりも真のお母様を愛することはできません、絶対にです。あなたはいつも私に後遅れしているのです。なぜなら、私は真のお母様の本物の息子だからです。

 私はお母様をいつも愛します。あなた方は何をどのように言ったとしても、そんなことは重要なことではありません。真実はそれ自体が代弁してくれるからです。私はお母様を(天使長の勢力から)お救いするでしょう。その時になれば、どうしますか? 真のお母様がここに来られて、共に賛美されるのです。そうなったら、どうするのですか? 今まであなたたちが話してきた内容を収り消すのですか? どれほど、どれほど、愚かに愚かに見られたいですか? どれくらいですか? 全世界の教会が今少しずつ崩れていっているのを知っていますか? みんなが知っている事実です。

 私たちが(韓国を)離れる前に警告をしたでしょう。真のお父様の神聖を冒涜すれば、教会は崩れてしまうだろうと。崩れていくのは当然のことです。沈みかけている舟であるという事実を、わからないわけがないでしょう。聞いてみなさい。教会の支配構造が真のお母様を愛していると信じている方たち。ああ、そうですね。真のお父様と真のお母様は一つだと言っていましたね。だから、私たちはそのまま(お母様に)完全服従すればいいのだ。その言葉が事実であるならば、今、頁のお母様は、真のお父様を、直接に神聖冒涜をすることを、決心されたという話になります。

 その話はまた真のお母様は絶対に、天使長に振り回されることも、またないということですね。そうだとすれば、韓国教会は今、起こっているすべての法的刑事訴訟は、みんな真のお母様の間違いで成されたことになりますね。なぜなら、真のお母様は、彼らの論理を借りるとすれば、絶対に天使長の惑わしに、はまっていくことはないはずですから。ああ、そうですか。そうだったのですね。あなた方の論理は、真のお母様を教おうとする息子よりも、天使長に近いのですか。

 罪が発覚した時、その隅っこに顔を伏せるそんな天使長なのですか? 真のお母様のために仕事をするといいますが、お母様を利用して金蔓にしてしまう、そんな天使長でしょう。あなた方がそのようなすべての計画を真のお母様の頭の中に、または心の中に植え付けても、そうしながら、知らんぷりをして、執行を一生懸命やったじやないですか。だからなのですか? 人々からあがめられたいですか? ご存知ですか? なぜ私たちが、ここでひどくうれしいのか。悲しく落ち込んで暗い代わりに。ご存知ですか? 私たちは神様の栄光をひどく喜び賛美しています。

 見てみなさい、私たちはここに偽りの天使長の組織を持っていません。ここに集った我々は兄弟姉妹なのです。我々の万王の王にお仕えし、我々の王妃を解放して差し上げたいと思っている群れです。そしてご存知ですか? 真の御父様を高く、高く捧げまつる群れです。払たちは彼らに説明したり、お金を盗んだりする必要がないのです。

 今は、天使長たちがどんな話をしても何の役にも立ちません。なぜなら、今はだれが天使長の方に立っているのか、あまりにも明確に現れてしまったからです。ですから私はこれを全世界の教会の祝福だと思います。私たちは心の決定をしなければならない時点に立っています。もうこれ以上、「亨進様は深い森の中で、修業をしているから、見えないのだ」という嘘はつけないはずです。

 または「亨進様はアメリカで勉強しておられる」という嘘も通じないでしょう。今、私がどんな信仰を持ってここに立っているのか、よく御存知のことと思います。それゆえこれは祝福の時です。今、真実を見る選択の鍵は、あなたが握っています。もうこれ以上あなたは、二股をかけてはいられません。今、決定しなければなりません。真の御父様が、私たちみんなに残して下さったその御言葉を保存するのですか? でなければ、お父様のカンバスの上に、他人が卜塗りをしまくり、こすりつけるようにしたのを、そのままにしておくのですか。

 それか、これは違う、真の御父様の御言葉は神様を代表している御言葉だから、万王の王の御言葉であるから、真の御父様の御言葉をそのまま保存保管しようと。たいへん簡単です。私が信じるのは、真の御父様が彼らの全てのことを知りながらも、(彼らを)神様の方に引っ張って下さっている事実です。

 ですから、私たちが自分白身をさらにのぞき見ることができるように、私白身が本当は誰に属しているのか、あなたはあなた白身の価値を、本当に知っていますか? 神様がどれほど多くの血と涙を流しながら、あなたを救おうとなさっているかを、本当にわかっているのかと言うのです。

 聖書歴史6千年間全人類が待望してきた、その祝福をあなたに与えるためにです。修道女やキリスト教徒たち、そして主に会おうとこの世に生まれ死んでいった数多くの人々がそれほど願っていたのに持つことができなかった、その特権を私たちが持っているということを、本当に知らないのですか? 我々はその特権を、祝福儀式を受けたのですよ。新郎であられる私たちの主と。それが正に、主を待つキリスト教の希望であり、夢であるということを、わかっているのですか。この分別の時間を天が与えて下さった自身の真の価値を、かえりみなさいと言うのです。この分別の時間を、主が下さったその大きな恩恵の祝福式の価値を、かえりみなさいと言うのです。

 祝福式の行事をここでする時は、真の御父様が挙行されておられた言約式を、その通りにやります。なぜなら、その成婚問答式は、新郎として来られたキリストと、キリストの体である教会の信仰者との約束であるからです。

 統一家の反性のみなさん、私が真実を語っていることを知っているじゃないですか。あなたたちの真のアダムがだれなのかという事実も知っているじゃないですか。もし、御父様に対する恨みの感情があるのなら、今それを悔い改め捨て去る時です。今は真の御父様に対していだいていた、恨み、辛みや失望の根を引き抜く時です。

 真の御父様は真の新郎としてこの地にこられました。そして私がそれをお証しします。主の愛はそのどこで受ける愛とも、比べ物になりません。どんな愛ともです。主は我々を数って下さる方であり、主は我々を神の家庭のー員として、もう一度、接ぎ木して下さり、我々の霊魂を満たしてくださる愛をくださるからです。

 どんな男性も女性も、その心情を満たすことができないのです。それにもかかわらず、いったいなぜいつまでも天使長の権勢に屈服しているのですか? いつまで天使長や扇動する人たちの言葉に幻惑されているのですか。女性を利用して男性たちと戦うように仕向ける天使長に、なぜ、弄ばれているのですか? それがどれほどバカらしいことかわかりますか?

 今は女性を創造され愛してくださり、全てを投入して、あなたを探し戻そうとされる、神様のふところにいだかれてみませんか。もう一度、真の愛がどこにあるのか、探さなきゃいけないのじゃありませんか。

 今、真の御父様が監獄で血を流しながらも書かれた、天一国国歌を歌う時ではないでしょうか? 今は、真の御父様があなたと人類をどれほど愛されるのかを、真の御父様の経典の中で読んでみてはどうですか。その真の御父様の愛と感動をもう一度、探してみてはどうですか。今は真の御父様ともう一度、愛に浸ってみてはどうですか。

 何故、天使長たちに「そうしてはいけない」と言われるのが怖いですか? 天使長がなんと関わらないで下さい。今、私たちの心情が語る言葉に耳を傾けて聞き、その心情の声に従わねばならない時期ではありませんか? あなたの心情はどこに行きたいのかわかるでしょう。あなたの心情はすでに主に向かっています。

 主だけが皆さんの霊魂を満たしてくれることができます。だれのどんな愛も、その愛と比べようがありません。ご覧の映像は今年、安息年の年なのですが、また真の御父様の聖和3周年でもあります。本当に驚くべきことです。世界の教会の本部である韓国(教会)が確かに審判を受けている事実です。

 世界日報の事件、外部の人たちによる協会本部前のデモ、韓国政府が(統一)教会の中央組織の中の一つに刑事告発で調査を受けている、この状況が何を言おうとしているのか。私たちが、「天の宣布」をしていた頃です。教会の指導部では、もうこれ以上、霊的権威を持っていません。自分白身の権力にしがみついて生き残ろうと、努力しているかも知れませんが、(教会の指導部は)もうこれ以上、天一国の国民たちに命令を下す権威かありません。

 もうどんな権限もです。これ以上権力に執着することは、むなしいだけです。これ以上道義的な権威を、食口たちの前に立てないで下さい。私が「天の宣布」をしている頃、さらに韓国の教会に警告が下されました。河南教区長が飲み屋に通いながら酒を飲み、ある女性に性的醜態を晒し警察から控訴されたそうです。そして3人の奸臣の内の一人が、その教区長の地位を与え、裏金をもらっていた代価で、彼を守ってやっているそうです。あなた方はそれを真の御母様に報告すらしなかったでしょ、違いますか。あなた方は神の審判の警告を受けても、受けても、さらに受けても異端的で、神聖を冒涜する行為をやめませんでした。目をつぶって、死ぬその日まで、続けてやるつもりですか。すべてが崩れ落ちてしまうその日まで、どれほどさらに愚かでいられるのですか。

 天使長たちは本当に愚かですね。そうじやないですか、ほんとうに愚かです。私たちが言った通り、神様から、またとない明確な審判の警告が下っているのに、そのサインを認識できないでいるのです。それほどまで権力に目がくらんでしまったという事実に、気が付くように願うばかりです。安息年の今年、別の言葉で言うと、全ての基盤が揺れ動き収り消される時期に、悔い改めたらどうかと言うのです。「我々は、真の御母様をあらん限りに支持する」このような滑稽な言葉はもう送らないで下さい。支持というのはお母様でなく天使長の組織に、でしょう。神の子女たちはもう彼らの言うことを聞く必要がありません。わかりますか?

 ここ、この場に座っている私の兄(国様様)は、正に真のカインです。そしてわたしもまた、真の御父様が任命して下さった真のアベルです。これを否定できますか。私たちがあなたたちよりずっと高い位置にいるということです。あなたが持っているその権力の地位に、命をかけようとしているでしょう? しかしそんなものは、なんの役にも立ちません。また、この安息年にも続けて、神の警告を破っています。

 まるで、ヘブル人たちが神の警告を破り、審判を受けたように。きよう、ヨハネの福音書12章で見たとおり、神はあなたを審判される必要もないのです。あなた方が審判を受けていることが、だれにわかるのですか? この安息年に義のあることをしないのですか。あなたは偽りであり、非正統的であるのに、その地位から下りてきませんか。それから、目本の食口たちから搾取して積み上げた、あなたたちの資産を、日本の食口たちに返してあげてはどうですか? 過ぎた願いですか? その方たちは命をかけながら、あなたたちのために犠牲になられたのです。なぜそんな執着するのですか、今にも消滅してしまう地位なのに、私が教会の状況を知らないとでも思っているのですか。

 私か世界教会の会長だったのですから、私には全ての国に耳があります、お忘れですか。私は全てどのように進行しているのかちやんと知っています。韓国の教会の状況だってよく知っています。日本の教会が崩れかかっている状況もよく知っています。あなたたちがこの崩れていくこの教会の状況を、打開していくことができないということもよく知っています。

 私は神様に感謝を、限りない感謝を捧げます。少なくとも安息年である今年は、真の御父様の聖和3周年を迎えて、ついに天使長の霊的な支配権から抜け出した事実に、感謝申し上げます。私は神にその解放を感謝申し上げます。なぜなら、今私たちは解放を万邦に祝うことができるからです。天使長だちよ、今私たちはお前たちの手中から抜け出した、天使長、お前と分立されたのだ。私たちは万王の王を高らかにし、真の御母様も解放させるのだ。権力と地位は何の意味もありません。あなた方がやってきた扇動行為も皆発覚されました。

 食口たちは今はもう、それを見破ることができます。聖霊と真正で皆さんに話していることを知っているじゃないですか。私たちが英雄だからではありません。それは普通の人だったら、当然するべきことだからです。自身の父と母を愛する普通の人ならば、するべき当然の行為です。神様の中で真正な自信感のある人は、他の人たちの称賛に頼りながら、白身の正体性を認めてもらおうとはしません。わかりますか? これはあなたがたを恐れさせるでしょう。なぜなら、あなたにはそれがないからです。

 今、この安息年に一緒に悔い改めましょう、悔い改めの意味はターン(Turn)「帰る」ということです。悔い改めろという意味は、私たちが3年間警告してきた、邪悪な行為から方向を変えて「帰っていけ」という意味です。万王の王の下に帰ってこいと言うのです。私たちを教って下さり、死からよみがえらせて下さり、生命の養食を与えて下さり、私たちの霊魂に愛を注いで下さる私たちの胞よ。私たちの霊魂の奥底まで満たして下さり、天使長の死亡圈の下から感じる、むなしい心情を溢れさせて下さる、真の御父様。偽りの父である天使長は絶対にその心情のむなしさを埋め合わせることができません。ただ真の御父様だけが可能なことなのです。ただ真の御父様だけです。オンマ、今度はあなたが話す番です。

【李妍雅祝師長】の講話

 ありがとうございます。オッパ今日は亨進様が、私をたいへん高く待ち上げて下さったので、まだ空をプンプン飛んでいるようです。ある目、一人の女性の食口が訪ねて来られ、私と夫に相談を請われました。

 ですから、私達はそれを承諾して、小さな部屋に移って、丸いテーブルに座りました。私たちが座るやいなや、その女性の食口が自身の統一教会の祝福の指輪を抜いて、テーブルの上に置きました。そうしながら、「この祝福結婚は私に多くの苦痛を抱かせました」「これ以上本当にできません。ですから、この指輪を預かってください」「この祝福をこれ以上維持することができません、夫と暮すのは苦痛そのものです」と言うのです。

 もちろん、ご主人はそこにいらっしゃいませんでした。事実、何ヶ月前から結婚問題で相談に来ようとしていたところでした。夫が浮気しており、祝福結婚を守るためには、苦しい状況が悪化していました。自分か置かれた状況をちゃんと理解されておられました。

 しかしこの状況ですすり泣いているその方に、私は何とお話すればいいのか、わかりませんでした。手をとって、慰めてあげるだけで精一杯でした。しかし次の瞬間、亨進様がその静けさを破り、本当に驚くべきお話をされたのです。

 申し訳ないけれども、この祝福の指輪は預かることができません。なによりも、この指輪は私のものではありません。あなたがこの指輪をはめ、祝福の式場に入って祝福をうけた時、実際には、あなたはご主人と祝福を受けたのではありません。成婚問答でやった誓いは、真の御父様とした成約なのです。真の御父様があなたの真のアダムであられるからです。と亨進様はその方に話されました。

 皆さん方は祝福行事の中で「3日行事」をご存知のことと思います。今日亨進ニムも本当に美しく説明して下さいました。祝福式を通して、堕落したエバの立場の女性は、天の王妃の立場に復帰され、堕落した天使長の立場にいた男性は、神の息子の立場に復帰されました。これが正に全ての一世たちが、「3日行事」をしなければならない理由でした。全てのことを、真の御父様の決定に委ね、従った理由です。真の御父様の御言葉に絶対服従で、お答えしなければなりません。

 私たちは皆、祝福式でもっとも中心になられる方はだれか、明確に知っています。ゆえに亨進様はその女性に、「そんな話をする前に、まず、真の御父様にすがってお祈りをするべきです。」「なぜなら、それは私のものではないからです。」「これはあなたが祝福式場に入っていった瞬間、真の御父様と作られた成約だからです。」

 そして初めて私はこのことについて、じっくりと考えるようになりました。「本当にそうだ」真の御父様が話されたことを見ると、どうしたら真の家庭を築けるのかを話をされながら、同じ瞬間にすべての韓国の婦人食口は伝道のため、3年間任地に出なさいと言われました。また(目本婦人たちに)宣教活動をしに(日本から)出なさいと言われました。これら二つは全く相反する御言葉のようなのですが。どうして家庭が、おかあさんなしに営んでいけますか。世俗的な目からみれば、これは話にもならない発言です。真の愛、真の理想家庭を語られる方が、家庭を持つすべてのお母さんたちを、摂理のためにみんな送り出す? これらはお互い相反する状況ではありませんか。

 真の御父様は多くの男女食目たちが集うところで、いつも聞かれましたね。「ここに集まった婦人たち、あなたたちは自分の夫と私のうち、どちらをよりもっと愛するのか」と。すると皆が「お父様です、お父様をもっと愛します」と答えましたよね。するとお父様もその答えに喜んでおられましたよね。もし、「あ、あの、私は自分の夫が、お父様よりもっと好きなのですが」と言ったら殺されてしまったかもしれません。もちろん、たとえ話なのですが。心配しないでください。そこで流血事件はありませんでした。みなさん、そうじやないですか。

 それから、以前にも一度お話したことがありますが、訓読会の途中、突然真の御父様が亨進様の名前を大声でお呼びになり、「お前、お父さんとお前の妻が同時に溺れてしまったら、だれを先に助けるんだ?」「お父様です。お父様を先に助けます」と亨進様は迷わず答えられました。お父様は、すごく喜んでおられました。

 このような内容を見ると、真の御父様はものすごく一貫性をもって教えて下さる事実を発見することができます。もちろん、亨進様は後で、もしも先にあなたを助けると言ったら、天国でお父様にお会いできない。だから喜んで天国に行く方を選んだのだ。と言いました。

 はい、亨進様は、いいえ、とても素晴らしい夫です。私のコメントに満足ですか? 本当です。私はなんの恥ずかしさもなく、その雅実をお話できます。病んだ弟がいる私は、幼い時から愛に餓えながら育ちました。もちろん、両親は私をたいへん愛してくれたのでしょう。私が、今、5人の子どもの母親になったので、なおさら、その事実は疑う余地がありません。その難しい生計で私を食べさせて寝かせてくれたことだけでも、親として私を愛してくれたことが、今は、よくわかります。

 しかし、成長していく間で、私は親の愛を感じることが本当に難しかったです。いつも愛に餓えていました。そんな私が祝福を受けてから、「夫婦の間に本当に真の愛というものが存在するのだ」と夫を通じて知ることができました。こういう時は拍手をしないといけないでしょう、拍手をお願いします。ほんとうです。「あ、人はこうして愛されるのだなあ」と、夫は私に感じさせてくれました。しかし皆さんご存知ですか。真の御父様が聖和される前の2年半の間、最側近としてお仕えしながら、私は違うレベルの愛を経験することができました。ええ、そうです、夫は私を愛しています。しかし真の御父様の愛は別のレベルの愛でした。

 真の御父様の愛は私の霊魂を泣かせるものでした。御父様は私のことを私白身よりも、よく知っておられると言うべきでしょうか。ここにおられる多くの方々は、ナイジェリアで私が頬を叩かれた話を間かれたと思います。その瞬間、すごくびっくりして目の前が真っ暗になりました。お父様をうらめしく思いました。

 ところが後になって、「私がいつ嫁をたたいたか。娘をたたいたのだ」、お父様の一言で全てが溶けました。その一言にお父様に対する全ての恨みが、雪が溶けるように溶けてしまいました。そのことがあってから、お父様は私的な場で2度も聞かれました。「そんなことで私を恨んではいけない。わかったか」と。その恨みはそれでもう終わったと思っていたのですが、お父様は「私に対して一握りの恨みでも残っているのなら、それもなくしてしまいなさい」とおっしやっておられました。

 私について、私よりももっとよく知っておられたのです。(自分の心の中にまだ)悪い心が残っていたのかさえも、わかりませんでした。ですから真の御父様はそれを見て「その最後の恨みをも捨てなさい」と言われたのです。

 先週の御言葉(天の宣布)が出てから、たくさんの人からメッセージ、メールをいただきました。そうして内容は「亨進様の立場を弁護したいのですが、何をすればいいですか?」と聞いてきました。しかし、私がその方たちにお返しした言葉はこれです。

 食口のみなさん、亨進様を擁護する必要は全くありません。そうしないでください。はい、ちゃんと聞かれましたね。私たちのために、誰のためにも弁護しないでください。この教会で最も疎外されている方は、この教会で最も背を向けられているのは、真のお父様です。これがわかりますか? 私たちを擁護してくれと言っているのではありません。なぜなら、それはそれなりに狂った(間違った)行動だからです。これは文亨進、李妍雅を中心とした、自己中心的なものになってしまうからです。それは私たちが願うことではありません。

 私たちがここで聞いている質問は、教会で(に来て)あなたの初恋はだれでしたか? ということです。果たして、命をかけてもいいぐらい愛した人はだれか、というのが我々の質問です。その方は私たちのメシアであり、救世主であり、真のお父様ではありませんか。その方を記憶しなさいと今お話しているのです。心情の財深いところでは、すでに答えがわかっているでしょう。払たちの主がだれなのかを正確に知って、彼を私たちの生涯の中心に立てる時、天のたいへんな祝福を受けることでしょう。主を私たちの明確な中心に立てる時、神はもう一度全知全能の力をもって(我々の)教会に祝福をひっくるめて与えて下さるでしょう。それが正に神が願われている真理であるからです。アージュ

 

(亨進様)の講話に戻る

 私はさきほど、妻の御言葉を聞いて、背中に鳥肌が立ちました。おれほど多くの真のお父様は、女性の食口に聞いたでしょう。「お前は私と、お前の夫、だれをより愛するのか?」と。同じ質問を統一家の女性食口たちに、限りなく聞かれたでしょう。あなたはだれが「真のアダム」かを、よく知っています。あなたはこの世の中で、その誰よりも愛してくれる者が誰なのか、わかっているはずです。

 そしてひょっとすると、真のお父様に対し、解くことのできない恨みを、持っているかも知れません。そしてその恨みのしこりで、苦痛に思っているかも知れません。そして、なぜそのような険しい路程を行かなければならなかったのか、理解できないかもしれません。この映像を見ながら、もし私の話す言葉があなたの心に届いたのなら、今、この瞬間、聖霊があなたの心に入っていくことを感じてみてください。

 そして、胸の奥深いところから聖霊の火があがり、だらがあなたの初恋かを思い起こしてください。誰にあなたの生涯を、初めてささげたのかを。そしてその愛を、もう一度その方に捧げて下さい。あなたの生涯をまた、キリストの主に捧げてください。この世の知恵では、あなたが今体験している全てのことを、理解できないでしょう。

 何の変哲もない人間であるゆえ、私たちの力だけでは、完全な答えを見つけることはできません。あなたの力で、できることではありません。いくらニューエイジの修行法を学んだとしてもあなたは神ではありません。しかし、あなたの霊魂まで愛して下さる方がおられます。そして、今、あなたを存在させて下さった創造主がおられます。その方はあなたを愛して下さり、あなたを創造してくださいました。

 神は私たちの霊魂の一番端っこ、最も奥まったところまで知っておられ、愛で撫でさすって下さいます。私たちは神の創造物ゆえ、私たちの独特なところも、極細かい特徴までも知っておられ、愛して下さいます。なぜなら、神様はその全てが喜びをお返しするために存在するのだということを、ご存知だからです。あなたは主から逃げてしまっているので、悲惨なのだということを、あなたはすでに知っているのではありませんか。主に全てのことぉ差し出し、すがりつきもしないから、あなたの霊魂は(すでに)干上がっている事実を、知っているじゃないですか。

 いま教会でもっとも背を向けられているのは、ほかでもない、真のお父様である事実を、誰よりもよく知っているではないですか。私たちといつも共におられるはずのお方、しかし徹底して背を向けられ、無視されておられる方、(なのに)皆が天使長の命令に耳を傾けている。これは気違い沙汰でなくてんでしょう。

 私は主の愛に耳を傾けます。私は起きている毎瞬間ごとに主が必要です。毎瞬間ごとに主の愛に餓えています。世のどんな金銀財宝よりもです。なぜなら、だれも自身の心情に、穴が開いていることになっている、その部分はただ主だけが埋め合わせてくださるからです。

 主は真のお母様にも、私にも、私たちみんなにも、こころの空しさを埋め合わせてくださいます。今、すべてのものを主の前に下ろす気持ちで、この時間を過ごすのはどうですか? すべてのことを神に預けて下さい。神が私たちの生涯を主管して下さるよう(そのまま)しておきましょう。

 みなさんのためにお祈りしたいと思います。聖殿におられる全てのみなさん、みんな手を上に向け高く挙げてください。全世界に及んでいる兄弟姉妹たちが、主のふところにまた戻って来れるよう、お祈りしましょう。

 

(亨進様の祈り)

 天のお父様、今日あなたの子女たちに臨んでくださることを、お祈り申し上げます。彼らがこれ以上天使長の支配圏の下にいないようにして下さい。「(神の)息子があなたたちを自由にすれば、あなたたちが真に自由になる」という御言葉のように。頂いたその自由が、主の愛であることを知っております。お父様、我々はあなたに帰依することを願います。あなたとまた愛に浸ることを願います。お父様、聖霊が世界中を覆い尽くしているのがわかります。一人ずつ、一人ずつ、心情の火柱が立ち上がるのを見ることができます。あなたの子女たちの火を燃え上がらせて下さい。

 その火柱があなたに向かい上げっています。あなただけが聖霊の役事をその火に注ぐことができます。お父様、今この瞬間、我々兄弟姉妹の心情の中に入って、臨んでください。我々の頑なな心情を完全に変えて、新しい命を注いでください。我々の人生に、またあなたの愛に浸ることができるようにしてください。我々の絶対主体であられ、我々が命を捧げてきたその方、主を記憶するようにして下さい。

 お父様、私たちの霊魂を充満してくださり、愛で完全に満たしてください。我々すべては、あなたに帰依することを願っておりますので、我々が我々の力で我々自身を変え、教会が変わるのではなく、あなたの愛でのみ、全てのものが変化していくことを、私たち皆が忘れないようにしてください。

 あなたの愛は形容することが出来ません。また、あなたは霊的闘いに長けておられますから、あなたは勝利を勝ち取りました。今我々は、あなたの愛の暖かさを満喫しております。今日我々はあなたに全ての栄光をお捧げ申し上げます。賛美をお受けください。賛美をお受けください。我々は今日まで抱いた全ての恨み辛みを解かれるよう、お祈りいたします。

 この祈りに賛同するこれらの心の中に、小さな恨みの種でもあったなら、この場にいた、インターネットで共にこの祈りをしていても、あなたが臨まれ、彼らにあなたの聖霊の役事をお見せください。その恨みのしこりも皆荒い流してください。そうしてあなたの果てしなく溢れ流れる愛に、帰依できるようにして下さい。

 お父様、あなたはあなたの子女を、その誰よりもさらに愛してくださいました。あなたは死んで死んで、また、死んで行かれ開拓された道、拷問を受けられ、その拷問で体を破られながらも行かれた道、ゆえにあなたの息子娘たちが、いつかは、「天のお父様」と呼ばれることができるように歩まれt路程。ゆえに我々がこれ以上、天使長にひざまずく必要がないように、なされようと歩まれた道。

 我々皆が、あなたの直接主管圏の中で生きるようになされようと歩まれた天のお父様。私があなたの息子としてあなたの前に出ていった時、私は「真の御父母様」とは、お呼びいたしません。

 「真の御父母様、これをお召し上がりますか、これはいかがですか」いいえ、私はあなたを「お父さん」とお呼びいたします。お父さん、これを一度お召し上がりになりますか。「お父さん、お話があるのですが」とです。どれほど嬉しい日でありましょう。あなたを「お父さん」と呼べる我々があなたと直接に心情的な交流ができるその仲を、こじ開けて入ろうとする中間人を、皆追い出してです。

 我々はあなたの下に直接行ってみたいです。我々はあなたの果てしない愛の前に出ることを願います。我々があなたに喜びをお返しし、栄光をお捧げできりょう、我々の生涯を主管してください。それが、我々が生きる理由であります。天のお父様、ありがとうございます。あなたに全ての賛美と栄光を捧げます。この全ての話をあなたの尊い御名を通して、ご報告お祈り申し上げます。アーメン。アージュ。

 神に賛美を捧げます。善の神です。賛美を捧げましょう。聖書が教えてくれるのは家庭です。イエス様は新郎で、私たちは、新婦なのです。新郎新婦が会い、神を中心とした子羊の宴をして家庭に入っていくのです。新旧66巻を総合した結論はこれです。ですから、聖書は偉大なのです。皆さん、神に大きな栄光を捧げましょう。みんな立って賛美いたしましょう。

 

(2022.4.7:写経奉献)