天聖経(59) 第12巻「環太平洋摂理」 第1章 21世紀は海洋の時代

第一章 二十一世紀は海洋の時代
1)海は未来の人類の宝庫
2)真の父母様がなされた海洋摂理
3)海には学ぶものが多い
1)海は未来の人類の宝庫
①海は人類の食糧解決の場
今後、私たちは世界的な基盤を築いていかなければなりません。私は、地球の73パーセントが海だということについて考えています。3分の2は海です。将来、地上から食べ物がすべてなくなってしまえば、どうしますか。海から何かを獲って食べなければなりません。海を中心として生きる道を模索しなければなりません。ゆえに、今からは海域を多くもった国ほど水産事業に有利で、それが少ない国ほど不利になるという結論が出てきます。(88-179,1976.8.10)
今後、世界の大洋の資源を産業的に開発する必要があります。私は、大型漁船の製造から漁場の建設に至るまで、漁業のあらゆる方面で様々な事業体をつくってきました。未来の海は、世界の数多くの民族に食糧を供給することでしょう。ゆえに、海の開拓こそ世界人類の飢餓を終息させる望ましい方法となるはずです。(193-324,1989.10)
未来の資源は、すべて海底に埋まっています。地上の資源は、既にほとんど掘り尽くされていて、長くはもちません。何年ももちません。ですから、海底に埋もれている資源を発掘することが重要です。今後は、ツンドラ平原に関心をもち、それを研究していかなければなりません。今、私が関心をもっているのは、そのような未来の世界です。今後、50年ももちません。何十年後には、そのような現実が目の前に迫ってくるので、それに対して準備しなければなりません。ですから、アラスカを重要視しているのです。(236-22,1992.11.2)
アメリカ人は、海に食べ物がどれほど多いかを知りません。新鮮なもの、ぴちぴちと跳ねるものがどれほど多いかを知らないのです。人々は、牛の肉を好んで食べますが、「死にたくない」と言っている牛を殺せば、血が結集して凝固した肉を食べることになるのです。ですから、その肉の中には悪性の要素がたくさんしみ込んでいるのです。(261-313,1994.7.24)
陸地の原資材には限界がありますが、海の原資材は無限です。1匹の魚が何百万個の卵を産みます。ゆえに、海の原資材は無限です。これを人工的に孵化すれば、100パーセント孵化することができます。餌や飼料などをしっかり調節さえすれば、無限の原資材を補給することができます。そのような所は海しかないので、統一教会の文先生は海洋問題について考えているのです。(207-218,1990.11.11)
1年に2000万の人が飢えて死んでいます。1日で6万名です。このことにアメリカの大統領が責任をもちますか。ソ連のゴルバチョフが責任をもちますか。誰が責任をもちますか。世界の誰が責任をもつのでしょうか。真の父母と、真の父母の兄弟が責任をもたなければなりません。ゆえに、海に関するものは20年間計画して、すべて準備したのです。(217-314,1991.6.12)
海には原資材が無限にあります。魚1匹が何百万個の卵を産むのです。これらの卵が魚たちの世界で獲らえられて食べられているのですが、これを人工的に保護すれば、原資材は常に無制限です。また今は、海水をパイプで山頂まで連結させ、都市でも高層でタンクを造ることによって、いくらでも養殖できる時代です。人類が食糧問題を解決し得る道は、これしかないと察し、先生は20年間、お金を投入してこのようなことをしてきているのです。(228-218,1992.4.3)
今、水産事業をするのもそのためです。海には資源が無限にあります。小魚が海にいれば、すべて大きな魚に捕まって食べられますが、養殖をすれば90パーセントは育てることができます。それは無限の資源になります。今後、食糧問題を解決する方法は養殖しかありません。(229-156,1992.4.11)
鮭は、海で暮らしていますが、淡水に上がってきて卵を産むでしょう? 養殖場をつくって、淡水魚を海水で育て、海水魚を淡水で育てることが必要です。なぜでしょうか。寄生虫のようなもの(魚に付いた病原虫)をいちいち取ることはできないからです。寄生虫を殺すには、海水で暮らしていたものを淡水に移して1カ月間そのままにしておけば、すべて死んでしまうのです。それは簡単なことです。2週間で取り替えれば、いくらでもできます。その調整が可能です。淡水魚と海水魚を取り替える方式で行うのです。ですから、陸地を中心とした牧場から得る収入とは比較になりません。ゆえに、これからの私たちの版図は無尽蔵です。(226-342,1992.2.9)
飼料のようなものは、いくらでも作ることができます。魚を飼料にして無尽蔵に作り出すことができるのです。今後、養殖は海岸においてのみするのではなく、海から海水をパイプで引いてきてするのです。アラスカから本土まで油を引いてきているでしょう? 何千里であっても、パイプで引いてきて海水の池を造れば、いくらでも魚を養殖することができます。卵は、無尽蔵です。魚をたくさん育てれば、食糧が増えるのです。一つの町に大きな池を一つ造れば、その町の人が、すべてそれを食べて生活することができるのです。(294-175,1998.6.14)
今後、養殖のために、何百マイルの距離でも太平洋の水を移すことができるでしょう。そのような時代が来ました。そのようにして、生きた魚を移していくのです。人はあまり必要ありません。全自動システムの魚のビルを造り、ボタン一つ押せば、自動的に餌も与え、また魚が大きくなれば自動的に選別してトラックに積んで輸送できるようにするのです。そのようにして食べればよい時代が来るのです。(217-314,1991.6.12)
養殖をすれば、数十万坪の牧場で牛を育てて売ったり、牛乳を搾って売ったりするよりも、何十倍の利益を残すことができます。今は良い時代になったので、海水をどこへでも引いていくことができます。何百里、何千里でも引いていくことができる、そのような時代が来ました。PVC(ポリ塩化ビニール)パイプさえ敷けば、水はどこにでも引いていくことができるのです。お金も多くはかかりません。太平洋の水を引いていって、大陸の谷間に養殖ビルを造り、どんな魚でも養殖することができるのです。数十階のビルを造って養殖をしたとしても、人はそこを上がっていく必要はありません。座ったままで、すべてが見えるようになっています。ボタン一つ押せば自動的に餌も与え、大きくなったものは自動的に選別されて降りてくるように造り、何でもできるようになりました。(206-248,1990.10.14)
ツナ(tuna:まぐろ)、ストライプト・バス(striped bass:しまのあるすずき)、サーモン(salmon:鮭)、クロウカー(croaker:にべ)、フラウンダー(flounder:かれい)など、高価な魚の品目を季節別に知っておけば、海の魚が西海岸から南海岸、南から北へと行ったり来たりする、その季節に合わせて、1年12カ月、それらの魚を獲り、生計を立てていくことができるので、経済的問題も解決します。今回、ひらめと、にべを54匹釣りましたが、先生が半分を釣り、残りは十数人の人が釣りました。ですから、どのように釣るのか、その秘訣を教えてあげるのです。今後、栄えるか滅びるかという運命を左右する、世界の経済基盤が水産事業にあると察しているのに、趣味や遊びでやるだろうかというのです。私がそれを教えてあげると、みなおもしろがってするのです。「先生のおっしゃったとおりだ」と言うのです。そのようにならざるを得ません。(128-226,1983.6.27)
陸地で暮らす生き物と、海で暮らす生き物を比較した場合、その数はどちらが多いでしょうか。地球星には約四十億の人類が暮らしていますが、海には数百億の生き物が暮らしていることでしょう。また、海はどのようなものでしょうか。東洋にある太平洋の水が大西洋へ行き、大西洋の水が北海へ行き、五大洋が互いに連結しています。そのように見れば、私たちが暮らしているこの地も連結しているのです。陸地は平面的に連結していますが、海は円形的に連結しています。太平洋の水が、大西洋にも行き、地中海にも行き、どこにでも行きます。このように生動しながら、一つの動きによって全体が連結しているという結論が出てくるのです。(128-246,1983.8.28)
私はアメリカで世界的な水産事業をしていますが、漁船を造る工場としては、私たちの工場がアメリカで最も有名です。今後、陸地の資源が必要な時代は過ぎ去っていきます。水中資源を誰が世界的に管理するか、そのような技術を誰がもつか、それによって世界を支配することのできる、新しい時代が来ます。海は、無限の原料の根本地です。今後、海の魚を獲って食べる時代は過ぎ去ります。海の農業、海の養殖をしなければなりません。(126-201,1983.4.19)
文総裁は、70歳を越えましたが、アラスカに行ってキング・サーモン(king salmon)について研究しています。キング・サーモンはサケ科の魚ですが、五つの種類があります。魚の中で最高の魚です。ところで、これは卵を産んでしまうと死にます。もちろん子孫のために神様がそのようにしたのでしょうが、今は、人工的に稚魚に餌を与えて、死なないようにすることができる時代になりました。このキング・サーモン、鮭たちが死なずに、毎年、海に行って戻ってきてから卵を産むようになれば、鮭たちが人類を生かすことができる食糧の中の食糧になるはずです。こんなにも便利な食糧はありません。ツナ(tuna:まぐろ)の刺身など問題になりません。それほどキング・サーモンは、おいしいのです。(233-50,1992.7.20)
先生はツナに着眼し、今後、人類の食糧問題に対処しようとしています。ツナを大量に育てて海に放流するのです。2カ月だけ飼育してやれば、ツナは速いので絶対に捕まって食べられることはありません。普通、ツナの平均速度は、35マイルです。速く泳ぐ場合は、120マイルで泳ぎます。海で最も速い魚です。これがいかに格好がいいかというと、泳いでいく時には背びれをぐっとたたみます。胸びれをさっと広げれば、ほかの魚がぱっと引っ掛かります。魚雷のようになっています。爆弾のようになっています。ツナは、五大洋を舞台にして生きている魚です。これを無尽蔵に産卵させて海に放流すれば、人類の食糧問題が解決し、公害問題が解決すると考えています。それで、私は、これを開発しているのです。(126-201,1983.4.19)
地球の3分の1は陸地で、3分の2は海だということを知っているでしょう? 人間は、海に生息するすべてのものを食べることができます。草も、海の草(海草)は大概のものが食べられます。しかし、陸地の草や木は、すべてを食べることはできません。海には、陸地にいるものがすべています。海の牛もいるし、海の馬もいます。また、海のライオンや、海の虎や、海の蛇など、あらゆるものがいます。また、魚の種類は、どれほど多いでしょうか。白人は、陸地の肉を食べ、海の魚は「臭いがする」と言って食べようとはしません。最近になってアメリカ人は、「いやあ、フィッシュ(fish:魚)が良いそうだ。魚はすべての蛋白質をもっているので、肉より良いそうだ」と言っているのです。「自然食品が良い。長生きしよう」と言っているのです。ですから、海はいかに豊かでしょうか。いかに富にあふれた所でしょうか。女性がツナを1匹釣れば、1年食べて暮らしても余ることでしょう。(108-214,1980.10.16)
魚を養殖すれば、一家の暮らしは、簡単です。200坪あれば、一家で食べて暮らすことができます。魚をたくさん育てれば食糧になります。また、魚にはどれくらい多くの栄養があるでしょうか。蛋白質が優れているのです。ですから、すべての食糧問題を解決することができるのです。海でぴちぴち跳ねていた魚が私たちの工場に入れば、10分以内でパウダーになります。魚は10分を越えると温度差によって腐ってしまいます。バクテリアによって腐っていくのです。ですから、短時間のうちに処理できるようにするのが技術です。これ(フィッシュ・パウダー)は上質の蛋白質です。86パーセントから94パーセントが蛋白質です。完全な上質蛋白質です。また、そのパーセントを加減すれば、飼料のようなものをいくらでもつくることができます。それゆえ魚を、飼料として無尽蔵に育て上げることができるのです。(294-175,1986.6.14)
海は、原料市場の中で3分の2を占める世界の宝庫です。間違いないでしょう? 海の中にはダイヤモンドの鉱山があるでしょうか、ないでしょうか。陸地の2倍以上はあります。神様のみ旨の中で、私が神様の復帰摂理をしているので、2倍以上はあると思っています。それから、海には海草があり、魚がいます。これらがすべて食糧になります。海草が生えている面積は、この陸地面積の2倍ほどになります。そこにまた、無数の魚がいます。
このような考えをする人が、そこに関心をもたないでしょうか。陸地よりも、もっと多くの関心をもつはずです。魚を獲って売るでしょうし、原料をすべて運搬しなければなりません。ですから、陸・海・空の運搬路を掌握するつもりです。(89-28,1976.3.2)
②海底開発、無限な資源がそこにある
海は、本当に神秘的で、無限の宝庫の内容をもっているということを知らなければなりません。(128-254,1983.8.28)
海を好きにならなければなりません。開拓しなければなりません。陸地の3倍もある海を無視することはできません。今後、誰が海底に眠っている水産資源を開発するのでしょうか。地上には金銀、石油があるといいますが、海は陸地の3倍あるので、その3倍が埋まっているのです。今から、その開発に着手しなければなりません。ゆえに、統一教会員は、家を売ろうと何をしようと、どのようなことをしてでも水域を確保しなさいというのです。海岸の土地は、安いのです。島のような、そのまま主人として振る舞えるような所がいくらでもあるのです。そこに水産事業の基地をつくれば、その基地に数百隻の船が来るのです。国の検問所をつくれば、魚にも税金をかけることができ、いくらでも生きていく方法を見つけることができます。そのような希望があるのです。(291-172,1998.6.4)
地球の金銀財宝の多くは、海底にあります。海の中にたくさんあるのです。先生は、そこに関心があります。ほかの人が手をつけたものは欲しくありません。海底のすべての金銀財宝を、いくらでも掘り出すことができるのです。最近は科学が発達したので、島から海の底に何里もの穴を開けて、なんでもできるのです。ですから、海を誰がつかむのか、これが問題です。(263-18,1994.8.16)
「海洋鉱山を掘らなくてはならない」。私はそのようなことを考えています。皆さんができなければ、私が先頭に立ってしようと思っています。私が連れていって掘るのです。(119-256,1982.9.13)
海に行ってみると、海は単調です。しかし、その内容は、どれほど複雑か分かりません。また、資源的に見ても、陸地よりも多くの資源をもっています。そこには、無尽蔵の宝があります。そこには、人間の好きなあらゆる宝物が埋もれています。このような海を所有しようとすれば、何が必要でしょうか。アメリカの開拓時代に、西部の鉱山を見つけるために危険を顧みずに冒険したことを考えてみてください。その時、冒険的で勇猛だった人にそれを所有できる特権があったように、冒険の山を何度も越えていかなくては宝物を手に入れることはできません。今までは、船が行ったり来たりするための航路を手に入れる争いをしてきましたが、海の中のものを所有するための闘争は、しなかったのです。(128-246,1983.8.28)
今後、海の主人になる人は、誰でしょうか。地球に大変動が発生すれば、海の中に陸地が発生し、陸地が海になるかもしれません。太平洋の真ん中にアメリカよりも大きな陸地が生まれれば、その土地は誰の土地になるのでしょうか。そのようにならないとは言い切れません。いつそのようになるかは誰も知りません。海の底だからといって火山脈がないわけではありません。それで、「世界の200海里以内はどこも私のものだ」と主張する人がいればよいのでしょうが、そのような人はいません。しかし、間違いなくその時が来るはずです。海を中心として闘う時代が来るのです。その時に海を所有できる人は、勇猛で、開拓精神がなければなりません。そうでなくては海の主人になることはできません。(128-246,1983.8.28)
既に陸地は人でいっぱいなので、船を造って海に出ていくのです。将来、遠からず海で暮らす時代がやって来ます。では、私たちは、海で何をしなければならないのでしょうか。世界の海洋基地で、統一教会の男性ムーニーたちが暮らすのです。これさえつかめば、現在の世界におけるすべての文化を思いどおりにすることができます。男性ムーニーたちが海岸に集まり、世界の海岸をすべて買うのです。私たちが所有するのです。(116-326,1982.1.2)
これからの世界を指導することができる人は、海を守ることができる人です。人類が海底の宝物に対して、自分たちのあらゆる権力と文化的背景、そして伝統と国力を投入して開発をしていく時代が来ます。それを開発するためには、誰が先に海洋地域を占領するのかという問題が鍵となります。このような問題に直面する中で、統一教会の教主として、あるいは真の父母の名をもった歴史的な責任者として、今後、統一教会がとどまることができる基地として、どのような場所を残してあげるのでしょうか。それは都心地ではなくて海岸です。海岸において、あえて誰も考えもしないようなことをするのです。アメリカはすべての水産事業から手を引きました。しかし、私は、今後世界がどのように展開していくかを知っているので、困難でもそのことを続けていくのです。歴史が進んでいく方向の始めから終わりまで、広く大きな高速道路を築くことはできなくても、小道だけでも築いておかなければならないと思っているので、一人、海でその訓練をしているのです。(220-11,1991.10.13)
一つ学び、二つ学び、三つ学び、四つ学び、五つ学び、六つ学んだとしても、もっと学ぼうとしなければなりません。それが公式です。一つのことは一つの公式を中心として編成されているので、多くの公式を知っている人は、闘いにおいて勝利するのです。海に行って釣りをしても、ほかの人よりもたくさん釣りますが、それは魚がどこにいるのかを知っているからです。多くの経験があるからです。ゆえに、経験を積んだ人には負けます。経験のある人には負けるのです。先生は今、一人でどこへ行ったとしても心配がありません。釣り道具がなければ、釣り道具も作れます。そのような自信をもとうとすれば経験が必要です。今後、海に関心をもつようになる舞台において、海に対する関心をもっている人と、もっていない人を見れば、もっていない人は必ず後退します。完全に負けるのです。(146-251,1986.7.1)
③未来は水中時代、海の空間を開拓する
先生は、未来世界を準備しています。私は、海が好きでそのようにするのではありません。海にいるのは大変です。最初は、1週間も行ってくれば、ひざの後ろがいつもずきずき痛んで大変でした。それでも、胸の内では、「すべきことがたくさんあるので、年のことを嘆かずに行かなければならない。ヒマラヤを越えていく子馬のようにならなければならない」と思いました。そうであるのに、どうして休むことができますか。私が、なぜ海に関心をもっているのかが分かりますか。将来、私たち人類が行くべき平和の道を開くための鍵が、そこにあるのです。幸せに暮らそうというのです。何をして幸せに暮らすのでしょうか。どのようにすることが幸せに暮らすことでしょうか。1日に3食、ご飯をおいしく食べれば、それが幸せに暮らすことでしょうか。何が幸せに暮らすことですか。健康な食事をし、健康な生活をし、健康な一生を送ることが幸せに暮らすことです。そして、世界を舞台にして自分の望むとおりに暮らすことです。そのような基盤を、すべて先生が築いたのではないですか。(189-295,1989.6.17)
今後、誰が海洋世界を所有するのかが問題です。これからは宇宙時代です。空中の世界も海の世界も同じです。そのような海を所有し、冒険することができる人は、宇宙時代に入って大移動を起こすのです。もう、そのような時代に入ってきました。さっと服だけ着て、酸素だけで1カ月間、生活することができる時代に入っていきます。そうなれば、そこで食事を作って食べますか。便利な生活をするには、おいしい魚を準備して手軽に背負っていけば、半年は食べることができます。そこに水がめを持っていきますか、コチュジャン(唐辛子みそ)を持っていきますか、将来そのような時代が来ます。(189-291,1989.6.17)
すべてのことを機械がします。人がするのではありません。ボタン一つ押せば自動的に、どこへでも進んでいくので、何の問題もありません。飛行機と全く同じです。コンピューターだけ作動しておけば、以前、航海したコースに従ってそのまま進んでいくのです。ですから、昼寝をしてもいいし、夜に寝てもいいし、妻を抱いて、何か騒いでもかまいません。船は、人がするよりも正確に目的地に向かっていきます。ですから、操縦する人は必要ありません。電子装置がすべて間違いなくしてくれるのです。美しい海の底を見ながら、「いやあ、魚がいる! これはさめだ。さめが通り過ぎる」と言いながら、写真で見る以上に大小すべてのものを、はっきり観察しながら航海するのです。(192-150,1989.7.3)
皆さんは、どのように思っていますか。海の底にも行きたいし、高い山にも行きたいし、宇宙にも自由に往来したいと思っているでしょう? 境界線がありません。皆さん、統一教会員の中には、「霊界はない」と信じている人はいないでしょう? 信じているのでしょうか、知っているのでしょうか。知って体験までしているのです。ですから、否定することはできないのです。(225-138,1992.1.12)
これからは、海に入っていって生活することもできます。それで、5人乗りの潜水艦について研究をさせています。便利でしょう? 風が吹かない穏やかな時の波は、何と表現すればいいでしょうか。そこでは、億万長者の主人になることができます。どれほど神秘的で気分が良いか分かりません。
風が吹かない時、ガラス玉のような海で、大洋に夢をのせた夫婦が座り、昔の夢、あるいは未来の夢を語り合いながら愛の巣をつくっていくことを想像してみてください。それも問題ありません。もし台風が吹いても、30メートル以上、潜っていけばいいのです。水中で、思いのままに暮らせる時代が来ます。ですから、大韓民国の国土が狭いといって、心配をしなくてもいいのです。(233-52,1992.7.20)
人間は、どこでも自由です。国境もなく自由に、どこへでも行くことができます。海に行こうとすれば海に行き、山に行こうとすれば山に行き、また水中で暮らすこともできるのです。潜水艇を造って深度を調節すれば、いくらでも海中で暮らすことができる時代になります。そのようにしなければ、人類の生きる場所がありません。タンクに水を入れて、沈む重さになれば沈むのです。ボタンで操作して水を抜いたり満たしたりすれば、浮かんだり沈んだりするので、水中で暮らすことができるのです。海面から10メートル下の世界ほど良い場所は、ほかにありません。30メートル下りていけば、風が何でしょうか。とても静かな世界が現れるのです。海底王国です。海上に上がれば風も多く、変化が多いので騒ぎが起きるのです。気流が変わり、空気が変わり、雨が降って大変です。ですから、海に行って暮らすのが理想的な生活だと考えるのです。(262-272,1994.8.1)
みな良い所で暮らしたいと思っているので、今、先生は、潜水艦を研究しているのです。どこが最もすてきな場所でしょうか。アパートが良いのではないでしょう? 海の真ん中の奥深く、そこでどのように暮らすのでしょうか。その時に必要なものが潜水艦です。ボタン一つ押せば、涼しい所に下りていくのです。エアコンは必要ありません。そこには、ありとあらゆる魚が多彩な踊りをしていて、数限りない色の美しい光景があります。そこは遮るものがありません。昼だろうと夜だろうと、どこへでも行くことができます。そのようにしながら暮らすことがどれほど気楽でしょうか。霊界に行く前に、そのような所で一度暮らしてみたいですか。すてきでしょう? 皆さんのためにするのであって、私一人のためにするのではありません。全体のためにしているのです。それで、様々な研究をしているのです。海においても、私が、誰の世話にもならないようにつくっておいたのです。(217-212,1991.6.1)
海で遊べば、陸地で遊ぶよりももっと楽しいことがいくらでも起きます。ですから、私は潜水艦を造ろうとしたのです。今後、そのような時代が来ます。誰もがみなヨットをもち、海の中を往来するのです。水中を見学しながら回るのです。それは、どれほど楽しいことでしょうか。海の中を行き来しながら魚の群れ、さめの群れ、鯨の群れと共に生活する時代へ発展していくのです。その準備をすれば、世界的な経済圏を掌握することができると察しているのです。(95-225,1977.12.4)
人々は、どこへ行くのでしょうか。山岳地帯へ自然を訪ねて行きます。しかし、山岳地帯にだけいれば生活に飽きてしまいます。ゆえに、海に行くのです。今後は、海を中心として、水中に入っていって生活をしなければなりません。今、私は、学者たちを通してそのような潜水艦を研究させています。既に、ほとんどできあがってきています。これを研究して水中30メートルの中に入っていくのです。そのようにすれば、台風が吹いても静かです。風が吹こうと、どれほど波風が立とうと、30メートル以下に入っていけば波風はありません。30メートル以下には波風がないのです。ですから、30メートル以下、100メートル以下というボタンだけ押せば、自動的に入っていき、反射器で海の風景を見ながら暮らせるようにするのです。(236-309,1992.11.9)
将来、どのような時代になるのでしょうか。飛行機でどうして何時間も行くのですか。太平洋の真ん中に鉄の柱を打ち込み、ホテルも造るのです。ヘリコプターがどれほど多様な機能をもっていますか。ピッとボタン一つ押せば、思いのままに飛び回ることができるのです。3時間くらい飛んで行くのも退屈です。2時間ぐらい飛んで行って、海上ホテルに行き、そこで寝たりするのです。どれほどよいでしょうか! 太平洋上にホテルを建てるのです。そのようになれば、2時間か3時間くらい行けば、そこで昼食を食べ、家族と船に乗って釣りもするのです。どれほどすてきなことでしょうか!(203-57,1990.6.14)
海に膨大な資源があると見るので、今後、(海洋事業場を)全世界的に、フランスにもつくり、ドイツにもつくり、命令一下で数十カ国につくることができる準備をしなければなりません。そのようにしてこそ、世界的な時代に必要とされる船や潜水遊覧船などを造ることができ、その分野の経済圏を主管することができると思っているのです。数十カ国に準備すれば、私たちがその分野において全世界に力をもつようになるのです。その想像がつきますか。可能性があると思いますか。(95-225,1977.12.4)
私は、船も設計し、世界で一番のものを造りました。潜水艦においても、どこの海に行っても暮らせるような5人乗りのものを造ろうと思っています。今後は、海の中に入って行き、生活をしなければなりません。ですから、それを開発しています。統一教会の者たちに、一度豊かな暮らしができるようにしてあげなければならないのです。(210-39,1990.11.30)
きれいな水は、どこにありますか。海水は、すべて公害で汚染されています。北極には、800メートルの雪が積もっています。それは、きれいな水です。1000年前に積もった、清らかな水です。公害がありません。その水は、1万年後にも美しい水です。南極も同じです。そして、その氷の下に氷の文化都市、ニューヨークのような都市を人工的につくったとすれば、多くの人々は観光に行くでしょうか、行かないでしょうか。それを建てることは問題ありません。考えただけでも気分がいいでしょう? トンネルを一度造っておけば、万年トンネルとなって崩れることはありません。1年に一度、冷水をまいておけば、こちこちに凍るのでますます頑丈になります。ますます強くなるのです。(302-99,1999.6.1)
氷の下で農業ができる時代が来ました。何の話か分かりますか。花が咲くのです。アラスカのような所に行くと、高い山中には万年雪があり、その中間には草が生えていて、その下には花が咲き、その下では釣りをしているのです。それほど美しい仙境か分かりません。美しく水は澄み、空気はきれいで、すべての生態的条件をくまなく備えた環境です。一度、趣味で旅行して味を占めてしまうと、そこで暮らしたくなって、出てきたくなくなります。今、私がこのようなすべてのものを投入して努力するのも、そのようなものがあるからです。(220-13,1991.10.13)
今後、水素を開発すれば、電力のようなものは問題ありません。あの寒いシベリアのような所にも地下都市をつくり、いくらでも良い都市で暮らせる時代が来るのです。(194-95,1989.10.17)
今後、シベリアのツンドラ地域やアメリカの平原地帯を開発するためには、アラスカを開発しなければなりません。北極の氷で覆われた世界を先に所有する者が、世界を主管することができます。海を所有する者が、世界を主管するのです。ゆえに、水産事業を始め、北極に関心をもつのです。(219-196,1981.8.29)
太平洋にはヒマラヤ山脈が連結しています。大小様々な山脈が、果てしなく連結しています。太平洋には怖いシャーク(shark)、それを日本語では「さめ」と言いますが、そのようなものがいくらでもいます。そのような所を泳いで渡らなければなりません。危険が幾重にもあるのです。人類歴史において、誰も行くけなかった道です。そのような路程をたどって越えていかなければなりません。そのように越えて、彼岸の世界にまで行くのです。そのようなものが人生路程です。(205-86,1990.7.7)
深い所が中心であり、高い所が中心です。深い所は見えません。海底が見えますか。最も深い所が海底でしょう? エベレスト山の場合、万物が見たくなくても、朝になるたびに見え、夕方にも見えます。雨が降るか降らないか、天気が良いか悪いかを見るのです。雲がかかったり、暗くなったりすればそこを見て、今年が豊作になるか、ならないかを知ろうとしても、高い所を眺めて測定するのです。深い所は見えません。深い所を見てはいけません。ですから海水で覆ってあります。しかし、深いからといって悪いのではありません。そこには神秘があります。女性にも神秘的な何かがあるので、男性が関心をもつのです。男性が神秘を感じて、訪ね求めていくのです。(205-136,1990.8.12)
④エネルギー補給源は海にしかない
海の資源がどれほど膨大かといえば、この陸地は問題になりません。今後の燃料問題を考えるとき、油類燃料や石炭燃料、電気燃料を中心とした時代は過ぎ去ります。電気も限界があります。今やエネルギーの補給源は、海にしかありません。水素を開発する道しかないのです。(94-130,1977.7.30)
今後、食糧は、科学的に無尽蔵につくることができます。今はなぜ、それをつくることができないかというと、原価が多くかかるからです。燃料費が多くかかります。今後、水素エネルギーを解決すれば、エネルギーは無尽蔵です。エネルギーがあまりにも多くて処理しきれないほどになります。ですから、食べ物も、いくらでも、食べきれないほどつくることができるようになるのです。そのようになれば、独りで食べるのはつまらないので、通り掛かりの人に、「ちょっと食べていきなさい。そして、ちょっと話をしましょう」と言う時が来るかもしれません。ですから、今から準備しようというのです。その時まで私たちは、そうなるようにつくりあげなければなりません。私たちの子孫が豊かに暮らせるようにするのです。(141-223,1986.2.22)
海の管理を誤れば戦争が起きます。戦争をすれば、しまいには水素爆弾が炸裂するようになります。この水素爆弾は地球を破壊しかねないのです。ですから統一教会は、水域の20キロを中心として、20数を中心として、世界のどこでもみな占領しようというのです。そのようにすれば、世界はその懐に抱かれるのです。(303-155,1999.8.17)
ある人が、「今後、水素原料が解決すれば、世界はすぐに、暮らしやすい文化世界になるはずだ。しかし、独裁者がこのような膨大な原料をもてば、世界をすべて滅ぼしてしまうだろう。世界をそのようにさせない人は文先生しかいないので、文先生にそのことを任せなければならない」と言ったのです。(184-222,1989.1.1)
⑤海洋強国が世界を支配する
未来において、私たちは、海を主管しなければなりません。海にあるすべての金銀財宝を、私の手で開発するつもりです。そのようなことを考えていると、トンネルをたくさん掘らなければならないという結論になったので、ハイウェイ・プロジェクトも出てきたのです。海の底に道を通し、そこに門を造っておけば、その門を開けて出ていって魚を獲ることもできるので、それは、どれほど楽しいことでしょうか。海にある油も、船にパイプで直接、供給すれば、それは、どれほど素晴らしいことでしょうか。
海底には、どれほど多くの石油があるでしょうか。ボタン一つ押せば、パイプがさっと出て油が出てくるならば、どれほど素晴らしいでしょうか。
指導者ならば、皆さんが未来においてそのように暮らせるように計画を立てなければならないでしょう? それでは、海の中でどのようにして酸素を供給するのでしょうか。水の中には酸素がどれほどたくさんありますか。ですから、水中で酸素をつくって自動的に供給するのです。海水中の酸素の比率は、どれくらいでしょうか。それをどのように活用するのですか。それは問題ありません。したがって、近い将来、海の世界を主管することができる時代がやって来るのです。(116-326,1982.1.2)
今まで、先生の生涯における1次の40年の生活は、北半球にある先進国家を中心とした、すなわち陸地を中心とした受難時代でした。それで、20年前から、南米における海洋文明圏を準備してきたのです。熱帯地方圏内にあるすべての国を救うために、海洋時代を築いてきたのです。そこで受難の道を経てきたのが、先生の20年路程です。(277-131,1996.4.7)
今後は海、水を主管しなければならないという主張、そのような思想をもてば、世界を主管するようになるのです。水が一番重要です。ですから、私が霊界に行く前に、大きな地域を中心として水を主管する事業に着手しておかなければなりません。それで、せっせと多くのみ言も語っているのです。私が話しておけば、子孫たちが成し遂げるだろうと思っているのです。(276-296,1996.3.10)
海の世界は、誰のものですか。今後、海洋の世界は、とても高価になることでしょう。明洞(韓国の銀座と呼ばれる地)よりも高くなるのです。早いうちに海洋地域をすべて掌握しなければなりません。ここから3キロ以内にある水のある所を握る人が、世界をリードするだろうと思っています。そのような時代が来ると思っています。(300-192,1999.3.3)
海を占領しなければなりません。海は、誰のものですか。神様のものであり、それから真の父母のものであり、それから私のものです。すべてが私のものです。「自分のもの」と言えてこそ、うれしいでしょう? 海と川の水が、この世界の生命圏を左右しています。海は、雲を生成して陸地に雨を降らせるので、生命を左右しているのです。(289-181,1998.1.1)
若い人たちは、海に関心をもたなければなりません。ここにいる皆さんの中から、海で事業をすることができる責任者も出てこなければなりません。先生が大西洋に行って24四時間、そのことをするのも、海を愛したという伝統を立てるためです。船乗りは海に出ていくと、6カ月から1年は帰ってこないので、女性たちはみな、マドロス(船乗り)を嫌います。そのために、マドロスが次第に少なくなっていくのが世界的な傾向です。ですから、これを私たちが引き継がなければなりません。統一教会の女性は、夫が海に行って半年間帰ってこなくても不平は言わないでしょう? ゆえに、今後の世界の海上権を私たちが掌握しなければなりません。
今後、陸地よりも海に力を注ぐ時代が来ることを、皆さんは知らなければなりません。それゆえに、先生は海に関心をもっているのです。そのような目的で先生が海に関心をもっていることを知り、皆さんも海に関心をもたなければなりません。(73-142,1974.8.16)
先生は、海の中を進む潜水艦を研究しています。また、宇宙への関心も高いのです。現代の宗教指導者、現代の世界的な思想家として、すべての世界に驚くべき基盤をもち、国なき代表者として国家以上の力をもっているレバレンド・ムーンが、どうして海洋に関心をもつのでしょうか。今後、人類の食糧問題や飢餓問題のようなものを解決できる所は、海しかないと思っているからです。(217-219,1991.6.1)
多くの人は、海水魚は淡水で生きることができず、淡水魚は海水で生きることができないと思っていますが、そうではありません。鮭のような魚は、海で暮らしてから、淡水に上がってきて卵を産むのです。ですから、3週間で完全に変わるのは問題ありません。3週間、10間で変わります。これは空想的な話ですか、それとも実質性のある話ですか。コンピューターがポケットに入れられるように、小さくなるでしょうか、ならないでしょうか。その世界へ行くのです。ですから、海の主人になるのですか、陸地の主人になるのですか。どちらに、よりなりたいですか。(217-227,1991.6.1)
北極に行って鉱山を掘り、南極の海の深い所でダイヤモンド鉱を掘り、黄金鉱を掘るのです。水中のダイヤモンド・ラインに行ってすべてを掘るのです。男性だけが掘るのではなく、女性も掘るのです。その中に入っていって真の愛をなすことができるならば、素晴らしい愛になるのではありませんか。千尋の海底に入っていって愛する時は、行く道が険しいので、その愛も素晴らしい愛になるのではありませんか。衝撃を受け、苦痛も受けるのですが、それ以上の愛を求めてそこまで来るからです。そこで愛する場合は、すてきな愛になるでしょうか、不完全な愛になるでしょうか。海の底に入っていって愛し合いたくはありませんか。老いれば誰もがみな死にますが、海の底で二人で愛し合いながら暮らしたのちに死ねば、それは幸福です。(299-186,1999.2.15)
先生は、海への関心を生涯もち続けてきました。大洋的運勢が来るからです。ですから、皆さんも、海に関心をもたなければなりません。その次に、大陸に関心をもたなければなりません。(12-117,1962)
海洋事業は、有望性があります。私には明確な概念が定立しています。ゆえに、私は「人類のために海へ行きなさい」と宣言するのです。(128-211,1983.6.26)
2)真の御父母様がなされた海洋摂理
①北米を中心とした海洋摂理
イ)アメリカの水産業
アメリカが豊かに暮らそうとすれば、若者は海へ行くべきだという風潮をつくらなければなりません。そうなれば、国家の新しい未来像が開拓されます。その時は、皆さんが責任者になり、陸地にあるすべての工場を逆に引き継ぐのです。陸地にある生産工場は、今後、門に錠が掛かるようになっています。個人の利益を追求してきた工場は滅びるのです。私たちは、国家の利益を追求する工場を営むので、国と協力して世界のために進んでいくのです。国家の支援のもとで、いくらでも発展することができるのです。(128-230,1983.6.27)
今、海洋都市がすべて廃虚になっています。若者が海に出ていって何カ月も戻ってこなければ、彼らの妻はあちらこちらを踊り回り、そのうち浮気をして荷物をまとめて逃げていってしまうのです。ですから若者は、船で出ていかなくなるのです。このようにして完全に廃虚になりました。私にお金が少しあれば、東部から南部を経て、西部までの埠頭を完全に買ってしまわなければなりません。それは良いですか。(123-13,1982.12.1)
現在、アメリカにおける産業分野は、すべて軌道に乗っています。すべて定着しています。唯一アメリカに残っているものは、陸地のすべての資源よりも膨大な基盤である海洋分野、すなわち水産業の分野です。それがアメリカでは、完全に没落状態に入っています。それが、どれほど膨大な資源か考えてみてください。海洋事業をする人は、大洋の中に隠されたすべての資源を掌握することができる後継者です。3分の1は陸地で、3分の2は海洋なので、3分の2の資源が海洋に埋もれているのです。ですから、このようなことを計画し、将来これを管理して主管することができる運動とは、どのような運動でしょうか。それは、海洋事業を行って世界的組織をもった基盤と、思想的に世界的組織をもった基盤、この二つしかないと思うのです。(119-230,1982.9.13)
海洋都市が疲弊すれば、その国の経済も疲弊するようになっています。アメリカは、資源をもってその海洋都市を世界と連結させることができる基盤をもっているにもかかわらず、それをなすことができなかったので、アメリカ政府は、緊急措置を取らなければならない段階に入ってきているのです。海洋都市の責任者も若い人を探しているのですが、若い人がいないので、私たちがこれに責任をもつのです。また、妻が逃げていくことはないという、そのような思想をもった若い夫婦が必要です。それは、ムーニーしかいません。このようにして、その都市にしっかり定着すれば、海洋都市は復興し始めるのです。3年から5年以内であれば、政府から支援を受けて50人に船を造ってあげることができます。50人ずつ30箇所ならば1500隻です。そうでしょう? 1500隻ほどの船を造ることができます。
アメリカの港をすべて合計すると、3000数箇所あると認識しています。ですから、3000数箇所の港に50名ずつ行けば15万人でしょう? そのようになれば、アメリカの海域を完全に消化できるはずです。(119-235,1982.9.13)
海に関心のある優秀な人々を中心として、フィッシング・ボートをもつように組織します。ですから、一つのセンターでは、50名の青年男女を集めて海洋へ行く基地運動、教育運動をするのです。そのようにして募集をするのです。現在、アメリカの海岸都市がどのような傾向になっているのかというと、海洋都市が疲弊しているので、みな引っ越したりして解体してきているのです。ゆえに、有力者やあらゆる所の責任者は、これを防いで海洋都市が復興することを願っています。それで、私は行くやいなや、すぐにこのような計画を立てて、地方の有力者を中心とした後援会を組織するのです。ですから問題はありません。そのようにして、私たちの責任者が1日に400ドル分の魚を獲る方法を教えてあげれば、永遠に持続するのです。(108-219,1980.10.5)
「ニュー・ホープ」という私たちの船の名前は、アメリカの東部ではツナ釣りで有名であり、南米にまでうわさが立ちました。私がそのようなことをするのも、水産事業を開発する要員を養成するためでした。私が24時間、船に乗って回りながら、私たちの若者に、「船に乗りなさい」と言うと、逃げていって話も聞きませんでした。ところが、私が時間さえあれば話をして4年、5年が過ぎ、7年もすると、女性までもが、「私がキャプテンになる」と言うようになったのです。そのように言うことができる雰囲気をつくりあげました。そのようにしながら造船所を造り、その次には加工工場を造り、販売することができる訓練をさせました。商店を造り、移動バン(van:ライトバンの大型のもの)を中心とした販売訓練をさせたのです。1年の間で船を造り、網を編んで魚を獲り、その次には魚を販売する仕事までしました。シーフード・レストランまで造り、そのようなことを中心として7年間、基盤を築き、今では水産業界に問題を起こし得る段階にまで入ってきました。これが軌道に乗れば、相当な資本が動くようになります。(110-202,1980.11.17)
皆さんの中で、船に乗るのが好きな人は手を挙げてみてください。皆さんがいなければ、これからのアメリカ世界は、海で成功することはできません。海での成功はありません。アメリカで海上、海底における成功はないのです。そのようになれば、アメリカは、いくら大きなことを言っても後退しなければなりません。そのようにならざるを得ません。どんなに大変でも、皆さんは海に出ていかなければなりません。海を突き抜けていくのです。そのようにしてこそ、海に希望が連結するという事実を知らなければなりません。(132-304,1984.6.26)
海に出ていけば、2カ月から6カ月の間は船に乗っているので、最近の妻は、「ディスコだ、ツイストだ」と言って踊りでも踊って浮気をして回り、彼らが帰ってくるころには、荷物をまとめて逃げていってしまっているのです。子供は孤児院に入れてしまい、一家四散するケースが80パーセントにもなるので、誰があえて海に出ていこうとするでしょうか。また、海に行って魚を獲ったとしても、その販路がありません。アメリカ人は、魚を食べません。ですから、この水産事業に手をつければ、莫大な力の消耗が伴うのです。けれども、仕方がありません。水産事業に手をつけて成功できる基盤をつくらなければ、今後、世界に対する作戦を経済的に支援することはできないと思っているのです。(110-200,1980.11.17)
アメリカで有望な事業は、水産運輸事業と漁業です。水産運輸事業と漁業しかないという結論を出したのです。それで、私は、「3年後にはこの事業を始めなければならない」と思い、3年前に船を購入し、今年からその事業を始めているのです。「ここニューヨークの海はどのようになっていて、魚はどこにいるか」などといった東部海岸地域に関する大抵のことは、この3年間ですべて調査を済ませておきました。(88-246,1976.9.20)
今後、私は、国家と交渉して養魚場をつくることを考えています。海水魚の養魚場、淡水魚の養魚場など、どのような養魚場でも造ることができます。何でもすることができるというのです。ニューヨークのすぐ前にある干潟地でも、かにでも、どのような魚でも、すべて養殖することができます。それを研究しなければなりません。その事業がどれほど膨大か、どれほど膨大な事業になるかを考えてみてください。(88-179,1976.8.10)
女性は船乗りを好まないでしょう? 私がどうしてこの水産業をしようとするのかというと、今、アメリカではこの水産業が完全に全滅状態にあるからです。なぜそうなのでしょうか。男性が船に乗って出ていき、1カ月も2カ月も帰ってこなければ、女性たちはみな浮気をして離婚し、逃げてしまうのです。また、近ごろのアメリカの若者は、何回か大きな波に出遭って苦労すれば、それでもう海に出ていくのが嫌になるのです。そして、金持ちも、全くここに投資しようとはしません。ですから、アメリカを生かすためには仕方なく、統一教会の青年がこの事業を引き継ぐしかないのです。統一教会の青年や統一教会の女性は、離婚をすることができますか。絶対に離婚できません。離婚して逃げようとは考えないで、一緒に船に乗って出ていく訓練をしなければなりません。先生が命令さえすれば、船乗りたちは、どこからでも集まってきます。そのようにして訓練されて出ていくのです。(88-250,1976.9.20)
私が手をつけなければ、アメリカの水産業は、復興させることができません。絶対に復興させることはできません。そのような意味で、「アメリカに私は多大な貢献をなすだろう」と思っています。それで現在、約4000トンの船を買うために交渉しています。そのような種類の船は、世界に一つしかありません。(88-326,1976.10.3)
一昨日ベリータウンに行って、こいを数千匹獲りました。また、池をすくうと亀が6匹出てきました。それで、これくらいの大きな亀をハドソン川に放してあげ、また、最初に獲ったこいを放してあげました。
そして、「お前は愛を通して生まれ、愛のために死ぬのが道理なので、愛する人々のために生きるのがいいか、死ぬのがいいか」という、このような問題を中心として考えてみました。「このように見れば、お前は犠牲になるのだが、将来のアメリカの水産業を発展させ、今後、統一教会の人たちがお前たちを通して神様の前にもっと忠誠を尽くし、人類をもっと愛することができるようになるだろう。そのような愛の力になり、エネルギーになり、肉になると思っている。お前たちは、魚に生まれたが、私の息子、娘のごとくに思ってあげよう。そして、アメリカのどの国民よりも愛し、アメリカ国民以上に思ってあげよう。そのような肉となり、心となり得る一部分として愛してあげるが、それでも嫌か」とこいに向かって言いました。
「こいよ、お前たちは、愛する息子の血となり肉となり、息子、娘の身代わりとなって、愛するアメリカ国民の肉となるのだ」と言いました。(93-189,1977.5.29)
「宗教指導者であるレバレンド・ムーンが、どうしてあのような漁夫になって水産業をするのか。それは卑しい者のすることだろう」と、人は言うことでしょう。私は、それを知っています。しかし、私たちは、小さな目的をもってしているのではありません。皆さんがそのような訓練をし、アフリカなどの重要な港を一つずつ受け持っていけば、そこでは世界的な基盤が一遍に築かれるのです。50カ国に基盤が築かれるのです。(94-107,1977.7.29)
今まで、漁夫たちは一日に8時間、仕事をしましたが、これからは「8時間以上は仕事をしない」という話は出てこなくなります。完全にひっくり返るのです。アメリカ水産業界の生きる道ができるでしょうか、できないでしょうか。これは、黄金の門が開くのと同じです。黄金の鍵をもって黄金の倉庫の門を開けるのと一緒だ、ということを知らなければなりません。ですから、統一神学校を出た女性はみな、この次に嫁に行く時は、船長のところに嫁に行くのだと思ったらよいでしょう。(96-313,1978.2.13)
アメリカの水産業界は、私たちでなければできない段階に入ってきました。膨大で無限な資源が私たちを呼んでいます。ゆえに今後、世界を主管するための経済基盤として、これを活用しようと思っています。(105-328,1979.10.28)
アフリカ人が食堂のような所に行って食べる場合、自分が食べていた魚、自分が食べ慣れている魚を探します。しかし、その魚が食堂になければ、そのお客さんは帰ってしまうのです。ですから、五大洋で獲った魚を食堂に補給する運動をしようというのです。アメリカ人は、1日に8時間以上仕事をしないので、5時になれば店を閉めてしまいますが、私たちは24四時間、店を開けておくのです。また、私たちと関係している食堂が品切れになれば、私たちと関係しているほかの食堂から補給してあげるのです。ですから、誰もかないません。それで、今、水産業界においては、「レバレンド・ムーン」と言えば知らない人がいません。このようになっていることを知らなければなりません。(146-253,1986.7.1)
食口は、このオーシャン・チャーチ(ocean church:海洋教会)が好きではありません。「水産業をしなさい」と言うと、逃げていってしまうのです。
それで今、先生は、早く全米に1000軒の日本食堂をつくることを計画しています。それが今の計画です。そして、535箇所の海洋教会をつくるのが次の計画です。今、二つの準備をしなければなりません。(147-25,1986.8.20)
今後、各州に私たちの水産業基地ができれば、そこにコンドミニアムを一つずつ造ろうと思います。これを造って日本人、韓国人、アメリカ人、そしてドイツ人を中心としたヨーロッパ人、これらの4カ国の人を一緒に住まわせるのです。出勤は別々にしても、帰ってくれば一緒に食事をして、そのほかのことも共にするのです。このようにして、一つの家族生活の形態を整えて訓練をしなければなりません。ここをパスできない人は、今後、地上天国の理想圏に入っていくことはできません。天国に入る資格をもてないのです。それで今、私は、その生活基盤を築く仕事をするためにこの事業をしているのです。(147-27,1986.8.20)
なぜ水産業をするのでしょうか。今後、人類の食糧問題を解決する方策は、養殖以外にはありません。皆さん、将来は、海岸に数十階、数百階のビルを造り、ボタン一つですべての養殖ができるようになるのです。100坪もあれば、一つの世帯が子供たちを大学で勉強させながら暮らすことができるのです。今の時代は、科学が非常に発達しているので、何里、何十里、何百里も離れた所から海水を引いてくることができます。山の中に養殖ビルをいくらでも建てることができるのです。そのようにしなくては人類の食糧問題を解決することはできません。ですから、私は深刻なのです。(191-81,1989.6.24)
統一教会の若い勇士は、いつかは遠洋漁船に乗ってみる経験をしなければなりません。先生は、水産業の経験が素晴らしい訓練になると思っています。先生がさせることなので、皆さんはしなければなりません。いくら東大出身だからといっても、それを逃れることはできません。(192-159,1989.7.3)
レバレンド・ムーンには、食糧問題のゆえに死んでいく人々を生かすために、今まで20年間、活動した実績があります。水産業の世界には、原料が無尽蔵にあります。今では、アメリカでもレバレンド・ムーンのことを信じるようになっています。今まで私は、網を編んだり船を造ったり、様々なことをしながら世界における基盤を築いてきました。そのようにして築かれた基盤は、誰も無視することができない段階に入ってきています。それは、水産事業界において、すべての人が知っていることです。(266-120,1994.12.20)
テキサスの農場に行ったことがある人は、手を挙げてみてください。アメリカ人は全員、行ってみたことがあると思います。皆さんも一度、招待しましょうか。ここで、今、うずらやきじ、また鹿のようなものをハンティングしようと思っています。そこには、自然の生きた七面鳥がたくさんいます。それから猪や狼、そして虎のような姿をした獣までいるのです。あらゆる獣がいます。今から、ここに関心をもち、自分たちで農場をつくり、ハンティングや釣りなど、すべてのことが管理できるように開拓しなければなりません。(253-114,1994.1.9)
今後、第3次産業が発展し得る基地ができてきます。それで私たちは、30箇所に船を10隻ずつ浮かべて訓練をしているのです。それを300箇所まで拡大しようと思っています。どこの町に行っても、釣りができるようにしようと思っているのです。今後、世界にルートをつくろうと思っています。フランスからヨーロッパ、ここをすべて観光コースにするのです。そのようなことができる、釣りに関する専門家を育成しなければなりません。船の運転をしながら観光案内役までするのです。これは大きなビジネスです。このようにすれば、その貴重なお客さんを中心として、今後、私たちは、世界的な大事業をすることができるのです。世界的な国際会社をつくり、膨大な資源を採取することができる基盤が自然に築かれるのです。(122-82,1982.10.31)
ロ)セイロ流通組織
先生がアメリカで計画したことは、2大事業です。水産事業とセイロ販売組織です。先日、「ムーニーが水産事業分野を完全に占領する」と言って、水産業界で大問題になりました。その事実を皆さんは知らないでいます。このことは知らないといけません。(131-250,1984.5.4)
経済活動の組織面において、いかにして全国の販売市場を掌握するかという闘いが最後に残された障壁です。セイロという世界的な機械販売組織を通じてアメリカで力をもち、また水産事業でも力をもち、これらが一つになって動くようになれば、アメリカや自由世界に対する影響圏は自動的にできてきます。ここで経済基盤を築くと同時に、もう一つ準備することは、言論界における世界基盤を確保するための「ワシントン・タイムズ」と、「インサイト」という週刊誌です。現在、これらを通じて世界に影響を及ぼし得る版図をつくっています。有り難いのは、水産事業においてアメリカは膨大な資源をもっているにもかかわらず、そこには主人がいないということです。
既に、「レバレンド・ムーンと統一教会が主体にならざるを得ない」という評価を受けるまでに上がってきたということは、驚くべき事実です。科学技術を中心とした製品の販売市場において、レバレンド・ムーンがアメリカで力をもったといえる基盤を築くために「セイロ組織を50州に編成しなさい」と指示しました。セイロ・システム自体が国境を超越したのです。今まで、国境を超越した展示場、販売市場はありませんでした。(135-97,1985.9.30)
今、皆さんがなすべきことは、アメリカにおいて経済基盤を築くことです。それが先生の選択したセイロ組織の全国化運動と、水産事業の販路の世界的基盤を築く運動です。これを、どのように成し遂げるのかということが現実的な問題として登場しました。それが結論です。現在、機械工業が西欧文明の中心だとすれば、その一方で水産事業には主人がいません。ですから私は、損害を被りながらも水産事業に投資しているのであり、セイロの発展のために投資しているのです。そのような結論が出てきます。
ここに投資をして基盤をつくる努力をしなければなりません。このように見れば、セイロは、世界の販売組織とアメリカ水産事業に力をもつための基盤です。ですから、「ここに拍車をかけなければならない」というのは妥当な結論です。(135-99,1985.9.30)
アメリカにおいて、セイロ組織によって機械工業と水産事業に力をもてば、アメリカ経済を動かすことができる強大な勢力になります。それで今、南米連合機構をつくっています。そのようになれば、アメリカは困ることでしょう。40年間、先生がこのような頭と能力をもって苦労し、開拓のためにそのようなことをしてきたのは、それが歴史に残る先覚者の行くべき道だったからです。そのようにして伝統を立てることが貴いことなので、耐えてきたのです。先生が縦的な伝統を立てたならば、皆さんには横的な伝統を立てなければならない責任があるということを知らなければなりません。横的基準まで先生が立てなければならないのですか。それは、皆さんの責任です。今後、セイロ組織を通じて、いかにして急進的発展をするかを考えなければなりません。(135-106,1985.9.30)
「水産事業がセイロと何の関係があるのか」。このように思ってはいけません。今後、セイロの人を水産事業分野に入れ、水産事業の人をセイロに入れるかもしれません。いつでも自由に交替させることができるのです。それを知らなければなりません。ですから事務室も、一つの事務室を使わなければならないという結論が出てきます。お金もないのに、どうしてそれぞれが一つずつもっているのかというのです。この機会に、すべて一つにするのです。多くの責任者は、必要ありません。一人の責任者を中心として命令すれば、天下が動くような組織にしなければなりません。(135-102,1985.9.30)
ハ)アラスカ水産業
アメリカは、その国土を中心として三つの海域に世界4大漁場うちの3大漁場をもっています。そこにノルウェーの漁場を合わせれば4大漁場になります。メキシコからアラスカ、そして、カナダにあるグロスター地域が世界4大漁場のうちの3大漁場として連結していますが、それは、世界の魚のほとんどすべてがそこにいるということです。しかし、その魚を獲る人がいません。200海里を策定しておいて、完全に主人のいない荒れ地のようになっているのです。(110-200,1980.11.17)
アラスカは、海を中心としてすべてのものが連結しています。海のすべての資源、すなわち魚類と原資材が集中している場所がアラスカです。世界の水産資源のうちの80パーセントがアメリカにありますが、そのアメリカの水産資源の71パーセントに相当する魚がアラスカにいるのです。水産資源において、アラスカは中心です。残された資源の獲得地は、このツンドラ平原しかありません。(236-22,1992.11.2)
先日、アラスカに行った時、長さが60マイルにもなる真っ黒な鱈の大群が押し寄せてきました。幅が10マイルで、深さはどれくらいになるか分かりません。それを考えてみてください。その群れを見れば、主人がいません。主人がいないのです。レバレンド・ムーンは大洋上に、そのような富が浮いていることを知りました。ですから皆さんは、未来の所有者にならなければなりません。(131-263,1984.5.4)
水産事業にどれくらいの発展をもたらしたでしょうか。今では船におけるすべての機械は、私たちが研究し、私たちの手で作ったものが最高の位置に立つことができるようになりました。この驚くべき事実を知らなければなりません。私たちがアラスカで魚を釣っていれば、どこで魚が多く獲れるかということが分かるようになります。そうしたら、それをコンピューターに入力しておくのです。コンピューターに入力しておけば、ボタン一つでいつでもそこに行くことができるのです。コンピューターにテープを入れてボタンを一つ押せば、10年後にもその場所に行くことができるのです。そのようになれば、いつでもたくさんの魚を釣ることができます。漁夫が誰にも秘密にしておいて死ぬ時になり、初めてその息子に遺言として教えてあげるような材料を、世界五大洋において無数にもつことができるのです。ボタン一つ押せばいいのです。五大洋にそのような根拠地を記録しておけば、季節に従っていつでも漁業を続けることができるのです。それは、水産事業において莫大な利益をもたらすことができるものです。(135-106,1985.9.30)
アラスカに1300万ドルを投入して工場を造りました。その次には、東部のグロスターの埠頭も買おうと思っています。また、南方のアラバマにも、私たちの船の工場があるでしょう? 基地がすべてあります。皆さんは、船や海について関心すらもっていなかったでしょう? 私は10年間で、すべてを準備したのです。(119-239,1982.9.13)
アラスカの西部地方、南部地方、東部地方に加工工場を造り、様々なことをしなければなりません。魚がたくさんあっても、その処理ができないので製粉工場、すなわちフィッシュ・パウダー(fish powder)工場を造ろうと思います。
なぜ粉を作らなければならないのでしょうか。貯蔵問題が解決されるからです。いくら良い魚でも、8カ月以上はもちません。冷凍魚であっても8カ月以上たてば、再度、水を供給しなければなりません。氷が凍っていても温度差によって、その氷の間に空気が入っていくのです。空気が入れば、魚から水蒸気が氷の間を通って出ていくのです。ですから、全体に水をかけて再度、冷凍し直さなければならないのですが、それができません。何度か取り出しては冷凍していると、一定の温度を維持できません。したがって、その品物は廃物となるのです。(122-80,1982.10.31)
えびを、どのように処理するかについて先生は考えました。パウダー、すなわち粉を作るのです。えびは1年で死にます。それは、神様が魚の餌としてつくられたものです。しかし、すべてを獲って食べることはできないので、みな死んでいきます。毎年、そのような量の魚が海に流れていくのです。また、それは公害と直結します。この問題をどのように解決するのかということを先生が長年の間、研究し、パウダーを生産するようになったのです。(237-50,1995.10.21)
飢え死にする人は、世界的に見て1年に約2000万人ほどです。この人々を中心とした食糧問題の解決のために、20数年前から海洋産業に関心をもったのです。魚の粉、フィッシュ・パウダーが問題です。それは高蛋白質であり、どの動物にもない栄養分です。これを粉にすることによって保管と運搬が楽になります。私たちがこのフィッシュ・パウダーを1トン生産すれば、それを30倍、50倍に増やすことができます。それは、98パーセントが蛋白質です。先進国家がそのようなことを解決しなければならなかったのに、それを解決することができなかったのです。(296-228,1998.11.10)
ものすごく大きな魚がいるとともに、また、魚の種類が、どれほど多いか知れません。様々な魚がいるのです。私はそれを見て、「いやー、アラスカから海に出ていって魚を獲るよりも、投網の上手な人が3、4人もいれば、1日で船一杯の魚を獲ることは問題ないなあ」と思いました。それで「賃金を与えて魚を獲り、フィッシュ・パウダーを作って売らなければならない」と思い、すべて調査をしました。(267-18,1994.12.27)
今後は、魚を粉にして調合すれば、パンも作ることができます。何でも作ることができます。すてきなパンを作ることができるのです。海の魚を食べることは、肉食よりも優れているのです。体に良いということも、すべての人が知っています。しかし、これが未開拓です。アメリカが手をつけていないのは、これしかありません。ですから、私たちがこれをしなければなりません。これがとても有望だということは、先生がはっきり知っています。お金は先生が用意しますが、そのような意欲をもった人をいかに育てるかということが問題です。(88-179,1976.8.10)
カナダやソ連もそうで、アメリカや日本、ドイツも、私たちが現在、行っている事業に関心をもっています。本来、この海で、獲れる魚の20パーセント以上を、人は食べることができません。残りはすべて捨てるのです。ですから、捨てるものを集めて粉にして人が食べることができる栄養剤を作り、それを発展途上国に送ろうと思っています。そのようなうわさが立ったので、全世界の発展途上国の人々が統一教会に対して多くの関心を寄せているのです。(296-110,1998.8.18)
日本政府は、「自分たちには海洋資源が必要だ」と思っています。海洋資源とは魚のことをいうのです。ですから、日本人は魚を欲しがっているのです。しかし、その魚がいません。一方でアメリカは、アラスカの魚を加工して売ることを願っています。ですから、アメリカの魚を獲って日本にあげようというのです。それで、アメリカ政府は日本人と、また、日本人はアメリカ政府と交渉するのです。日本はアメリカの魚が必要であり、アメリカは日本の技術が必要なので、互いに合作投資しようというのです。(146-249,1986.7.1)
アメリカという国で最も有名な海洋基地、水産業基地がアラスカです。このアラスカとノバスコシア地域、そしてメキシコ湾、それからノルウェー、これが世界の4大漁場です。そして、その中の3大漁場をもっているのがアメリカです。その中で最も代表的な場所がアラスカです。(167-132,1987.7.11)
今後、ソ連が政治的に主張してくるかもしれないし、日本とドイツが連合して主張してくるかもしれません。このように、未来の世界的な政治問題が引き起こされる可能性がある基地です。ところが、アメリカ人は200海里を策定しておきながら、ここを中心とした水産物に対して主人になる能力をもった人が全くいません。アメリカ人は魚を食べません。皆さんの中で外国によく行かれる方は御存じでしょうが、食べてもロブスター(lobster:はさみのある大えび)と、それから、きょう釣ろうとするハリバット(halibut:北方海洋産の大きなひらめ)、それからサーモン(salmon:鮭)、その次にはトラウト(trout:ます)、このようにいくつかのものしか食べません。そのような魚は大概どこで獲れるかというと、寒帯地方の寒流で獲れます。ですから、脂がのっていておいしいのです。アメリカ人が食べるその何種類にしかならない魚がどこで育つのかというと、このアラスカで育つのです。(167-132,1987.7.11)
イエス様はペテロに、「あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう」と言われましたが、それはどういうことかというと、魚で人を象徴したのです。魚を獲って海洋圏を握れば、陸地圏まで握ることができるようになるというのが摂理観です。また、アラスカを占領すれば、すべての海洋圏が占領し得るのです。なぜなら、世界の水産輸入の85パーセントがアラスカから出てくるからです。それ以外の5パーセントは大西洋から出てきて、それから10パーセントは太平洋から出てくるのです。それで100パーセントになるのです。(168-67,1987.9.1)
アラスカに行けば鮭がいます。鮭を知っているでしょう? 鮭には五つの種類があります。ピンク色をしたものもいれば、赤い色をしたものもいて、様々な種類があります。淡水で卵を孵化して何カ月してから送り出せば、それは海に出ていくのですが、4000マイル、5000マイルの五大洋を経て戻ってくるのです。そのように泳ぎ回るのです。そのように泳ぎ回って4年がたつと、卵を産むくらいになります。成熟した雄と雌の鮭になるのです。そのようにして卵を産む時になれば、どこに行って真の愛の対象と出会うのでしょうか。自分の生まれた所を訪ねていき、そこで出会おうという条約ができているのです。そのような法度になっています。誰がそれを立てたのでしょうか。その鮭が立てたのでしょうか。これは神秘的な問題です。(169-174,1987.10.31)
アラスカの鮭を見れば、7月に小さい稚魚を孵化して海に送り出せば、4000マイルから5000マイルを4年間泳ぎ回ったのちに、昔、自分が離れた故郷の匂いをかいで、再び戻ってくるのです。今日、その神秘は、科学でも解析することができません。人間がいくら研究しても分かりません。それが何かのアンテナやレーダーをもっているので帰ってくるのですか。
稚魚も4年たてば、自らその故郷を訪ねていって卵を産み、卵を産んだのちはすべて死に、自分の体をその稚魚に与えるのです。そのようにしながら、その稚魚が大きくなるようにしているのです。魚でもこのようにしているのです。それなのに、万物の中で最も貴いという人間のこの姿は何ですか。人間は自分の故郷に戻ることを知りません。どのように行くべきかを知らないでいます。(176-324,1988.5.13)
私は、サーモンを見て、「サーモンは、統一教会の人たちとそっくりだ」と思いました。故郷を訪ねていく群れが、統一教会の群れだからです。そして、ペア・システムを求めるのは「神主義」であり、それがぴったり一致しているのです。雄と雌がペアになって4年から6年の間、海で一緒に泳ぎ回るのではありません。時になれば、先に雄が上がってきて、その次に雌が上がってきて、そこで初めて出会うのです。そして、水がたまっている所に雄と雌が集まり、統一教会で行う婚約式のようにしてペアを形成するのです。ところで、本当に不思議なのは、海にいる時には雄と雌は大きさが少し違うだけで、見た目は全く同じであるのに、これが相手と結ばれると、雄は2週間で別の姿になるのです。それは、「そこまで変われるものか」というほどです。
淡水に上がってきてペアを組めば、雄の姿は、雄ライオンのようになるのです。口がこのようになり、歯もこのように出てきて、見れば怖いのです。頭が出てきて、背中が出てくるのです。雄ライオンの姿のようにです。サーモンのようなものも、優秀な種を残すためにそのようになっているのです。4000マイル、5000マイルの海を泳ぎ回りながら、どのようにして故郷を訪ねていくのでしょうか。それは、神秘の謎であり、今まで解析ができずにいます。いかにしてその小さい魚、すなわち故郷の地で約6カ月たったわずか15センチの稚魚たちが海に出ていって、そのように大きくなって上がってくるのかというのです。物心がついた時には、既に自分の子供をもつ時を知るのです。(259-198,1994.4.10)
サーモンは、海に出ていって自由気ままに泳ぎ回ってから、雄と雌が来てマッチングをします。そして、マッチングをしたのちには、お互いが「ため」に生きるのです。これは、統一教会の夫婦が愛する時の、正にその手本となるのです。父母様が愛するのと同じです。統一教会は、サーモン以上のカップルにならなければなりません。そのような映画のようなことを見ながら、人々が学ぶことはたくさんあります。死んで子供たちの餌になり、子孫を残そうとするのがサーモンです。動物の本能世界の伝統を代表する存在として生きているのがサーモンです。(295-115,1998.8.18)
世界4大漁場のうちの3大漁場は、アメリカがもっています。カナダのノバスコシア地方とアラスカ州とメキシコ湾地方です。皆さんは、知らないのでそのようにしているのですが、水源資材の豊富さを知れば熱狂するはずです。黄金脈は何十年も掘れば終わりですが、これは永遠です。ところで、その主人がいません。それで、私は、水産業に関して20年の計画を立て、今15年目に来ているのです。アメリカの水産業界では「文総裁は異端者だ」と言ってデモをしています。「文総裁、出ていけ!」と言っているのです。このように大騒ぎをしています。しかし、いくらやってみたところで、問題は実力です。(191-73,1989.6.24)
海に行けば魚釣りもします。私は、あらゆる魚を釣ってみました。太平洋、大西洋、地中海の魚をすべて釣ってみました。釣ってみたことのない魚はいません。アラスカでも釣りました。何も持たず、パンツだけはいて主人として振る舞ったのです。漁民の世界に入っていって30分も話してあげれば、「あー、私の家に行きましょう!」と言うようになるのです。そのようにして、金持ちの家に招待され、良い部屋を与えられて食べていれば「家に帰らないで一緒に暮らしましょう! 1年間、一緒に暮らしましょう!」と言ってくるようになるのです。船に乗って三日も一緒に回れば友人になるので、いくらでもそのようにすることができるのです。(203-35,1990.6.14)
世界の漁獲量の75パーセントをアメリカがもっていますが、その漁獲量の85パーセントはアラスカから出てきます。ゆえに、アラスカは水産の宝庫です。誰が、そこの主人になるのでしょうか。そこの主人になるということは、今後、海洋産業の王権を掌握し得るということを意味しています。そこは、そのようなことができる基地ですが、環境的条件が良くありません。条件が良ければ、ブルジョアがすべてやってしまいます。そこでは、船が難破して人が死ぬこともあり得ます。そのようなことを覚悟しなければなりません。(205-319,1990.10.1)
今回、アラスカで風が吹いて10メートル以上の波が立ったのですが、そのまま走っていくのです。ですから、アラスカ海洋警察本部でUDT(水中破壊部隊)の訓練をしている人々が感嘆したのです。その時、「海に出ていってはいけない」という警報が下りました。少しでも出ていけば、警察が追い回しながら、「戻りなさい」と放送して大騒ぎするのです。ところが私たちの船は、小さくとも勇敢に荒波に乗り出していくので、彼らが驚くのです。「私たちの船は沈まない」といくら説明しても信じませんでした。しかし、これを信じさせたので、台風が吹く日に出ていっても、「彼らは、そのような人々だ」となるのです。「UDT訓練、特戦訓練と一緒なので、雨の降る日だろうと風の吹く日だろうと、生死をいとわずに出ていくのが原則だ」。このようになっているのです。(205-319,1990.10.1)
全世界の漁獲量の75パーセントをもっているアメリカの中で、その85パーセントの漁獲量をもっている場所がアラスカです。ところで、アラスカは、韓国式発音では、「知っていましたか(アラッスムニカ?)」と言っているように聞こえます。「知っていましたか」というのは、「風がたくさん吹いて死が交差する危険な所であることを知っていましたか」ということです。(206-93,1990.10.3)
魚は、なぜ寒いアラスカ地方を訪ねていくのでしょうか。暑い所にいた魚が寒帯地方を訪ねていくのです。それは陰陽の調和です。主体と対象が和合する所に行って繁殖しようとするので、すべて流動していくのです。また淡水にいたものは塩辛い海水を飲んで繁殖するのです。しなもくずがにのようなものがそうです。理想的な繁殖をするためには、プラスとマイナスが和合しなければなりません。レバレンド・ムーンは、そのようなことをしているのです。(207-82,1990.11.1)
今まで、先生はアラスカでもどこでも、昼夜の別なく先頭に立って、今日の統一の伝統を立ててきました。今後、人類と国と世界は、真の父母様の前に負債を返す道がありません。永遠に侍り、永遠に従っていかなければならない立場にいるのです。(220-268,1991.10.20)
ここアラスカは、暖流と寒流が交差する所なので、各種の魚がすべて集まってきます。また、ここで産卵しようと、魚が集まってくるのです。そのようなことで、ここは有名な場所ですが、ここに来て釣りをするという事実は、何と表現すればよいのでしょうか。幻想的です。さらに、韓国の教授たちがここに来て、アラスカの海で釣りをするということは歴史的事件です。(167-132,1987.7.11)
アラスカは、観光客を誘致すれば世界的な名所になります。今年、韓国は暑かったでしょう? そのような時に、お金があればアラスカへ行くのです。ここからアラスカまで、約6時間かかります。行く時に逆風が吹くと7時間かかりますが、普通5時間から6時間かかるのです。夕方出発し、飛行機で寝てから朝、降りてくれば、これは1日活動圏内に入っていくのです。
金曜日の晩に出発し、土曜日と日曜日に釣りをして、夕方、飛行機に乗って帰るのです。そのようにすれば、その翌朝には出勤することができます。ここは、どこに行っても遠くの山を見れば、その山頂は雪で覆われています。周辺の近い山もすべて雪で覆われています。雪で覆われた園の下に青い地帯があり、その青い地帯には花園があります。花が咲いているその下には、美しい湖のような青い海があり、そこで釣りをするのです。それは、どれほどの仙境であるか想像してみてください。四方を見れば、高い山によって屏風のように囲まれています。また、アラスカの木は、ピアノの鍵盤を作る、とてもまっすぐな木で、そのような山林が茂っています。その下の森の中には、見たこともないような花がたくさんあります。それが湖の近くにあります。
そこにはまた、鹿もいます。獣たちがたくさんいます。水辺を中心に、たくさん住んでいます。食べ物が多くないので、水を飲まなければなりません。冬になれば、海草がすべて死にます。雪が積もるので食べ物がありません。海草をかじって食べて生きているので、海ととても親密な関係をもった鹿や熊のような獣がたくさんいるのです。(264-98,1994.10.9)
アラスカに行くと、4月でも寒いので、毛糸の下着を着なければなりません。前方の山に雪があります。ところで、海に行けば無尽蔵に魚がいます。どこでも無制限に魚が泳いでいるのです。釣り糸を投げれば、「ワー」とエキサイトするのです。このような経験をした人は、必ずまた来るようになっています。「来るな」と言っても来るのです。一度、魚を釣る刺激的な経験をすれば、忘れることができません。
暮らすにも良い所です。すべてのものが備わっています。景観も素晴らしいのです。3分の2が雪で覆われた山で、暮らす場所は、青い地域の中心です。海は青く、空には鷲が飛び回っています。(262-280,1994.8.1)
アラスカから飛行機で行くと、モスクワには8時間かかり、ロンドンには6時間かかり、ニューヨークには10時間かかります。ですから、ここは交通の要地でもあります。今後、人間の力をもって、アラスカの平原で農作物を耕作することは問題ありません。今も温床栽培をしています。そこでバナナもできるのです。熱帯地方から来るのではありません。(236-22,1992.11.2)
食べて暮らすすべての産物がアラスカから出てくるようになれば、どのようになるかを考えてみてください。アラスカは、韓国の何倍もあります。カリフォルニアの4倍だといいます。カリフォルニアがアメリカで最も大きな州なので、それだけ膨大な地域だということです。そこには無尽蔵の原資材が埋まっています。そこの主人は、ソ連でもなく、アメリカでもありません。
そこに、誰も関心がありません。自分たちの経済問題、政治問題、体制問題でめちゃめちゃになっていて、原資材の消耗だということは考えもしないのです。今後は、誰が原資材を支配するのかということが問題です。先生は、それを準備しています。(236-22,1992.11.2)
それで、誰が北極を主管するかということが重要です。北極を主管すれば、世界を主管できるのです。極がそうなのではありませんか。北極を主管して主体的立場に立てば、南極の主管は自動的になされるのです。(253-299,1994.1.30)
「アラスカ精神」という言葉を聞きましたか。アラスカ精神とは何でしょうか。朝5時に起きて、ご飯を食べて海に出ていけば、夜の12時にならなければ帰らず、1時や2時に帰ってくるときもあるのです。責任量を果たすことができなければ、帰ってくることはできません。事情をくんであげるのではありません。修練過程では、責任を果たすことができなければならないのです。
ですから、魚を釣るのを見物するのではありません。魚釣りの訓練をするのは、今後、世界中どこへでも行ける指導者を育て上げるためです。誰もが魚を釣ることができるのではありません。専門的にならなければなりません。多くの経験を通して学んでこそ魚を釣ることができるのです。(263-10,1994.8.16)
ニ)養殖業
その地方に水産大学の教授がいるとして、それらの教授が、その地方の水域にはどのような魚が棲んでいて、どこの水域には何という魚が棲んでいるということを研究したものがあれば、皆さんは、彼らの研究したものが正しく合っているかをテストして、しっかり記録をして、それを本にしなければなりません。50州の海を調べて、その情報をすべて1箇所に集め、どこへでも出ていって魚を獲る計画を立てるのです。海に沿った州の全体の海域、漁業をする地域全体の深さと温度をすべて測り、その海域に何という魚が棲んでいるかをすべて調べ、それを本にしなければなりません。そのようにすれば、ボートを買ってあげるのです。30数州、すなわち海に沿っているすべての州は、漁場を中心として本を作り、もし、海がなければ湖を中心としてそのようにさせるつもりです。そして、今後、私は、養魚をコーチしようと思っています。(94-109,1977.7.29)
先日、私はフロリダに行きましたが、そこには、わにが暮らす湿地がありました。私は、国家と交渉してそこに養魚場を造ることを考えています。海水魚の養魚場、淡水魚の養魚場など、どのような養魚場でも造ることができます。何でもすることができるというのです。ニューヨークのすぐ前にある干潟地でも今後、かにから魚まで、すべて養殖することができます。それを研究しなければなりません。その事業がどれほど膨大な事業になるかを考えてみてください。海水魚の骨で動物の飼料をつくることもできます。飼料のようなものは、雑魚を捕まえ、それでつくることもできるし、それから調合をしても作ることができます。相当な事業になるだろうと思っています。その世界的な組織網をもって、それぞれの国で事業をすることを考えてみてください。そして、缶詰工場を運営すれば、相当な事業になります。(88-179,1976.8.10)
南米のような所には山がないので、水を完全にコントロールすることができます。井戸はそこでだけ掘るのであって、ほかの所はいくら掘っても水は出てきません。ですから、水の商売だけをしても暮らすことができます。海水を水蒸気にして、水をいくらでもつくることができます。今の科学的な力をもってトンネルを掘り、1里、10里、100里の遠くにまでフィッシング・ファーム(fishing farm:養魚場)・ビルを造ることができます。ニューヨークの貿易センターよりも高いビルが造られることでしょう。パンタナールで魚の種類に従ってビルで養殖をし、コンピューターにその資料を入れておくのです。そのようにして、ボタン一つ押せば、昼食時にはそこを通っていく人がその中から魚を選んで買って食べることができるようにするのです。ぴちぴちはねている魚を、刺身にして食べることができる場所をつくるのです。(302-99,1999.6.1)
現在、世界には水の多い湖がたくさんありますが、アラスカだけでも2万坪以上の湖が300万箇所あります。2万坪を中心として魚を養殖すれば、200世帯、300世帯が暮らすことができます。では、300万箇所ならばどれくらいですか。2万坪ずつとすれば、6億という人が暮らせるのです。2×3は6ですから、6億です。ですから、アフリカの湖畔に養殖場をつくってあげれば、6億5000万のアフリカ人を食べさせてあげることができるのです。ですから、人類の食糧は、問題になりません。牛肉などの陸地の肉よりも、魚は健康に良いのです。消化吸収が良いのです。ですから、今後、「牛肉などの肉類を食べなさい」と言っても食べない時代が来るのです。(271-39,1995.8.15)
南米にあるアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイに湖がどれほど多いでしょうか。何千万になるはずです。アラスカにあるのが300万箇所とすれば、何千万箇所になるはずです。そこに多くの水は必要ありません。何百坪だけつくって、そこに水を入れて何種類かの魚だけを育てれば、それを食べて暮らすことができます。人工的につくって、それをモデル形態として教育し、運営させれば、食べて暮らせます。食糧問題が解決します。水と土地がある場所では、食べて生きる問題は解決されるのです。ゆえに、海に対する関心をもって釣りの訓練をしなければなりません。(289-50,1997.12.30)
先生がなぜ、ツナに関心をもつのでしょうか。ツナ1匹がどれくらい卵を産むかというと、200万個産みます。それがどれくらい孵化するかというと、0.8パーセントしか孵化しません。なぜでしょうか。卵を産めば、小さな魚がすべてそれをのみ込んでしまうからです。ですから、先生はツナの養殖場をつくろうと思っています。卵を100パーセント孵化させ得る技術さえもてば、人類の食糧問題は、一瞬のうちに解決されると思うのです。(119-63,1982.7.3)
皆さんの好きな魚がナンバーワンとするならば「ナンバーワン」と呼ぶように、魚の番号が世界的に統一されるようになります。百何番ならば百何番、あるいは五十何番ならば五十何番というように、その種類の中に好きな魚がいれば、電話1本で注文するのです。「何時何分に養殖場に行きますから、何番と何番の魚を準備しておいてください」と注文するのです。その時は、刺身にする包丁が1本あればいいのです。その包丁で刺身にして、おいしく食べればよいのです。そのような時代が来ます。(274-109,1995.10.29)
今後は、世界的に大きな湖をつくって、そこに魚を養殖して釣りをさせる事業が、最も魅力的な事業になるだろうと思っています。ですから、今から、それを準備しなければなりません。養殖場をつくって魚を捕まえて、どんどん釣り堀に入れるのです。そのようにすれば、1年12カ月、釣りをすることができるのです。
牧場のようなものを大きく営んで生活するよりも、養殖をすれば、50坪くらいでも、一つの家庭が暮らすのに問題はありません。高い山でも、海水をいくらでも引いてきて養殖をすることができるのです。海水が全くなければ、塩水を入れて塩度濃度を調節すればよいのです。いくらでもできます。そして、山にも養殖場を造り、そこを一人で管理しても、数十万、数百万の人が食べて暮らすことができるようになるのです。それで、今回、私がアメリカに行った時も、海に出ていってそのことをしたのです。良い種類の魚を捕まえて養殖をするのです。(189-290,1989.6.17)
釣り場に魚がいなければ、養殖場を造って魚を養殖し、その養殖した魚で釣りをするのです。魚を養殖して、それをどこへでも運搬して釣りをする、そのようなことができる時代になりました。気候が合い、温度が合う場所で養殖場をつくって養殖をすれば、どこでも、どのような魚でも釣り場に入れることができます。船で運搬して放してあげ、それを釣ることができるのです。また、獣でも、虎のハンティングまでできる時代が来ます。おおかみを育てて猟場に放ち、ハンティングをすることもできます。熊のハンティングもでき、どのような動物でも飼育してハンティングすることができるのです。(275-104,1995.11.3)
私は、養殖場を運営しようと思っています。今、日本で活魚の料理が可能なのも、私がコーチしたからです。私のアイディアです。濾過装置を使って水槽の水を長時間使うことができるようにしたのも、私たちが研究したことです。養殖場がなぜ必要なのでしょうか。人々が活魚を欲しがるからです。海で獲るものだけでは、需要を満たすだけの供給をすることができません。釣ったものを生きたままで供給することもできますが、養殖をして活魚を補給しなければなりません。「各州でも養殖場をつくる計画を立てて釣りができるように訓練しなさい」と言ってワン・ホープ号をそれぞれに分けてあげたのですが、それをしているのかどうか分かりません。それをすれば、今後、船だけ30隻から50隻売っても暮らすことができるのです。それは世界的です。ワン・ホープ号にしても、10年前から「買いたい」と言ってくる人はたくさんいたのです。
海兵隊から72隻の注文が入ってきた時も売りませんでした。なぜ売らなかったのでしょうか。この船がどれほど素晴らしいか分かりません。今ではうわさが立ったので、みな「あの船は釣りをするには最も良い船だ」ということを知っています。ですから、みな「買いたい」と言ってくるのです。ですから、今は公開して売ろうと思っています。釣りをする人たちは、この船がどれほど良い船かを知っているのです。ですから、買いたがるのです。本当に素晴らしい船です。(207-120,1990.11.1)
今、大学を卒業しても、15万人くらいの人は就職できずにいるでしょう? それで、私は、水産事業をして養殖場を造っているのです。スペインでもしています。ツナを閉じ込めて育てているのです。金もうけも上手にするのです。私は、化け物みたいに何でもしているのです。(209-317,1990.11.30)
今後、荒廃した土地を沃土にして、飢えて死んでいく人々を救わなければなりません。それは、土地と水があればできるのです。水のある所では養魚をするのです。養殖場を造るのです。土地がある所では、5色の穀物を植えるのです。西洋人は、アフリカ人に農業を教えてあげませんでした。ですから、滅びるのです。これを蕩減してあげなければなりません。(246-82,1993.3.23)
全世界で飢え死にしていく何千万の人々のために、先生は養殖場を造ったのです。公害によるオゾン層の破壊問題を人類の代表として解決できる人は、先生しかいません。そのように、各方面に関心をもって進んでいかなければなりません。
先生が行くことができなければ、皆さんが涙を流し、汗を流しながらでも行かなければなりません。「先生の足跡の上に、自分も足跡を残そう」という心をもたなければなりません。原理の道は、そのまま踏襲していく道です。越えていく道ではありません。おじいさんも行かなければならず、お父さんもお母さんも行かなければならず、子々孫々、何千代の子孫も、それと全く同じように行かなければならないのが原理の道です。ですから、蕩減の道です。(246-202,1993.4.16)
ホ) オーシャン・チャーチと海洋訓練
レバレンド・ムーンを中心とした統一教会は、世界的です。西洋人は、レバレンド・ムーンは韓国人でも、韓国のためだけに仕事をしているとは思っていません。世界のために仕事をしているという観念が強いのです。それで、陸地でも海でも、迫害を受けながらも雄々しく勇敢に世界的な協会をつくっているのです。
そのような意味で、一般の思想を中心としてしているのではなく、宗教という背景を中心としてこのような体制を整え、「海洋教会」というタイトルを掲げたということは恐ろしい宣言です。これはレバレンド・ムーンの恐ろしい課題設定です。今後、オーシャン・チャーチをして何をするのでしょうか。海に出ていって訓練するという、その程度のものではありません。海を主管し、海を愛するのです。海を主管するからといって何をどのようにするというのではありません。創造主の本意に合うように海を管理し、海を愛する意味から、海を中心として世界を結束することができる舞台をつくろうというのです。(128-249,1983.8.28)
船に乗って荒波を切っていくのは男性のする仕事です。女性にはできないことです。それは、どれほど魅力的でしょうか。それで、私は船に乗るのです。皆さんに、それを教えてあげようとして船に乗るのです。今後、そのような海を開拓しなければならない責任を担っているのです。ですから、先生に従い、先生が好きになれば、船が好きにならざるを得なくなるのです。大きなツナは何ポンドになりますか。1000ポンドを超えます。1000ポンドのものが山ほどいます。普通の人の体重が120ポンドとすれば、ほとんどその8倍です。そのような魚を釣る時の気分はどのようなものか想像してみてください。商売の中でそのような商売がありません。それを1匹釣れば、1年食べることができます。皆さんが一日に3ポンド食べるとすれば、1年で1匹を食べるということです。(119-63,1982.7.3)
既に陸地は人でいっぱいなので、船を造って海に出ていくのです。将来、遠からず海で暮らす時代がやって来ます。では、私たちは海で何をしなければならないでしょうか。世界の海洋基地で統一教会の男性ムーニーたちが暮らすのです。これさえつかめば、現在の世界におけるすべての文化を思いどおりにすることができます。男性もムーニーたちがすべて海岸に集まり、世界の海岸を占領するのです。(116-326,1982.1.2)
アメリカ海域には無限の水産資源があるので、アメリカ水産庁ではそれを開発するために全力投球をしています。しかし、人がいません。それで、国家で計画を立てたのです。誰でも2年半船に乗れば、その人が「船を買いたい」と言う時には、10パーセントのお金だけ出せば、200万ドルに相当する船を造ってあげるというのです。200万ドルならば、120トンの船に相当します。120トンならば大変なものです。それで、300箇所の港を中心としてこの事業をしています。また、特別に考案して船を造りました。小さな釣り船から訓練をするのに良い船まで、特別に考案して造りました。それは、レバレンド・ムーンが考案したのです。人に例えれば、とにかくハンサムな船です。
フィッシングの訓練をさせるために、1隻の大きな船が中心となり、10隻の船をまとめて出ていくのです。ですから、一人が10隻の船をまとめて行くことになるのです。そして、「5人だけ編成すれば、3万ドルに相当する船をあげる」と言って宣伝するのです。そのようになれば、小さな船も3万ドルで売ることになります。現在、水産都市の開発のための計画もしています。(110-202,1980.11.17)
1箇所に60名の要員を集めて教育するための対策を立てています。今回、私は30箇所に配置してきました。30箇所の基準が完成すれば、300箇所に拡大し、統一神学校を出た人たちを責任者として立たせて海洋教会をつくろうと思っています。これは歴史上になかった教会です。「海洋教会」という名前をもって船に乗り、そこで聖日礼拝も行うのです。今、この運動を展開するために準備しています。このようになれば、どのようになるのでしょうか。私たちの要員は、2年だけ船に乗ればよいのです。大きな漁船をもっているので、それに交代で乗るのです。
そうすることによって、その都市の市長や海洋警察署長がサインだけしてくれれば、いくらでも国家で船を造ってくれるのです。このようにすれば、数千隻の船ができます。それを実際に消化することができる基盤を拡大するために世界的な組織を計画しています。すなわち販売組織を計画し、ヨーロッパ、日本でもそれを準備しています。このような膨大なことを準備しているのです。(110-204,1980.11.17)
皆さんはホーム・チャーチをしていますが、300隻のボートは何かというとホーム・チャーチです。オーシャン・チャーチ(ocean church:海洋教会)です。皆さんがどこかへ行って困ったときは、そこが港町であれば、「ワン・ホープという船がある所はどこですか」と尋ねなさい。港の人であれば、誰でも知っているはずです。アメリカの海岸にいる人は、みな知っているはずです。そこに私たちが集まって歌を歌い、祈祷しているのです。お昼を食べる時にも祈祷するのです。(108-217,1980.10.5)
南米には、えび獲り船が30隻あり、ツナ獲り船が5隻あります。ですから、今後の私たちの中心メンバーは、誰もがみな1年6カ月は海洋訓練をしなければならないというのが先生の考えです。そして、統一教会の責任者は、1年に2週間は、誰もがみな動員されて海洋教会の活動をしなければなりません。そして、その海洋教会の活動をする時は、どこどこの教会の責任者などという、そのようなものは関係ありません。すべて同じように仕事をさせるのです。それで、先生が「お前、どこどこに行って釣りをしてきなさい!」と指令を出すのです。それは、いつ行くか分かりません。(119-256,1982.9.13)
今年に入って、4月から今まで、私は5時に起きて夜11時まで船に乗って海に出てきました。ある人が、「若い者たちも逃げ回り、隠れて寝ようとするのに、70を越えたおじいさんが船に乗って釣りをするのか」と言って舌を巻きました。それを見ながら、「私は大きな罪を犯したものだ。なぜ若者を捕まえてあのように苦労させるのだろう」と思ったのです。しかし、そのようなことに勝てなければ脱落するのです。世界の頂上に上がっていくことができないので、そのようにするのです。(223-280,1991.11.12)
皆さんを訓練させるのです。ここで先生を追い越すことができる者は何人いますか。それは過激な重労働と同じです。重労働の中でも、そのような重労働はありません。1日中立って釣りをするのです。10日間座ってはいけません。やってみれば、夜の12時になっているのです。アラスカでは12時になっても明るいのです。夜中の1時でも明るいです。朝5時に起きて夜12時までやれば、何時間ですか。19時間、釣りをするのです。(231-308,1992.6.21)
海と陸地の境界線は海岸線です。今後、海は陸地を連結しなければならず、陸地は海を連結しなければなりません。このような二つの目的が重複している境界線は海岸線しかありません。今後、「陸地も必要で、海も必要だ」となる時には、海岸線が最も重要になります。このように見れば、今後、海岸線が陸地のどこの土地よりも高価になる時代が来るだろうと思っています。(128-249,1983.8.28)
水産業をなぜするのでしょうか。なぜアラバマで船を造るのでしょうか。神学生たちが「オーシャン・チャーチ(oceanchurch:海洋教会)に行かない」と言えば、女性を船長にし、彼らを連れて行かせるつもりです。そして、その女性船長が男性のほっぺたをひっぱたいて、「こいつ! 私もこのような仕事をしているのに男性が何をしているのだ」と言わせようと思います。男性たちを連れていって海洋教会を指導するのですが、男性が「船に乗らない」と言えば、ほっぺたをひっぱたきなさいというのです。男性が「行かない」と言えば、女性を船長にして、そのようにするつもりです。(116-326,1982.1.2)
②南米を中心とした海洋摂理
イ) ジャルジンの新エデン建設
ジャルジンは、どれほど不便な所でしょうか。二度と行きたくないジャルジンを、どこのいかなる場所よりも慕い、行きたくて泣き、月を見ながらも慕わなければならず、太陽を見ながらも慕わなければなりません。そのようにして、その太陽の支配下にある生命体とあらゆる万物を見て、自らの心情を吐露し、恨の神様の祭物的な条件となることを、すべて心で洗ってしまわなければなりません。ジャルジンは源初(源焦)地です。創造物自体が一つの博物館のように総合的に集まっている源初(源焦)地です。
それゆえに初(焦)点地域です。万物創造の焦点です。その源初(源焦)物が生息している所に行き、3年以上血の汗を流さなければなりません。3年間労働をしなければなりません。なぜでしょうか。祖国光復のためにです。水の中でそれをするのです。水は、世の中を象徴しているので、水の中に天国を建設しなければなりません。真の御父母様が立てたように皆さんがそれをしなければなりません。(303-157,1999.8.17)
人間の堕落によって破壊されたものを早く復帰して管理し、昔、絶滅した種をここから再び世界に拡大させなければなりません。ゆえに、新しい博物館を造らなければなりません。鳥も1500種類の鳥がいます。その博物館を造り、また昆虫博物館を造らなければなりません。それを造っておけば、そこは摂理のみ旨の中で登場した所なので、世界中の人々が息子、娘の教育場所として訪問するようになるのです。神様が造られたものを見て喜ぶことができる環境をつくるために、ジャルジンを開発するのです。ジャルジンは、エデンです。その場所を通じて多くの人々が、「再臨主が来られる」と言ったのです。(294-56,1998.6.10)
「ジャルジン」という言葉は何でしょうか。堕落の「位置に入った(ジャリエ、ドゥロッタ)」、そのような意味にもなります。サタンが人類先祖の位置に入ったので「ジャルジン」です。
エデンの園で堕落の位置に入った人類先祖をサタンが「パンタナール」、すなわち「お前を売る(ノルゥル、パンタ)」ということです。お前を売って「サロブラ」です。これは「生かしてみろ(サルリョバラ)」ということです。「サロブラ」は「復活しよう」という意味です。韓国語にすれば、そのような意味が入っています。(294-56,1998.6.10)
ブラジルで最も良い水は、黄土水です。黄土水の流れる川を、黄金の川といいます。一方、澄んだ水の流れる川を水晶、銀の川といいます。そのような2種類の川が合流する三角地帯に、私たちは土地を買い、ジャルジン基地をつくりました。(285-136,1997.4.21)
ここで養魚場をしても、とても良いのです。パラグアイでも、電気が余って困っているくらいなのです。湖のような所の温度を調節すれば、南方の魚でも、北方でいくらでも養殖をすることができます。
ジャルジンを中心として、このミランダに生息している魚を北方地帯にもっていき、そこでそのまま温度を調節して棲ませれば、南方の人も来て見物し、北方の人も来て見物するようになっているのです。「私はアラスカだけが良い」と言うのは南方では落第です。「アラスカも良いが南方も良い」と言ってこそ合格です。「朝はアラスカで生活し、夕方は南米で生活しなさい」と言う時、一生の間そのように暮らすことができ、また「それ以上でもします」と言う人は、アラスカや南方世界をすべて統治する主人になれます。神様は、そのような人に会いたいと思っていらっしゃるのです。(276-77,1996.2.4)
イグアスの滝は一つですが、観光地としてそれ以上に良い所はありません。水泳もできます。そこにはドラドもいるし、魚もたくさんいます。そうでなくても、釣りをすれば魚がよく食いついてくるのです。ですから、餌をあげれば飛ぶように集まってきて、捕まえることができます。子供たちが一度来れば、「ここで暮らそう」と言って大騒ぎになるでしょう。周囲の人々が、「レバレンド・ムーンはなぜジャルジンに関心があるのか」と言いながらも、来て見てみれば、「いやあ! ここは天国のようだ。州は、それも知らず、ああ、レバレンド・ムーンに奪われた!」とそのように言っているのです。ですから、その州では、私を援助せざるを得ないのです。(279-198,1996.8.4)
ジャルジンの農場では、たくさんの種類のおうむを飼っています。おうむも自然の人々と一緒に暮らすことができるし、だちょうも餌をあげれば、どんどん寄ってくるのです。人に慣れて、人が行って餌をあげても逃げていきません。神様が創造されてそれを見て喜んだように、アダムのように遊んだ世界をつくってみようというのです。今、その仕事をしているのです。(278-103,1996.5.1)
先生は、水を愛しています。水は、すべての生命の根源です。水は、すべてのものを抱いて消化します。ジャルジンにはミランダ川とラプラタ川がありますが、その二つは陰陽です。ラプラタ川は澄んだ水ですが、ミランダ川は泥水です。泥水があれば、世の中であれば逃げていってしまうところですが、きのう見ると、その泥水の渦の中に、澄んだ水がためららいもなく巻かれていくのです。自らの姿勢を備え、泥水と和合してその色も変わっていくのですが、流れ流れて日がたてばたつほど、再び自らの光りを取り戻し、澄んでいくことができる力をもっているのです。(276-140,1962.2.18)
水は、いくら汚れていても水平を取ることができます。人も水平を取ることができなければなりません。私がここジャルジンに来たからといって、ブラジルとは関係ありません。ここには五色人種が生活していますが、言葉が通じなくても、私は別の種とは思いません。自分の親戚であり、自分の弟であり、みな6000年間離れて暮らしたのちに再び出会った人々です。ですから、言葉が通じない事情を乗り越え、習慣と風習が通じなくても自然の中で懐かしく思い、受け入れているのです。(276-90,1996.2.4)
今後、この場所は、貴い場所になるでしょう。パンタナールは先生が訪ねてきて、このようなことをしている所です。それくらいここは貴い場所なので、この地をすべて私たちが買わなければならないと思っています。サロブラも、ジャルジンの地も、すべて買おうと思っています。ここを中心として連結することができるものがパンタナールです。パンタナールを連結するのです。(293-263,1998.6.1)
今後、ここは世界的な観光の名所になります。霊界と肉界が連合できる内容を、ここで決定するのです。水陸、すなわち水と陸地が連結する場所です。おもしろいのは水の上に草があるのです。このような水と陸地が連結しているこの場所において、すべてのことを決定し、摂理を成し遂げていくのです。(293-272,1998.6.2)
統一教会には、ジャルジン宣言があります。第2次40年路程を発表したのです。エデン復帰です。エデンに帰ってきたのです。エデンに帰っていって神様の絶対信仰、絶対愛、絶対服従の平衡基準に立たなければなりません。それで、ジャルジンで「絶対信仰、絶対愛、絶対服従」の宣布をしたのです。それを宣布することにより、堕落のなかった万物全体、すなわち絶対信仰、絶対愛、絶対服従の上に造られたこの世界をすべて管理し、同一圏において接触することができるようになるのです。それで、先生は、ジャルジンで教育をしているのです。
ジャルジンで何をするのでしょうか。祝福を受けた家庭は、縦的には上がってきましたが、横的には基準に立っていないので、今からは、横的基準において神様と共に暮らすことができる家庭をつくらなければなりません。そのために、世界平和に向けた理想家庭教育センターをつくり、今まで祝福を受けた家庭をジャルジンで新たに教育してきているのです。神様の絶対栄光の家庭に同参できる内容を、再び訓練し直さなければなりません。それが、ジャルジン家庭訓練です。(294-319,1998.8.9)
ジャルジンで小学校から中学、高校まで造ろうとすれば八つの教室が必要ですが、12教室になる小学校、中学、高校を建てるプログラムを組みました。ジャルジンに、2000名以上の人々がいつでも生活することができる基盤を築くのです。講堂を中心として、血と汗をもって教育基盤を準備するのです。そこに小学校から中学、高校、そして大学まで建てる準備をしています。小学校から本格的に出発するのです。ジャルジンを中心として周辺には33の都市がありますが、その33カ都市の大部分には中学、高校の施設を造るつもりです。
今、このジャルジン本部では、小学校から中学、高校、大学までのシステムをもって、その地方の優秀な人々を教育し、今後、全国に広げることができる、すべての準備を整えるのです。それゆえに、ここには2500名以上が収容できるようになり、講堂は1万名まで入ることができるように造っています。今後ここは、この州の33カ都市のすべての和動の主体になるはずです。政府には、そのようなことはできません。(281-295,1997.3.9)
ジャルジンの教育計画は、水産事業と山林、そして農業方法、それから工業方法に関するものです。その全般的なことが分かるので、各市を中心として、ここが本部のような仕事をするのです。ジャルジンに建てたものと同じものを拡大し、そのようなシステムをもって単科大学を中心として総合大学を造る計画をもっています。本当におもしろいのです。
ウルグアイも33人の独立軍があり、韓国にも三・一独立運動の有功者が33名いました。また、南米の国は、33カ国です。本当に不思議なのは、このジャルジンがある州には33の市があるのです。それは摂理的です。33人を中心として摂理していくすべての内容が、そのように完全に自動的に一致したということは摂理的です。ですから、ジャルジンには、「東洋人が来てジャルジンで拠点を構え、その名前が知れわたるようになれば、その方が来られるメシヤだ」という預言があります。インディアンたちが既に知っていたのです。
「ジャルジンに韓国人が来て、思想的にすべてのことを革新する運動を行えば、その方がメシヤだ!」。それを知っているのです。インディアン全体が巻き込まれてくる傾向を見せているのです。(281-297,1997.3.9)
本当に、神様が生きていらっしゃるということを実感します。韓国の独立万歳運動の指導者は33人でした。韓国の裏側がウルグアイですが、そのウルグアイの独立軍も33人です。南米の国も33カ国だし、今、私はジャルジンに来て仕事をしていますが、そこも都市が33です。本当に不思議です。その周辺にある主要都市が33カ都市です。これは本当に不思議です。(281-245,1997.2.14)
私は、ジャルジンから400キロ内外の場所を中心として、そこにどのような魚が棲んでいるのかを調査しました。蚊に刺されながら調査したのです。お金が必要だから、そのようなことをするのでしょうか。名誉が必要だからでしょうか。政治的背景が必要だからでしょうか。死んでいく人を助けてあげるためです。彼らは兄弟です。私がこのような考えをもたなければ、誰が万民を救ってあげるのですか。どこの政治家や、どこの国の主権がそのようなことを考えますか。このような基盤をもって、私は、その地ですべての原資材を掘って輸出するのです。彼らがしようと思っているとおりにしてあげるのです。工場が必要ならば、工場を造ってあげるでしょうし、「何かが必要だ」と言えば、それを援助してあげるのです。私は、そのような実力をもった人です。(276-196,1996.2.19)
ジャルジンで400キロメートルの土地を取得すれば、フィッシュ・パウダー(fish powder:魚粉)工場を建てるのです。フランス、イタリア、ドイツ、アメリカ、日本など、先進国家が研究して失敗したものを私たちが開発して成功しました。全世界がパウダーを作り、食糧を補給する道を解決しようというのです。輸送が問題ですが、国連と赤十字社が「我々と共に世界の難民を救いましょう!」と言っているのです。それで、ジャルジンの400キロ以内の農村に豆を植え、とうもろこしを植え、マンジョーカを植え、いかなる穀物でも植えるのです。そして、収穫されたものをすべて粉にして20倍に拡大した食糧を作り、それで、難民を救ってあげるのです。
それでは、魚はどこで獲るのでしょうか。魚の粉はどこで作るのですか。ここには川がたくさんあります。湖をつくり、釣り場をつくって魚を釣るのです。これを私たちがすべて買ってあげるのです。ぴちぴち跳ねている魚が10分以内で粉になって出てきます。ですから、これはジャルジンで歓迎できる内容ですか、歓迎できない内容ですか。(276-194,1996.2.19)
第三世界の難民は、レバレンド・ムーンが自分たちを生かすために苦労しているということを知っています。うわさが立ったので知っているのです。魚でフィッシュ・パウダーを作り、それをするためにジャルジンに農場をつくり、粉工場を造るための準備をしているということをすべての人が知っているのです。今後、全世界の人々が統一教会の信者になることを考えたとき、その人々がジャルジンを訪ねてくるでしょうか、来ないでしょうか。先生の行った場所、名のある場所はすべて訪ねていこうとするのです。そこが聖地になるのです。魚を養殖して人類を生かすために苦労したその公的な基盤を中心として、万民が口をそろえて称賛し、足を速めて「天国を建設しよう!」という喚声が世界に響きわたるのです。(277-142,1996.4.7)
ブラジルやウルグアイには、牧場をつくり、自給自足できる豊富な内容があります。アフリカで果物の農業をする人にも、ここで模範的農場をつくり、木を植えてありとあらゆることをして教育しようと思っています。それで、彼らが帰っていく時には、300頭の牛を与え、その国で牧場を寄付してもらうようにしてから送り出そうと思っています。それは160カ国で競争するようになっています。ここで育てた子牛をもって行くのです。お金は使えばなくなりますが、牛は使えば使うほどどんどん増えていきます。皆さんも今は、みなかわいそうに暮らしている人々ですが、世界的な牧場の主人になり、農場の主人になり、また、水産業もでき、釣りもして、どこでも楽しむことができる世界版図が完全にできるのです。(266-139,1994.1.22)
私たちがここに来た時、1000ヘクタールの土地が70万ドルでした。その70万ドルで、700頭の牛までくれたのです。そのような所がパラグアイです。そこでは鶏も飼っています。そこには、トラクターなどの農作業に必要な器具がすべてあります。理想的な故郷や国をつくることができるように、私がコーチをしようと思っています。
皆さんがもっている土地を売り、その費用で私がここを買うのですが、皆さんにここの土地をそのままあげるのです。すべて開発し、飢え死にすることはありません。その農場の中に幼稚園を造り、中学、高校を造り、大学まで造ることができます。そして、五色人種が共に暮らすのです。郷土を開発すれば、プラスが相対を再創造する役事が起きるのです。関心がありますか。そのようにすれば、本当に良いでしょう。そこで釣りもし、ハンティングもして、世界的なことを準備しているのです。(266-139,1994.12.22)
広大な草原地帯に無数の果物があり、無数の鳥がいて、無数の動物がいます。ありとあらゆる動物がいます。釣り糸を垂れれば、水のある所には魚がいくらでもいます。女性が夕食を作る時、おかずがなければ、川の流れている裏口の外で釣りをして、その釣った魚をてんぷらにすることもできます。ブラジルは、そのような国です。世界にそのような所はありません。そこしかありません。投網を一度投げれば、ひとかますもの魚がかかってくるのです。(267-59,1994.12.27)
今後、牧場と合わせて養魚場も造り、猟場もつくるのです。春になれば数多くの魚が川を上がってきます。ここにミランダ川がありますが、この川を中心として運河を掘るのです。そのようにすれば、この川は10個以上の川と同じ面積になりますが、これをせき止めて、春になってここに入ってくる魚を帰れないようにすれば、春夏秋冬、季節を超越した釣り場にすることができるのです。
ここでは季節を超越して養殖をすることができます。そのようになれば、魚を養殖して釣り場に供給できる世界的な場所になるのです。私が関心をもっていることは、パンタナールに棲む3600種類の魚を捕まえて養殖場で養殖し、3600箇所の釣り場をつくることです。その魚を養殖する方法を開発して、世界の各地にこれと同じ場所をつくって広げていくのです。(270-55,1995.5.4)
アメリカが上にあり南米が下にあるとすれば、上にあるアメリカが嫌っている南米、その南米の中でもアメリカが最も嫌っているブラジル、そしてブラジルの中でも最も嫌っている山奥に私が行ったのです。私は、ジャルジンという所に行って蚊に食われながら鳥を友とし、蛇とも友達になり、魚を友として暮らしているのです。教主が、はだしになって歩き回っているのです。皆さんが見れば、「あれは、私たち統一教会の先生ではない」と言うような生活をしています。「彼は、本当に農夫か漁夫だ」と言われるような生活をしているのです。アメリカで24年の間に築き上げた基盤を、1年6カ月間で一度に、さーっと築き上げたのです。(293-293,1998.6.7)
ブリッジポート大学と鮮文大を造り、今は南米に大学を造っています。ジャルジンに大学を造っています。幼稚園から中学、高校、大学まで造っています。大学に行くことができるように、すべて準備しています。今後、そこを通過しなければなりません。この世の大学は、必要ありません。そこに行って何をするのですか。それは、すべてがらくたです。ホモ、レズビアンのような道徳的根本を破壊する砦になっているのです。神様の怨讐の基地です。軍隊基地と同じようにサタンの基地となっているのです。そこからすべての影響を及ぼしています。それはサタンの場所です。それを壊さなければなりません。彼らは、「神様が死んだ」と言ったのです。(303-231,1999.8.31)
ロ)パンタナール聖地
日本の2倍もある湖がパンタナールです。パンタナールには3600種類の魚がいます。3600種類の魚がそこに棲んでいるのです。それならば、そこの水温や、立地条件や、環境など、それらのすべてが同じ条件の湖は、世界的にどれほどたくさんあるでしょうか。そのような水が、どれほどたくさんあるでしょうか。これを分科別に研究して、養殖ができる所をつくるのです。そのようにすれば、世界的にできるのです。(271-39,1995.8.15)
パンタナールには、神様が創造された原初的な自然がそのままたくさん残されています。ほかの場所は、種の基準が残らずに絶滅している所が多いのですが、唯一残っている所がパンタナールを中心としたこの地域と、アマゾンの流域です。自然の存在がそのまま残されていて、神様が創造した原初的なすべての万物が集約している場所です。(296-20,1998.10.1)
どうして私が、ここに来たのでしょうか。私だけが来たのではありません。神様が共に来られて、歴史的に犠牲になったすべての万物を愛するのです。ノアの時代に、魚は審判を受けませんでした。審判を受けなかった魚と因縁を結ぶことによって、万物が蕩減して戻ることができる道を築こうとパンタナールに来たのです。神様が造った万物を愛さなければなりません。先生には、これを保護する責任があります。種をもっと繁殖させなければなりません。神様が創造した時よりも、種を絶滅させてはいけないのです。(300-266,1999.3.24)
パンタナールには、草や魚の種類がたくさんあります。魚の種類も3600種です。アマゾン川には3000種がいますが、パンタナールには3600種がいます。その種類を考えてみてください。ですから、草や穀物や木など、万物には数多くの種類があるのですが、神様は洪吉童(注:李朝時代に、魔法を使って金持ちから財を奪い貧民に分け与えたという小説の主人公)のように「このようになれ」と言ってそれらを造ったのではありません。すべて考えがあって造ったのです。構造的なすべての内容が自然世界の法度と気候の条件に合うように、それに合わせて造ったのです。(291-164,1998.3.11)
パンタナールは、動物や植物など、本来神様が創造された原初的な宝庫となる場所です。私は、それを守って保護するための世界的な運動を起こしています。協助しますか、しませんか。
エバゆえに堕落しました。ゆえに、日本の国家メシヤをパンタナールの先頭に立たせ、すべてのことを進行するように命令をしました。それは有り難いことですか、それとも悪いことですか。母自身の肉を売ったとしても子供を育てなければなりません。植物や動物を育てることができるように後援をしなければなりません。日本がこのように世界の地に血統を連結させれば、そこは自然に日本の所有になるのです。(304-255,1999.11.8)
アマゾン流域、パンタナールの奥地には3600種がいます。3600種ですが、そこには神様の創造された本然的なすべての創造物が残されています。アマゾン流域がそうであり、パラグアイ川の流域がそうです。3600種を中心として、そこに養殖場をつくるのです。魚に関心のある人は、「来るな」と言っても来るようになっています。私たちの新聞社があるので、そこで「3600種を育てている養殖場だ」と書いて評判を立てるのです。「36種になった。もうすぐ360種に増える。360種は何年で終わる。3600種は何年で終わる」と宣伝してみてください。魚に関心のある人は、ここに来るでしょうか、来ないでしょうか。(292-24,1998.3.27)
パンタナールのような所には、魚がどれほど多いか分かりません。何かを投げると、いつの間にかきれいになくなっているのです。稲妻のように素早く、きれいに片づけてしまうのです。汚いものでも、いつきれいにしたのか分からないうちに、きれいになっているのです。様々な種類、ありとあらゆるものがいますが、種類によって食べるものが異なります。そのようなものが混ざり合い、休むことなく海の清掃作業をしているのです。食べるという行為自体が清掃作業だということを知らなければなりません。彼らは自分の目的のために生きているのではなく、環境を整理しながら、周辺をすべてきれいにしながら、互いに助け合いながら生きているのです。それが自然協助体制です。また、パンタナールにはホテイアオイという水草があります。その草の葉っぱの裏を見ると、それをかじって食べる虫がたくさんついています。その虫は、すべて魚の餌です。その虫がいれば、葉っぱをすべてかじって食べてしまうのですが、それを捕って食べる魚がいるので、その草が生存できるのです。(293-283,1998.6.7)
スルビ。スルビとは何かというと、海にいるなまずのような魚です。一番底に棲んでいる魚です。そして、ボガは水が流れている所を好みます。ドラドも水の流れが速い場所に棲んでいる魚です。このボガは釣りの餌を入れれば、餌だけ食べていなくなってしまいます。ドラドは餌に食いつけば離れることができません。しかしボガは、ぱっとやると、そのまま食べてしまいます。ですから、このボガは釣りやすい魚ですか、釣りにくい魚ですか。(「釣りにくい魚です」)。皆さんに釣りにくいものから教えてあげなければなりませんか、それとも釣りやすいものから教えてあげなければなりませんか。スルビを釣ろうとすれば、夜釣らなければなりません。(293-232,1998.5.26)
草食性の魚がいます。このドラドは、ドラドドラド(回っても回っても)どこに行っても勇猛です。こいつが餌に食いつくと、ひゅっと出てきます。5人が船から釣り糸を遠くに投げた場合、こいつが動けば、どの釣り竿か区別できません。誰の釣り糸にかかったのか分からないのです。「誰のだ、誰のだ」と言って、すっと自分の竿を振り返ると、「あっ、自分のだ!」。このように驚くのです。3度、4度、5度、6度、徹底してするのです。その味が、またとても良いのです。夕日の光、その黄金に光る魚、そのまばゆい光景というものは、ドラドを釣る所以外では決して味わうことができない光景です。人として生まれれば、一度は味わってみるだけの価値をもつ、趣のある光景です。そのような光景を自ら迎えてみたいと思うのが人情です。(293-232,1998.5.26)
パンタナールは、海と陸地、水と植物が共に暮らしている所です。本当に不思議です。パンタナールを中心としてアマゾン川の流域には、創造本然の生物がすべて残っています。創造以後、被害を受けることなく自然に生息しながら、種別の鎖がそのままつながってきているのです。ですから、パンタナールは世界の聖地になるのです。(294-1998.6.10)
パンタナールに行けば、そのようなものをたくさん見るはずです。パクが、ワニの子を捕って食べることもあります。そして、捕って食べる時、「やいっ、お前は腹の中に糞をもっているだろう?」と言いながら食べたりはしません。虫を捕って食べる時、その虫の羽には糞がついています。人糞や犬の糞など、汚いものがすべてくっついているのです。しかし、それをすべて洗い落としてから食べるのですか、それとも丸ごとのみ込むのですか。丸ごとのみ込むことができない人は、天下を統一することはできません。丸ごと食べることができなければなりません。良いものも食べるし、悪いものも食べることができなければならないのです。堕落した人間は、悪いものは投げ捨て、良いものだけを食べようとするでしょう? 愛は、そうではありません。愛は、地獄まで中に入れて消化するのです。(295-186,1998.8.28)
パンタナールの魚は、大きい魚が小さい魚をのみ込みます。大便があり、小便があり、内臓があり、汚物があるのですが、それをそのまま丸ごとのみ込んでしまうのです。頭も、臭いのするしっぽの箇所も、すべて丸ごとのみ込んでしまうのです。「そのように丸ごとのみ込む者が解放圏の世界における王子ではないか」。そのように思うのです。(295-220,1998.8.28)
パンタナールに行って、「丸ごとのみ込もう。丸ごとのみ込もう!」。魚の世界に行って、丸ごとのみ込もうというのです。それで、この地において、丸ごとのみ込むことができる教育をしているのです。自分の一族、家庭、先祖、親族を丸ごとのみ込むことができない弱者になってはいけません。強者にならなければなりません。(295-237,1998.8.28)
パンタナールに行くと、そこでは少しでも大きければ、小さいものをすべてのみ込んでしまいます。さめの子も、たらより小さければ、それにぺろっとのみ込まれてしまいます。躊躇しません。自分より小さければ、どんなものでもすべてのみ込んでしまいます。それは素晴らしいことでしょう? 大きい種類が小さい種類だけのみ込んでしまえば、小さいものが、「神様、なぜ私たちは食べられてばかりいるのでしょうか」と言って神様に抗議することでしょう。しかし、水からすべての天地を創造される時、大きいものも小さいものも、どのような種類でも、少しだけ大きければすべてのみ込めるようにしたのです。ゆえに、自分も大きくなれば、小さいものを捕って食べられるので、不平を言わないのです。(296-90,1998.11.3)
丸ごとのみ込む関係の世界が、パンタナールです。「パンタナール」とは何かというと「ナルゥル、パンタ(私を売る)」、すなわち「売ってしまう」ということです。目的のためには関係ないということです。ゆえに、パンタナール精神とは、良いものも悪いものもそのままのみ込んで消化し、自分が生きることができるように影響を及ぼしながら、互いに大きくなっていくことです。神様のみ旨とは、サタン世界も善の世界も、そのままのみ込んでしまうことではありませんか。(296-305,1998.11.18)
神様が人間を堕落のなかった世界に回復させるということは必然的なことです。神様は、堕落のなかった完成したアダム世界のために、すべての怨讐を収拾しなければなりません。そこには怨讐がありません。すべてが兄弟であり、一つの家庭であるという概念しかありません。のみ込むのです。パンタナールの魚世界では、大きいものが小さいものをのみ込んでしまいます。そこに何かの汚いものがあろうとなかろうと関係なく、すべてのみ込むのです。内臓の糞だろうと何だろうと、丸ごとのみ込んでしまうのです。(297-170,1998.11.19)
パンタナール精神とは何かというと、のみ込んでしまうことです。食べる時、糞がついていようと菌がついていようと気にしません。菌がついているからといって、それを取ってきれいに洗って食べたりしますか。そのようなことをすれば食べる物がありません。逃げていってしまわなければなりません。糞どころか毒薬を食べたとしても、それが自分の腹に入っていけば「体と一つになって体は死んだとしても、私は消化することができる」という精神をもたなければなりません。それが偉大なことです。消化力が強いので、昆虫を殺すことができる毒薬を食べたとしても、また毒薬を食べた魚を食べたとしても、「私は毒薬を消化することができる」と考えなければなりません。
今、パンタナールを中心として、そのようなことをするのです。宇宙的メシヤである神様、そして世界的メシヤである再臨主、国家的メシヤであるその国のアベルの王、氏族的メシヤであるアベル氏族の王、家庭的メシヤであるアベル家庭の王、これがアダムの理想圏です。それで、このすべて、すなわち神様、再臨主、国家メシヤ、氏族的メシヤ、家庭的メシヤがいるのですが、ここで氏族的メシヤが病気になれば、家庭的に代わって立つことができ、国家的メシヤが病気になれば、代わって立つことができ、世界的メシヤが病気になれば、代わって立つことができるのです。神様が病気になるはずはありませんが、病気になれば、代わって立つことができるすべてのものを備えておいてこそ、主体と対象が循環運動をすることができる相対圏をもつのです。(296-92,1998.11.3)
先生がパンタナールを好むのは、パンタナールにはあらゆる魚が棲んでいるからです。そこで学んだこととは何でしょうか。パンタナールで一つ学んだことは、すべてのもの、すなわちこれものみ込み、あれものみ込むということです。例えば、わにがいるとすれば、大きいわには人をのみ込んでしまいます。そして、パラグアイには、そのわにを捕って食べる25メートルにもなる蛇がいます。箸で豆をつまんで食べるように、人一人をのみ込んでしまう蛇がいるのです。その蛇にも、小さなものから大きいものまで、すべているはずです。そのようなものが至る所に棲んでいます。見てみると、それらは、すべて丸ごとのみ込むのです。小さい魚も、自分よりも小さければ、それがたとえ鯨の子であったとしても、のみ込むのです。口に入っていくものは、すべてのみ込んでしまいます。素晴らしいことではありませんか。文総裁も、口の中に入ってきさえすれば何だろうと、のみ込む専門家にならなければなりません。それを一つ学びました。ここで生きようとすれば、のみ込めなければ生きていくことができません。ほこりを払い、汚れたものを払ったりする女性たちは、生きていくことはできません。(301-154,1999.4.25)
パンタナールでは、日本人のお金の10分の1、100分の1、1万分の1だけで暮らすことができます。日本のために、すなわち島国の人々が万物をもつことができるようにとパンタナールを保存しているのです。日本人は、そのことを知らないでしょう? 先生は、万物の嘆息圏を解放するために万物を愛しているのです。ローマ人への手紙の第8章を見れば、「被造物全体が、今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けている」と書かれています。万物のその嘆息圏は、人類の嘆息圏です。人類の嘆息圏とは何でしょうか。神様を中心として祝福を受けられなかったこと以上の嘆息はありません。(295-199,1998.8.28)
ニューヨークやワシントンD・Cのような文明を、すべて壊してしまわなければなりません。そして、原始時代に帰っていかなければなりません。自然に帰るのです。それで、先生は自然に帰り、パンタナールで自然を愛しながら暮らしているのです。大洋は、きれいな場所です。そこは、どれほど水が澄んでいるでしょうか。きれいな水、きれいな空気があります。きれいな自然があります。どれほど良いでしょうか。(295-277,1998.9.8)
み旨を知ったその日から霊界を愛し、人類を愛しました。人類を愛するにおいては、自分の家庭や自分の国以上に愛さなければなりません。人類を愛し、その次には万物を愛さなければなりません。この陸地にあるすべての物を愛し、その次には水中の世界を愛さなければなりません。再創造過程です。神様の愛から人類を連結し、人類の愛から地球星を連結し、地球星を連結して水の世界まで連結しなければなりません。パンタナールを中心として、先生があらゆる精誠を尽くすのは、そのためです。(296-17,1998.10.1)
私は、このパンタナールを忘れることができません。ここは、霊界の相軒氏を通じて、朴マリヤ家庭に対する神様の願いを受けて深刻になった場所です。どうして神様がそのようになったのかというのです。悔しくて恨めしいのです。そのようなことを考えれば、はらわたが煮えくり返り、骨がしみ出てこなければなりません。(296-43,1998.10.11)
私がパンタナールに来て、今までにしたこととは何でしょうか。「統一教会の食口、南北にいる人々は来なさい」と言ったのです。祝福家庭は、すべて行かなければなりません。ありとあらゆる口実を並べ立てますが、お金がなくて飛行機に乗ることができなければ、歩いて来なさい。父親が病気になれば、その妻と息子が背負ってでも来るのです。そのようにして非常な苦労をしながら行ったからといって、「ああ、滅びる!」と言いますか。「ああ、もう駄目だ。みんな死のう!」と言いますか。そのようにして帰ろうとするのです。そのように、行く道が大変だったならば、帰る道はもっと大変になるのです。ですから、行くことを嫌がる人は、帰っていく時には百発百中、落伍者になるのです。それは理論的です。(299-190,1999.2.15)
結論的に、パンタナールの影響は、今後世界の歴史においても大きな問題になるはずです。これをどのように定着させるかということが問題です。戦場になる可能性があります。人類が誤れば、滅亡の淵に入っていく可能性をもっている危険な場所なのです。どのようなことをしてでも、ここの整地作業をしなければなりません。ゆえに、今回パンタナールで国家メシヤを教育したのも、その背後の国々に対してあらかじめ宣伝しようということでした。今回の大会や、今までになされたすべてのものを中心として環境保護要員となり、早くその180箇所に警戒所をつくらなければなりません。その次には、そこに関心のある学者を中心として、世界各国の大学総長たちを中心として動かすのです。このようにして彼らが動くようになれば、その国の幹部要員や、どこの行政部署においても、その中心人脈を動かすことができるのです。(300-182,1999.3.3)
パンタナールがもっている水の世界と関係しているものがフィッシュ・パウダー(fish powder:魚粉)です。今までは、魚を釣っても食糧にできませんでした。しかし、先生を中心としてコディアックで研究したことは、魚を食糧資源化することです。イギリスや日本をはじめとして、ソ連やドイツなどの先進国が、いかにしてフィッシュ・パウダーを食糧にするかという問題を中心として競って研究しましたが、すべて失敗しました。すべて手を引いてしまったのです。(300-185,1993.3.3)
韓国から見れば、パンタナールは極と極です。日本から見るときもそうです。パンタナールは、地球の果てです。そこには源初(源焦)聖地があり、根元(根源)聖地があり、勝利聖地があります。これはとても大きなことです。根元(根源)聖地は、パンタナールにあるホテルに設置されているのですが、そこは、水があろうと何があろうと何の問題もありません。水上宮殿が造られているのです。(304-110,1999.9.10)
パンタナールに聖地ができれば、統一教会の教会員は訪ねていかなければなりません。家庭を率いて訪ねていかなければならず、また天国に向かうことができる出発の起源地となっているので、自分の一族全体が訪ねていかなければなりません。自分の一族を連れていき、先祖が統一教会で祝福を受けた日を記念するのです。そして、自分たちによって未来の後孫と天上の先祖と自分の国の民にまで天の祝福の因縁が続くように精誠を尽くさなければなりません。それが、祝福を受けた家庭が地上天国を完了する時まで続けなければならない義務です。そのような観点から、自分の生活を再度批判しなければなりません。批判しなければ行くことはできません。そして、すべてのものは真の父母様が責任を負わなければなりません。(302-250,1999.6.14)
パンタナールは初(焦)点、根本です。根元(根源)地になります。ゆえに、統一教会の家庭は、4年に1度ずつ訪ねてこなければなりません。大移動できる準備をしておかなければなりません。今でも観光客が3倍、5倍と増えてきています。パンタナール大会をしたので、世界的に有名になりました。もう2回、3回もすれば、大変なものになることでしょう。ゆえに、来年までに先生が計画したとおりに土地を買わなければ、その土地の値は10倍以上に跳ね上がるのです。そうすると、日本の蕩減が加重されます。(303-344,1999.9.9)
人間は、たとえどれほど苦労をしたとしても、世界から永遠に称賛を受けることができる聖地を準備しておかなければなりません。そうすれば、その努力の結果が現れるのです。ゆえに、その努力を誰が最初に始めるかということが問題です。父から始めるべきですか、母から始めるべきですか。父が立ち上がれば、母の周りを父が回るのですか、それとも父の周りを母が回るのですか。父の周りを母が回るのです。
聖地を守り、聖地の名をより高めることは、日本が国家的にしなければなりません。それで、すべてのパンタナールの管理は、日本の国家メシヤが責任を負っているのです。(304-110,1999.9.10)
先生は、パンタナールでどれほど多くの蚊と闘ったことか、体には蚊に食われた跡がいっぱいです。蚊の世界では、「誰が真の父母の血を味わうかを競争しよう!」と言っているのです。それで、蚊が最も多く私に飛んでくるのだと思っているのです。釣り糸を垂らしても、大きな魚は、私の釣り糸に先に食いついてくるのです。多くの魚が食いつくようになっています。不思議です。神様も、「ミステリーだ」と言うのです。(278-97,1996.5.1)
ハ) 動物博物館
人間には、神様が創造された種の絶滅を防止すべき責任があります。今まで、人間はいかに多くの種を絶滅させたことでしょうか。
パンタナールには魚だけでも3600種類がいます。ゆえに、それらが常に繁殖することができるように、世界で土質の同じ場所に養殖場をつくって永遠に絶滅しないようにするのです。そのようなことを中心として仕事をするのです。今、そのような膨大なことを始めようとしています。(300-88,1999.3.1)
3600種類の魚の養殖場を造れば、皆さんの息子、娘がその中の一つを中心として研究したとしても、3600種類の博士が生まれるのです。ゆえに皆さんは、そのように子孫が出世することができる準備をしていることを有り難く思わなければなりません。博士論文を書けば、3600名の博士が出てくるのです。その仕事は、休まずに続けなければなりませんか、それとも続けてはいけませんか。それは、どうしてでしょうか。神様が万物をどれだけ愛して造られたのか、ということを知りたいからです。(279-39,1996.6.9)
先生は、博物館を造って、あらゆる種類のものを展示しようと思っています。標本をつくって展示するのです。そこで見ると、あたかも自然に接触しているような、そのような養殖場をつくるのです。動物を愛することができる表示として、村で博物館を造る運動を展開するのです。それで、その種のものを最も多く集めた村が世界的な観光村になっていくのです。また、草と木の種も、そのように集めて展示するのです。(288-72,1997.10.31)
船の下で数千種類の魚が遊んでいるのに、そこに関心が行きませんか。パンタナールだけでも3600種類の魚がいます。3600種類の養殖場のビルを造れば、世界中の人々がその養殖博物館を訪ねてくるでしょうか、訪ねてこないでしょうか。小学生まで来て、人の波ができるようになっているのです。(295-38,1998.8.16)
アマゾン流域、パンタナールの奥地に3600種類の魚がいます。神様が創造された3600種の本然的な創造物が残っているのです。アマゾン流域がそうであり、パラグアイ川の流域がそうです。その3600種を中心として、そこに養殖場をつくるのです。そのようにすれば、魚に関心のある人は、「来るな」と言っても来るようになっているのです。(292-24,1998.3.27)
土地の高度によって気温が異なります。同様に、海に棲んでいる魚も、水の温度によってそこに棲む種類が異なります。川の魚も、自分たちの棲んでいる温度に相当する地域を訪ねていってそこで生息し、卵を産むのです。ゆえに、地域が異なっていても、そこに温度差がなければ同じ種類のものがいるのです。数多くの種類の魚がいます。パラグアイから南米を縦に流れる川がありますが、その川の深い所は70メートルから100メートルを越えます。ゆえに、大きな輸送船などがそこを上っていくことができるのです。その周辺の魚の多い所に、小さな川が連結しています。私たちは、そのコーナーに冷凍工場を造って、捕まえた魚をすべてそこに貯蔵するのです。そこで必要なものは電気ですが、電気は無尽蔵にあります。現在、どこにも売ることができないでいる状態です。(267-267,1995.1.20)
魚を獲ってばかりでは、なくなってしまいます。ですから、養殖をしなければなりません。育てなければなりません。そして、南米のパンタナールやアマゾン川流域に棲んでいる動物で動物園を造ろうと思っています。
昆虫を育てる都市が出てこなければなりません。昆虫を育て、それを食べる鳥たちが飛んできて食べることができるようにするのです。鳥の餌となる昆虫を育てる都市が出てこなければなりません。昆虫がいなくて死ぬようになっているのです。昆虫を育てる町、鳥を育てる町、動物を育てる町が出てこなければなりません。(292-24,1998.3.27)
魚でいえば、パンタナールには3600種類の魚がいます。韓国には何種類の魚がいますか。36種にもなるでしょうか。そのようなものは相手にもなりません。では、今後、この3600種類の魚の養殖のために、都市ビルよりも大きな養殖場ができてこなければなりません。魚の種類別にコンピューターで温度を調節し、海洋の魚や淡水魚、寒帯地方の魚や熱帯地方の魚を養殖するのです。このように一つのビルの中で全世界の3600種の魚が養殖されることを想像してみてください。都市ビルなど問題ではありません。(296-188,1998.11.9)
アルゼンチンもブラジルも、山がたくさんあって水がきれいなので、動植物を育てるのに適しています。1300メートルの高地まで連結した山があるので、そこではどのような動物でも育てることができます。魚も育てるのです。先生は、そこに関心をもっています。3600種類の魚を捕まえて展示場を造り、入場券を高くして売るのです。博物館を造って観光地にするのです。
そのようにすれば、魚に関心をもっている人は、一度は、ここに来てみないわけにはいかなくなります。魚が3600種類です。そのような博物館を造ることを考えています。(276-201,1996.2.19)
訪ねてくる人を教育するのです。そのようにしながら自然とともに暮らすことは、どれほど素晴らしいことでしょうか。現代文明の都市生活と連結することができる村をつくるために、このような膨大な地域に3000万種類の昆虫博物館を造るのです。昆虫学者は、みなここに来なければなりません。また、3600種類の魚を養殖できる養殖場を造るのです。それから、鳥類園も造り、植物園も造るのです。そして、人間の動物園を造るのです。人間動物園です。動物園は動物園でも人間の動物園です。(288-75,1997.10.31)
③韓国を中心とした海洋摂理
イ)天勝号
先生が海に対する関心をもったのは、1960年代からです。22年間、海洋産業をしてきました。1963年に天勝号を造り、五大洋に出ていくことができるように劉孝敏氏と劉孝永氏に海で仕事をするようにさせたのです。しかし、彼らは海を嫌いました。(276-314,1996.3.10)
天勝号を造ったのが1963年です。劉孝永氏も船を嫌いました。水を嫌うのです。波を嫌うのです。海で台風が吹けば、家のように大きな波を越えることを楽しいと思わなければなりません。そのために死んだとしてもよいというやりがいを、そこに感じられる男性にならなければなりません。それなのに、「水が怖い」と言って海を嫌いました。もし、その時からアラスカに出ていったとすれば、世界的にどれほど大きく発展していたでしょうか。(291-276,1998.3.17)
先生は、「ために生きる心」をもって神様のために生き、人類のために生き、世界のために生き、万物のために生きているのです。万物まで解放したのでしょう? それで、海のために生きているのです。
1960年代には、韓国にある、すべての山に登りました。そして、1963年からは船を造りました。それが天勝号です。この世で、船に「天勝号」とつける人がどこにいますか。それは、すべて意味があるのです。天が勝利したという基準を立てるために、今まで船を造ってきたのです。アメリカに来てから船造りを始めたのではありません。1963年から船造りを始め、今まで船に乗ってきたのです。1973年、1983年、1993年、24年間船に乗ってきました。朝から夜の12時まで、ある時はアラスカで明け方の3時まで、昼でも夜でも船に乗りました。一片丹心で船に乗ったのです。(294-54,1998.6.10)
韓国で船を造りましたが、その船の名前は「天勝号」です。それは、何が勝利するということでしょうか。天勝号とは、天が勝利するということですが、それは神様のみ旨を成し遂げるという意味です。既にその時から始めたのです。天勝号を造り、その時に、「世界の海を主管しよう」という話をしたのです。劉孝永氏が、「船、船」と言っていたのですが、実際にこの船を造ってあげると、年を取ったせいか船に乗ることを嫌がりました。「先生、このように波が荒い時には、私は海に出ていくことはできません」と言うのです。漁民がそのように言うことができますか。死ぬまでには、出ていかなければならないのです。(294-175,1998.6.14)
ロ)一興水産
皆さんは、教会の責任者たちでしょう? 今から会社の要員たちも、例外はあり得ないのです。統一家庭は同じ運命なので、「統一教会」といえば、すべてのものが一つになった教会です。ですから、会社ならば「会社統一教会」です。「統一産業」といえば「統一産業教会」です。きのう、私は済州島から帰ってきました。そこに一興水産という会社がありますが、私はその社長に、「あなたは、今から一興水産教会をつくりなさい。そして、済州島にいる海女に、自分の母親以上、自分の妻以上に侍ることができる準備をしなさい」と言って指示をしてきました。(178-131,1988.6.1)
済州島に造船所を造ったのですが、それを見て、「これではいけない」と思いました。それで、造船所を木浦に移してみたのですが、そこでも、「ああ、これではいけない」と思いました。一興水産の本社も、済州島からソウルに移さなければなりません。世の中のすべてのことが、そうなのです。祝福をしてあげようとする時、受け入れ態勢ができていなければ天も離れていくのです。(178-155,1988.6.1)
今まで、私は一興水産をつくって、「どんどん基盤を築きなさい」と言って数百億を投入しました。(184-156,1988.12.27)
韓国に一興水産があります。今回、先生は11万数千人の日本女性と韓国の女性を教育して姉妹結縁をします。今は、末端部署にも、すべて私たちの組織の人間、すなわち私たちの要員がいるのです。それで全国に、慶尚南・北道の代表、全羅南・北道の代表、忠清南・北道の代表、京畿道の代表、そしてソウル地域の代表、このように5人の副社長を立てました。その人たちは、すべて女性です。二人を任命したのですが、あと3名を任命しなければなりません。(262-247,1994.8.1)
ハ)造船所
木浦の人は哀れです。先生は、全羅道の人を気の毒に思っています。ここにいる全羅道の人は、気分が良いと思います。全羅道だということで国も同情せずにほっておくのです。しかし、私は、全羅道の人が哀れで木浦に造船所を造ることにしたのです。ところが、日数が多くかかるので造船所を一つ買いました。その造船所が木浦で一番大きいということで、どれくらい大きいかを見るために行ってみました。私は、アメリカの造船所をすべて見て回ったことがあります。造船所を買ったのですが、18億といっていたのが、13億から8億まで下がりました。文総裁は買い物が上手なのです。物を買うにおいて、値切るにおいては1等なのです。(173-139,1988.2.14)
木浦に造船所を造ったでしょう? それは、お金をもうけるために造ったのではありません。教えてあげるために造ったのです。良い船を造らなければなりません。今は、最初なので反対しているでしょう? 反対をしていますが、良い船を造って東海(日本海)や釜山の船を独占しなければなりません。
そのようになれば、どんどん注文が殺到してくるのです。その次には、私が一つずつ注文を分けてあげるのです。今は、このような状態ですが、それが生きる道です。そのようなことをしようというのです。そのようにすれば絶対に滅びません。「滅びろ」と言っていくら祭祀をしても滅びることはありません。天運が保護するのです。(180-333,1988.10.5)
福を受けることを誰しも望みますが、福を受けようとすれば受ける準備が必要です。準備ができていない人は流れていくのです。道でも、自分たちの計画どおりにしてくれることを願ったのです。城山浦においても、それを早くやっていれば、私が冷凍会社を造り、船も、8000トンから1万トン規模のものをすぐに造ってあげることができたのです。道でも、私たちが土地を買うことに支援もしなかったのです。自分たちの間では「売ってはならない」と言ってありとあらゆることをしたり、「高く売りなさい」と言って操作をしたのです。(188-9,1989.2.16)
魚を獲り始めれば、魚を運ぶ船が必要になってくるので、運輸事業と自然に連結するのです。そして、中東の石油を運搬する何十万トンにもなる遠距離タンカーまで造らなければなりません。世界的な造船所に発展していこうとすれば、一番下のものまで、すべてのものを備えておかなければなりません。今は、図面さえあれば何でもつくることができる技術を確保しました。そして、魚を獲ろうとすれば、網をつくらなければなりません。網づくりから、何から何までできる訓練がすべてできています。(262-243,1994.8.1)
実績が良い人には、木浦にある私たちの造船所の技術を教えてあげようと思っています。木浦にある私たちの造船所は、本格的な造船所です。鉄でタンカーから化学船まで、何でも造れる技術を教えてあげようと思っています。その技術をもって、六大州を中心として、アフリカならばアフリカの代表的な国において、そのような工場を造らなければなりません。(276-030,1996.1.2)
先生は、恐ろしい人です。造船事業をすれば、自分たちの隠しているものを一発で摘発します。このポール・ワーナーが私たちの造船所であるマリン・マスター造船所の責任者になったとき、あちらこちら自慢して回りましたが、隠しておいたものをすべて暴いて攻撃しました。最も恐るべき先生です。船のデザインも、先生が指示するのです。新聞の記事のレイアウトも、先生が指示をして、アメリカの新聞オリンピック大会で1等を取りました。そのように早いのです。以前のように考えてはなりません。そのような何かがあるので、サタン世界のいかなる政府ももち得ない基盤を築いたのです。(276-103,1996.2.4)
私が造船所に行けば、船がどのように造られたのかをすぐに探り出し、間違っているところがあれば、すぐに命令するのです。「ここを、どうしてこのようにしたのか」と言うのです。アラバマの造船所でも、私が訪問することを最も恐れています。隠しておいたものをすべて摘発するので、「先生は化け物のようだ」と言っているのです。私は、そのような人です。(287-232,1997.10.4)
今後、事業する責任者が主体になれば、その対象をつくらなければなりません。発展させて、造船所ならば造船所の社長を中心として、社長と職員が主体と対象となって一つにならなければなりません。職員と一つになる目的は、国を復興させるためです。そして南米を復興させ、世界を復興させるためです。(187-291,1997.10.16)
25年の間、毎日、先生は船に乗ってきました。私の手で海洋産業を育てていかなければなりません。それで、きょうも玉浦造船所に行ってきました。「この造船所を私が買うか、それとも北朝鮮に行き、ソ連と満州の三角地帯にこれ以上のものを造らなければならない」。そのようなことを考えながら視察したのです。そのようなことを、私一人で考えているのです。そのようにすれば、北朝鮮の人々が生きるのです。(290-210,1998.2.24)
私たちは、船を早く造らなければなりません。木浦造船所で造って、ここでもはえなわのようなことをするのです。あかあまだいのような魚を釣る場合は、船はかなり速くなければなりません。現在よりも2倍は速くなければなりません。3時間かかる所に、1時間半で行かなければなりません。私たちが新しく造ったワン・ホープ号は沈まない船なので、6人で乗ってどこへでも行くことができます。台風が吹いても錨綱さえ切れなければ、生き残ることができるのです。台風が吹いても問題ではありません。大きい船は沈みますが、私たちの船は沈みません。私がそれを開発したので、ツナ釣りにおいて世界的な基盤を築いたのです。どこへでも行くことができるように、それを活用しなければなりません。(291-279,1998.3.17)
本来、私は、ここで日本と中国を相手にしようとしました。ここに中国の船が来たでしょう? 中国船のために造船所に修理工場も造りました。修理してあげなさいということです。船が故障すれば、原価で直してあげるのです。日本人にも、地歸島につくった釣り場を案内してあげるのです。そのようにすれば、高官たちが飛んできます。それで、慕瑟浦に飛行場も築いたのです。中国の飛行機と日本の飛行機が自由に往来しなさいということです。ほかの国には使わせないで、中国の飛行機と、ソ連の飛行機と、日本の飛行機の専用飛行場にするのです。(291-303,1998.3.18)
ニ)済州島を国際釣り場として開発
先生は、10年前から済州島に対して関心をもってきました。済州島は、軍事要塞地域として、今後アジアで重要な地域となります。このようなことをずっと考えてきたので、済州島に多くの関心をもってきたのです。開発問題、もちろん観光開発も開発ですが、今後、国の運命において、海と接しているこの済州島が重要です。(126-157,1983,4,19)
済州島は、昔、蒋介石が、「軍港として貸してくれれば、自分がアジアを占領する」と言った、そのような重要な所です。韓国において軍事基地として重要な場所です。あれこれ勘案してみれば、今後、済州島は、香港のように、国際自由都市としての機能を発揮し得る場所になるでしょう。金利が自由体制になれば、スパイ活動ができる基地として、最も適した所です。そのような面からも、軍事的に重要な要塞です。そのようなことをよくよく考えると、済州島で事業をすることは簡単なことではありません。それで、仕方なく事業基盤を築き、何から始めたのかというと、釣り場です。(126-311,1983.4.30)
済州島は、我が国において海洋関門として重要なアジアの要所となっています。東シナ海や日本海を経て太平洋まで連結することができる位置にあるので、軍事要塞として最も重要な場所です。そして、慕瑟浦の横にある港は、世界的に有名な軍事港となり得る水深をもっています。(126-311,1983.4.30)
先生は、世界中を回ってみましたが、韓国ほど良い所はありません。気候から見ても、山水の美しさを見ても、韓国は、本当に世界にない国です。私はいつだったか、韓国のような風景をフランスのある田舎に行って感じたことがあります。しかしそれ以外は全く異なります。ここは山々を見ても、老年期の山なので、すべて花のつぼみのようになっていて美しいのです。ほかの所に行ってみれば、例えば日本の山を見ても青年期の山なので、でこぼこしていて見栄えが良くありません。山の姿から見ても、韓国は美しい国です。また、3面が海に囲まれた半島なので、自然の恩恵を受けており、景色においてはより一層の恩恵を受けている国です。(169-136,1987.10.29)
晴れた日に漢拏山に登ると、すべてを見下ろすことができます。そこから見ると、「ああ、一度一回りしてみたい」という気持ちになります。しかし、1周できる観光案内所がありません。山に登っていく施設もなく、海に出て1周することができる施設もありません。せいぜい車で1周するくらいのものです。車で1周するのは全然おもしろくありません。ですから、ここで必要なのがケーブルカーです。ケーブルカーを造らなければなりません。(126-313,1983.4.30)
漢拏山を誇らなければなりません。済州島は、何をもって誇るのでしょうか。漢拏山をいかにして誇るのでしょうか。それで、私が海軍基地をつくろうと思ったのです。漢拏山の中腹に飛行場もつくるのです。B-29のようなものも、ここから北済州に飛べば、四方を見渡すことができます。そして空母も、海から済州島を貫いていくようにするのです。漢拏山の東西南北に穴を開ければ、できることではありませんか。人間は、何でもすることができるのです。そのようにすれば格納庫になり、戦闘機のようなものもエレベーター式に数万台を貯蔵することができるのです。油タンクのようなものも、山の中に造ることができるのです。(291-282,1988.3.17)
済州島の「済」という字は「渡る」という意味です。「渡っていって主人として振る舞う所」という意味です。また「済州島」と言えば祭司長(注:祭祀を捧げる主が祭司長だから)の国です。済州島という島は、おもしろいのです。ここは、海を中心として何百メートルもの柱を打ち込んで釣り場をつくることができます。そして、大陸とガラスパイプのようなもので連結すれば、自動車で行ったり来たりすることができるのです。そのようなものを造って流されないように埋めておき、車で行き来できるようにするのです。そのような時代がやって来ました。ここ済州島ですべきことは、ほかでもありません。釣りです。そしてゴルフとハンティング、それからカジノです。その次には、販売市場を形成しなければなりません。良い物を売る販売市場がなければなりません。その次には、おもしろいものがなければなりません。山にヘリコプターに乗って上がっていくよりも、エレベーターやケーブルカーで上がっていき、また海では、快速艇で済州島を巡回することができればおもしろいのです。日本にも、1時間で行ったり来たりするのです。(291-246,1998.3.15)
山にも登り、海も1周すれば、その次に考えることは何でしょうか。釣りをすることを考えるのです。釣りは、済州島で紹介すれば、必ずするようになっています。「済州島で有名なものは何ですか」と聞けば、もちろん「石も多く、女性も多い(注:済州島は風と石と女性が多い三多島と言われている)」と言いますが、一番多いものは魚です。済州島の全域に釣り場の許可を出さなければなりません。地歸島も開発すれば、それを中心として七つの島があります。七つの島をすべて開発しなければなりません。今後、済州島をどのようにするのかというと、3時間以内の場所では魚を獲ることができないようにしなければなりません。観光の釣りはできても、網で獲ることはできないようにするのです。それは、法的にも可能です。(126-313,1983.4.30)
「済州島の魚は小さい」と言って、悪口を言ってはいけません。アラスカの魚だけが良いのではありません。済州島の魚を刺身にしたのですが、刺身というのは片方を下ろして作るではありませんか。ところで、これを丸ごとざくざくと切ってみると、その骨がとても固いのです。
もっとも砂利の海に棲んでいる魚なので、固くなければ生きていくことができません。そうでなければ骨が折れてしまうではないですか。そして、それを食べてみると、その魚の肉が本当に香ばしいのです。(222-277,1991.11.3)
地歸島も、1周ぐるっと回ってみれば、気分はどうですか。韓国で、冬でも釣りができる場所は、ここ済州島しかありません。また、ここは火山脈なので、海中にある石も火山石であり、そこには小さな魚や虫がたくさん生息しているのです。魚も、網よりも釣りで獲るほうが良いのです。それで、釣りで有名なのです。日本でもそのように知られています。(253-95,1994.1.9)
済州島を見れば、そこで釣りに関係している人が3300人だということです。商店だけ見ても、とてもたくさんあります。全国的には何万人にもなるのです。それらの人々は、すべて中流以上の人です。趣味産業に力を入れることができる人は、中流以上の人だということです。趣味産業関連のスポーツ店、そこには銃器も含まれています。釣りに使われるフライ(fly:毛針)のようなものは消耗品です。どれくらい工場が必要か分かりません。これをすれば、大した産業になるのです。フライのようなものは1年しか使えません。ですから、その工場を造って人件費の安い多くのアフリカ人を採用し、その人たちが生活できるようにするのです。先生は、済州島に来てそのような面も考えたので、9日と10日に釣り大会とハンティング大会をしようとしているのです。それは、世界平和のためにするのです。(252-215,1993.12.30)
アラスカは、サーモン(鮭)以外には適当な魚がいませんが、済州島には様々な種類の魚がいます。魚の種類が多様なので、釣りの趣向も多様になるのです。近ごろは狩猟でも有名です。また、ナクチという済州島特産のたこがいます。頭の大きな、とても変わった済州島特産のたこがいます。済州島は、コディアックに代わって船釣りで趣味を満喫することができる場所であり、日本人が釣りをするのに良い場所です。観光客を誘致することができる良い場所です。(253-95,1994.1.9)
済州島に行けば、すずめだいという魚を釣って食べるでしょう? すずめだいを知っていますか。最近、私が済州島に行った時のことです。この魚を釣り上げて、そのままそのしっぽをつかんで酢を入れたコチュヂャン(唐辛子みそ)につけ、丸ごとむしゃむしゃ食べると、「やー、あの人たちは糞も分けずに食べている!」と言われました。そのようにして食べても病気にはなりません。魚が食べるものは、自分が消化できるものです。ですから、自分の体に合った魚を食べれば病気にはなりません。おいしく食べさえすれば、体に入っていったその糞のいとこのゆえに、どうして病気になるのかというのです。おいしく食べれば、理想的な材料が入っていき、キムチのように熟しておいしくなるので、病気にはなりません。それで、生きているのです。(218-89,1991.7.2)
済州島は、陸地から取れた陸地のひとかけらではありませんか。かもめが糞をする所です。飛び回りやすく、糞をして雛を孵化する所です。かもめも島で卵を産むのでしょう? 島は、すべての海の動物が子を産む所です。四つ足動物のような姿をしたものは、陸地に行って子を産まなければなりません。亀もそうでしょう? 海中に棲んでいるものも、魚以外はすべてそのようになっています。魚には生殖器がありません。海の魚には必ずこのような点があります。すべて線があります。雄と雌が、それをこすり合わせて関係を結ぶのです。子を産む時は、すべて陸地に来て子を産みます。済州島はそのような面で、必要な所です。(291-309,1998.3.18)
白頭山は男性であり、漢拏山は女性と同じです。二つは相対的になっているのです。白頭山は夫の山であり、漢拏山は妻の山です。海の中にあるので女性の山です。そうでしょう? 済州島の人が飢え死にしたという話を聞いたことがありますか。海に行けば、どこでも食べられる海草があるのです。済州島(チェヂュド)、すなわち祭祀(チェサ)を捧げる主人(ヂュイン)が住んでいる所なので、夜明けに海辺に行けば、御飯やリンゴのようなものがはいて捨てるほどあるのです。女性が息子、娘を連れて白いご飯やリンゴのようなもので祭祀を捧げるので、夜明けに行けば、そのようなものがたくさんあるのです。祭祀は、人が見る前にするので、朝、行くとそのようなものがたくさんあります。(284-247,1997.4.18)
海を平地にしようとどのようにしようと、国を生かすことができれば良いのであって、漢拏山が問題ではありません。たとえ漢拏山を売ったとしても、国を生かさなければなりません。そうでしょう? だからといって漢拏山がなくなりますか。海に入っていって生きているのです。この山が千年、万年立ち尽くしているので、「漢拏山が一度、平地に来ることが万民の願いだ」という記念塔を立て、万民がここに来て各国の王が出入することができる基地をつくってみてください。大統領、世界の官吏たちが来てそのようなことをするのです。漢拏山が問題ではありません。南米に行ってみれば、漢拏山は何でもなかったというのです。(291-255,1998.3.15)
今回、私は済州島に行って、「虎を二組ほど寄付すれば良い」と言いました。虎が漢拏山の頂上に登っていって、「うぉーん」と鳴いて海の波の音と調和しなければなりません。では、そのようなことが良いですか。「ああ、波の音は騒がしくて嫌だが、山の音は静かだ」。これが良いですか。それでは調和しません。「ざぶーん、ざぶーん」と波の音がすれば、山でも「うぉーん」と鳴いてそれに調子を合わせなければならないのです。そのような話をしたのは、悪いことではありません。1年に何人かが食べられたとしても・・・・・・。悪い話ではありません。天地が和動することです。(145-280,1986.5.25)
今後、済州島が観光地になれば、どのようになるのでしょうか。今は、どのような人々が済州島に多く行くかというと、新郎新婦がたくさん行きます。ところで、私たちが宣伝さえ良くしておけば、「ああ、暑いのにどうしてホテルに入って寝ていられるだろうか」。このようになるのです。これは、夢中になってしまう遊びです。海で釣りをしながら新婚夫婦同士が、楽しく過ごすことができるようにするのです。すべてのものを供給してあげるのです。釣りの道具もそろえてあげ、餌もそろえてあげるのです。それから朝食も、買って食べられるようにして、あらゆることができるのです。(126-316,1983.4.30)
済州島に、猟場と釣り場をつくって訓練しようと思っています。ここに来る時、一つの国から100名ならば100名を連れてくるのです。そのようにして、「世界平和観光釣り協会」の会員がますます多くなれば、その目標のために毎月、月極め金を出して援助してあげることはいくらでも可能です。中流以上の人々がそれをするのです。
今後、皆さんは、そのような任務を負い、アフリカに行って援助してあげられるようにその国に影響を及ぼし、毎年このような仕事をするのです。各国に猟場と釣り場がなければなりません。それで、養魚場と猟場をつくり、そこでハンティングした獣や釣った魚は、殺さず買い戻して、再び投入するのです。季節ごとに、ほかの場所でできるようにするのです。(253-109,1994.1.9)
済州島は、気候が良いのです。アラスカは、冬に釣りをすることはできませんが、済州島に行けば、今は釣りをするのにちょうど良い時期です。皆さんは、1年、春夏秋冬の四季を中心として、釣りができる200人を確保しなければなりません。あまりに多すぎても困ります。50人、すなわちバス一台ずつの人を連れてくることができるように、帰ったらすぐに200人を確保しなければなりません。私たちの組織がそのようになれば、夜は、私たちの世界的な活動や、その地方の釣りに関する紹介をするのです。このようにしながら、最終的にみ言を語ってあげるのです。世界の頂上に対する問題や世界の政治問題、外交問題、経済問題等、全般的な問題に対する教育をするのです。教育できる材料はいくらでもあるので、高次元的な教育をして統一教会に関心をもつようにさせて食口化する運動をするのです。そのようにすれば、3年以内で食口になります。(252-214,1993.12.30)
先生は、世界的に多くの団体をつくりました。数十年前からつくってきましたが、そこにはすべて「平和」という文字が入っています。「世界平和教授アカデミー」、「世界平和サミットクラブ」、「世界平和新聞協会」、「世界平和宗教連合」、「世界平和女性連合」など、すべて「平和」という文字が入っています。先日、済州島で釣り協会とハンティング協会をつくりましたが、それも「世界平和釣り協会」と「世界平和ハンティング協会」です。すべて「平和」です。(259-146,1994.4.2)
3)海には学ぶものが多い
①海のように天下を抱いて生きなければならない
海を回ってみれば、本当に学ぶものがたくさんあります。海は、1日の間にも何度も変化します。世の中では、「人心は朝夕に変わる(注:人の心は頼りにならないということわざ)」と言いますが、海は、朝夕ではなく時間ごとです。時間ごとに変わるのです。よくよく見ると、いくら天候が良い時でも、ある場所に行けば波が穏やかなのですが、ある場所に行くと風が吹くのです。強い風ではありませんが、そのようにすべて異なっています。人の顔が異なっているように、水があり山があれば、山の高低に従って気候も変わるのです。海は千態万状の妙味をもっています。(263-18,1994.8.16)
先生は、自然が好きです。海が好きです。海がどれほど神秘的か分かりません。水滴は、すべてダイヤモンドの玉です。これがきらきらしながら、「私は、文総裁のものです。ダイヤモンドよりもっと高価な価値をもっているのが、私たち水です」と言って誇るのです。どうして水が誇るのでしょうか。「私がなければ、この世に生命は形成されません。また、私がいるので、深かったり低かったりするものも、すべて水平にすることができるのです」と言っているのです。海が、どれくらいでこぼこしているのか知っていますか。しかし、水がそれを水平にしているので、どれほど気分が良いでしょうか。気分が良く、見ても千年、万年飽きることがないように青い光を放っているのです。青い光は、慰労の光です。
なぜ神様は、青い光をつくったのでしょうか。この光は、いくら見ても疲れません。それは、慰労の色です。万物は、すべてそうです。空も青く、海も青いのです。それは、どれほど理想的でしょうか。神様の愛に浸るようになれば、すべてが友になります。人間も友達になるかもしれませんが、自然界がすべて友達です。一度、その性格を知っておけば絶対に変わることはありません。
しかし、人間の性格は千態万状です。きょうはこのようであっても、あすになれば変わっています。それで、「人心は朝夕に変わり、山色は古今変わらず」という言葉があるのではないですか。人の心は、朝夕に変わります。そのような人間に使い道がありますか。ですから、動物にも劣るのです。(177-274,1988.5.30)
海は、天下を抱いて生きています。1箇所に集まって雲になり、山を覆ってその友となり、高い所から雨を降らせて四方に広がっていくのです。驚嘆に値するものは水です。水は休みません。千年、万年動いていれば、どれほど疲れるでしょうか。文総裁は海を愛しています。自然には、いんちきなものがありません。高ければ高く、低ければ低いのです。そして、高い所にいれば、異議なく供給してあげるのです。文総裁はそれを学び、異議なく供給してあげるのです。異国の地に行っても、私よりも貧しく暮らしていれば、私の倉庫を開いてすべてを分けてあげるのです。たとえ私の米がなくなったとしても、すべてを分けてあげるのです。水平になるようにするのです。それは、すべて水から学んだことです。それで、水が好きなのです。(300-141,1999.3.2)
空も青く、海も青く、草も青く、すべて青ければどのようになりますか。本来ならば窒息するはずです。それが自分の好きなイエロー(yellow:黄色)であったならばどうだろうか、一度、想像してみてください。すぐに嫌気がさすはずです。また、別の色をもってきたとしても、いくらもせずに嫌気がさすはずです。
けれども、グリーン(green)は慰労の色です。これは常に青いのです。それでは、人はなぜグリーンを好むのでしょうか。存在世界は、グリーンとともに調和しています。それゆえに、土にはグリーン・カラーが多くあると考えるのです。土は主に、グリーン・カラーと近いのです。ですから、土でつくられた私自身がグリーン・カラーを好むというのは理論的な話です。そのように考えることができます。神様もそれを知っていたので、空も青くし、海も青くしたのです。すべて人を中心として、このグリーン・カラーと調和するようにしたのです。それは、どれほど素晴らしいことでしょうか。(119-168,1982.7.18)
海が穏やかな時は、神秘的です。魅惑的な神秘の女王のような美女になり、すべての人々を引き込む力があります。海は、銀色にも見えますが、翡翠色にも見えます。そうかと思えば、また千態万状です。そこに、そよ風が吹けば、その波の美しさというものは何と言ったら良いのでしょうか。舞姫がどれほど上手に踊りを踊ったとしても、そこについていくことはできません。
皆さん、ダンサーを見ようとすれば小さいステージ(Stage:舞台)で、踊っているのを見物しますが、それはあまりにも狭いのです。反対に海のステージは、無限です。海の舞台がどれほど広いでしょうか。美女や舞姫のような性質があるかと思うと、一度怒れば、荒野で飛びかかってくる虎やライオンよりも恐ろしいのが海です。それを考えてみてください。何十メートルもの波が押し寄せてきて引いていく時は、かもめが鳴いても相手になりません。「お前がいくら歌を上手に歌おうと、お前がいくら素晴らしい喜劇俳優であっても、雄壮な私の気勢の前にはかなわない!」と言うのです。威勢が堂々としています。
波が穏やかな時は、快速ボートが気分良く、さーっと進みますが、ここでは動きをとることはできません。しっぽを振り、頭を振って、このようにしているのです。波に乗り、波のなすがままにするようになっているのであって、そこには自らの勢いというものはありません。(128-249,1983.8.28)
自然の力は偉大です。ゆえに、海を愛する人は驕慢になることができません。海には、そのような偉大さがあります。海の門を開いてのぞいてみれば、そこには無尽蔵の魚がいます。黄金色から金色、青色と、ない色がないほど多くの魚族が暮らしています。陸地と海の中を比較してみれば、どちらがより美しいでしょうか。陸地も美しいでしょう? しかし、陸地には花と蝶と、それ以外に何がありますか。それから美しい鳥もいるでしょう。しかし、それらのものは単調です。花は動きません。海にいる豪華絢爛な色をもった美しいすべての生き物は、踊りながら活動しているのです。ですから、どちらがより美しいですか。陸地が美しいですか、海が美しいですか。海が美しいのです。神様は、どうして水をつくったのでしょうか。「神様が鑑賞するための特別装置が水だ」。このようにも言うことができます。ぱっと隠しておいて公開しなかったということです。このようなことを見れば、神様は、陸地よりも海により多くの関心をもっているはずです。
また、未来を考える人は、陸地よりも海に関心をもつのです。神様は、まだ見ぬ未来の理想家庭に関心をもっています。それゆえに、地球の歴史始まって以来、今まで地上に現れたものに関心をもつよりも、まだ見ぬ未来観をもっている海の世界に関心をもつということは必然的なことです。これは理論的です。そのような立場から、海を考える人、すなわち未来像を憧憬する人が増えてくるようになるという話が出てくるのです。(128-249,1983.8.28)
釣り糸を垂らして座っている時の退屈さは、到底、言葉で言い表すことができません。そこで散歩することができますか。このくらいの所で動いて、そこで料理をしなければなりません。そこで映画を見ることができますか。また、友人と遊びに行くことができますか。静かにしていなければならないので、音楽を聞くこともできないのです。ですから、海を見つめながら海と空と対話をするのです。海と空が一つになっているそこに私一人がいれば、本当に気分が良いのです。先生は、なぜしきりに海に出ていくのでしょうか。霊的に、すべての面において利益が多いのです。私が1日中家にいれば気が散漫になって、世界宣教師や教会問題など、考えなければならないことの何分の1しか考えることができません。しかし、海に出ていけば全体的な考えが浮かぶのです。そのような面において、海はとても良いのです。それで「『釣り道』という言葉が出てきたのだなあ」と感じるのです。(79-270,1975.9.1)
静かな海で、1双のカップルが愛し合っている姿を想像してみてください。海が「こいつ、私は耐えられない」と言うでしょうか。そのようになれば、魚の群れが来て尾を振って見物しながら喜ぶのです。万物は、そのような愛を願っているのです。自然のすべての存在が、「頼むから来てください! してください!」と言って、そこに来て愛し合ってくれることを望むのです。皆さんも、それを推し量り、感じることができる心をもたなければなりません。主人が白い雪の積もった山の頂上に行って愛し合えば、「私たちの主人が、このように美しく愛し合っている!」と言って喜ぶのです。それを願っているのです。(235-277,1992.10.11)
②海の生活は素晴らしく、神秘的だ
太平洋を中心として、「黒潮」は4000マイルを回っています。1年に4000マイル回ります。その回る力によって五大洋が回るのです。もし黒潮がなければ、海は回りません。この黒潮によって大西洋と太平洋は、五大洋と通じているのです。(227-129,1992.2.11)
このような環境条件を通じて、五大洋がすべて死なずに生きているのです。(297-209,1998.11.20)
いくら川が大きくてもそれは海に入っていき、海がいくら広く流れているといってもそれは黒潮に従っていくのです。黒潮というものを知っていますか。黒潮というのは、太平洋地域を中心として円を描きながら4000マイルの回っている海流のことです。力強く回る水の流れによって、五大洋のすべての水の流れが、生きて作動するのです。
それに乗って回ることができてこそ、海水の資格をもつのです。人間が生きていくのも同じです。(220-201,1991.10.19)
川がいくら大きくても、大小すべての川は、いずれ大海に入っていくのです。大海に入っていけば、すべて混ざり合うようになっています。五大洋を中心として見れば、太平洋には黒潮というものがあって4000マイルを回っています。もちろん月の引力によるということもありますが、このように回る黒潮があるので、五大洋全体を動かすことができるのです。それは海の柱の役割をしているのです。汚いものでも、何であっても、入っていけばそれをすべて混ぜ合わせて、一つの姿勢になろうとするのが海の目的です。
いくら大きな川が何万年も継続的に淡水を投入したとしても、それをすべて吸収して余りある余裕をもっているのです。ですから、海に権威があるのです。海は、いくら入っていこうと変わらない姿勢を備えているので偉大なのです。(210-200,1990.12.23)
日本の雲が太平洋を渡ってアメリカの雲と一つになる時、「私はアメリカの雲は嫌だ!」と言いますか。日本の水が黒潮を通じて太平洋に行き、そこにアメリカの水が来れば、「おっとっとっと!」と言いますか。太平洋には4000マイルの黒潮が流れています。そこに先進国や後進国がありますか。国家間の境界線がありますか。それなのに、人間世界のこの姿は何ですか。自然運動に反するものは、すべて壊れていくのです。(268-26,1995.2.7)
愛の世界は、どこに行こうとすべて通じるのです。太平洋の水が、「私は、太平洋の水だ。アジアの水は、すべて汚染されているので嫌だ!」と考えるでしょうか。水がどこから流れ出ようと、すべて連れていくのです。そこに悪いものがあれば、それを混ぜ、早く解消させて同じ道を行こうと努力するのです。ゆえに、太平洋の水は、いくら公害が激しかろうと、たとえ人類がいなくなることがあろうと、変わらず青いままでいることは間違いありません。いくら試練を受けて紆余曲折の過程を経たとしても、海水の青い色が占領されないのと同じように、愛の権威と、愛の内容と、愛の力は常に青いのです。(214-273,1991.2.3)
統一教会は、世界の主流の海流となり、太平洋の黒潮のようにならなければなりません。太平洋で4500マイルの黒潮が回り、五大洋の水が回るようになっているのです。世界の生命力を宇宙ですべて勃発させるためには、深い所を回っていって、動かす源泉をつくらなければなりません。そして、汚い世の中をきれいにしなければなりません。(275-32,1995.10.30)
台風が吹けば、どれほど波が憎く、風が恐ろしいか分かりますか。しかし、その風も自分の使命を果たしているのです。もし風が吹かず、海に波がなければ、魚が生きていくことはできません。風が吹くのは、海に酸素を供給するためです。波というものは、酸素を供給するためのものです。ゆえに、波が激怒しようと、どれほど風が吹いてこようと、それを味わいながら、「お前は味を失っていないな!」と思わなければなりません。海は、塩辛い味をもっています。先生も、「レバレンド・ムーンの味は失っていない」と、このように思っています。そのように思えば、押し寄せる波も憎くはなりません。海には哲学がどれほど多いか分かりません。陸地だけで生活した人間は、あの世に行って理想的活動をしようとすれば、とても多くの支障があるはずです。霊界に行けば鯨にも乗り、魚と一緒に泳ぐことができるのです。しかし、海が好きでなければ、そのようなことをすることはできません。(119-252,1982.9.13)
海に出ていけば、台風というものは恐ろしいのです。その波は、本当に恐ろしいのです。しかし、いくら恐ろしくても愛の力を帆にかけていく場合は、それも越えていくことができるのです。(110-102,1980.11.9)
海は、そのままじっとしていてはいけません。水が動けば死にません。器に汲んでおいた水も、動かしてさえおけば永遠に死ぬことはありません。運動すれば死なないのです。
遠洋漁業をする船は、一度、出港すれば1年6カ月から2年分の水を一度に積んでいきますが、海水に揺られるので、その水は何百年置いたとしても腐ることはありません。動かせば腐らず、停止すれば腐るのです。ですから、水は本当に特殊でしょう? 水はそのようになっています。(296-200,1998.11.9)
遠洋漁労作業をしようとすれば、飲み水を船にたくさん積み込んでいきます。1年半の間その水を飲まなければなりません。塩水を飲むことができないからです。水は動かせば、何十年たとうと腐ることはありません。水は動かさなければなりません。ゆえに、み言も動かさなければなりません。(291-88,1998.3.5)
水は、なぜ流れるのでしょうか。水平になっていないので流れるのです。水は、流れてどこを訪ねていくのでしょうか。水平線を訪ねていくのです。水は、海に行かなければなりません。水平を訪ねていかなければなりません。(263-91,1994.8.21)
水は、常に水平にならなければなりません。それが特徴です。海は、いくら大きな波が立とうと水平線を描いています。水平線を見れば、寝ころんでみたくなるのです。「いやー、一度、寝ころんでみよう」となるのです。そのようなことができないので、船に乗って転がるのです。そのようなことを考えてみましたか。水平線では何をしても、ひっくり返ったとしても頭や足が先につきません。水平に、ぴたっと合うのです。そのようなことができるのが水平線です。人間には、水平線が必要です。(263-90,1994.8.21)
空気や水は、愛と同じです。空気は、真空が生じさえすれば世界の空気を動員し、さっとそこを満たしてしまいます。海の水もくぼみが生じれば、さっと押し寄せ、水平になろうとするのです。空気も水も愛も、常に水平になろうとするのがその生き方です。(264-316,1994.11.20)
私たちが海に行けば、水を見ます。水は循環しています。水のある所では、朝、霧がかかります。水蒸気になり、これは低気圧なので上がっていくことができません。水が水蒸気になって集まったものが霧です。この水が霧になるのです。そして、蒸発して雲になり、世界を回るのです。海に水がなければどのようになりますか。大変なことになります。生物が存続できません。水がどれほど偉大なものであるかを考えてみてください。(263-78,1994.8.21)
皆さんが知っているように、先生は、時間さえあれば海に出ます。海に行って、もまれるのです。もまれるのですが、それは精神を整えて大きな闘いをするための試練であり、準備だと考えるのです。睡眠も取らず本当に疲れますが、精神をまっすぐ正し、自らそのような標準を定めて、水平線から他の方に傾かないようにしているのです。(73-270,1974.9.29)
空気も動き、水も千年、万年動いているでしょう? 千年、万年動いているのですが、全く同じ公式です。海を見てください。水は、どれほど疲れるでしょうか! しかし、一度も疲れると思ったりはしません。それが存続し得る公式です。(207-18,1990.10.21)
海の世界を知らない人は、それだけ幸福の領域が制限されるという結論になります。創造主がいらっしゃるとすれば、陸地を知り、海をよく知って、海の神秘性を思い、陸地の美しさに思いを馳せながら称賛するのを喜ぶのであって、一面だけをもって喜ぶことはないはずだ、と考えるのが至極、理論的な話です。(128-256,1983.8.28)
海や陸地も、すべて人間一人を教育するために造られたものだということを考えれば、創造主の有り難さを実感することができます。(128-256,1983.8.28)
海を見ても、それをただ海として見るのでありません。「天の父が私に下さった贈り物だ」と、このように考えるのです。再創造する過程で、すべてのものを再度調べてみるという事実、ここで偉大な革命が起きるのです。偉大な勝利の旗印が、ここから芽生えてくるのです。(112-306,1981.4.25)
③海は偉大な自然の力をもっている
先生は、刺激的なことが好きです。変動の多いところから切り開いていくのです。そのようにしようとすれば、陸地よりも海のほうが優れているのです。海は風も吹き、穏やかでもあり、波風が何度も起こったりしながら変化するのです。ですから、陸地の旅行よりも、海の旅行が楽しいのです。
陸地は、旅行して回っても朝の考えはそのままで、変動はありません。陸地は、いくら回っても修正することなく穏やかに行くことができますが、海はそうではありません。自分がこのように行こうと思っても、あっちに行ったり、こっちに行ったりするのです。そのように変わります。変化する時には、本当に刺激的な変化が起きるのです。穏やかな時は、陸地が顔負けするほどです。本当に不思議なほどの穏やかさです。ある時は、海面がガラスに思える時があります。あまりにも美しくて、触ったり食べたりしたくなる時があります。ですから、海は限りなく変化しますが、「私は行く」という一念で前進していくのです。そのような刺激がなくては、大きな仕事をすることはできません。(79-270,1975.9.1)
海の底を見れば、鯨のようなものもいますが、ハリバット(halibut:ひらめ)のような魚もいるし、キャットフィッシュ(catfish:なまず)のような姿をした魚が底にくっついて生きています。このキャットフィッシュのような魚は、体よりも頭が大きく、口も大きいのです。これで何をするのでしょうか。それは、大きいもの、腐るものが流れ込んでくれば、かじって食べるのです。いっぱいのみ込んで、かじって食べるのです。それでも足りなければ、虫を吸い込んで食べるのです。このように休まず浄化作業をしています。清掃作業をしているのです。
パンタナールに生息している魚は、3600種です。3600種の魚がいます。それらが食べる餌は、すべて異なります。そのようなものが混ざり合い、休むことなく海の清掃作業をしているのです。食べるという行為自体が清掃作業だということを知らなければなりません。彼らは自分の目的のために生きているのではなく、環境を整理しながら、周辺をきれいにしながら、互いに助け合いながら生きているのです。それが自然協助体制です。彼らは海の水をきれいにする運動をしているのです。海は、塩辛いだけでもいけません。魚がいて、汚いものも食べたりしなければなりません。魚の糞は、どのようにするのですか。それをまた食べる魚がいるのです。(293-283,1998.6.7)
海をきれいにするのは魚だけではありません。水鳥もそうです。かりや、かもめのような水鳥たちは、休むことなく探索しているのです。もし、この海の表面ではなく、中間を流れていくものがあれば、水の中に入っていき、探し出してそれを食べて生きているのです。また、風が、「おい、雲よ、今、向こうに乾いて死ぬほど暑い所があるから行こう」。このようにして冷たい海の空気がそこに行くのです。その風が雲を乗せて通り過ぎながら、水をまいてあげるのです。
この宇宙が、いかに共同協助体制になっているかを考えてみてください。風がなければどうなりますか。大変なことになるでしょう? 皆さんが食べるご飯やパンなどというものも、そうです。水蒸気が海から空に上がって風に乗り、真夏の暑い太陽の光に乗って訪れ、そこで雨を降らせれば、その水分を吸い込んでそれらが作られるのです。土の中の水分や空気の水分が合わさって、ご飯ならば御飯になり、パンならばパンになるのです。それを考えてみれば、どれほど苦労したかというのです。それは、どれほど貴いものでしょうか。そこに宇宙が動きます。宇宙が動いて協助してパンになるのです。そのパンのひとかけらは、簡単にできたものではありません。(293-285,1998.6.7)
海で一番塩辛い所は、深い所だと思いますか、浅い所だと思いますか。深い所です。なぜでしょうか。塩水は重いからです。ですから、深い所ほど、より塩辛いのです。それでは、天国の最高の宮中はどこにあるのでしょうか。塩水で比喩するならば、一番底にあります。そこに王宮があります。一番下に行くのです。私がこのように話している概念を知らなければなりません。レバレンド・ムーンが言おうとすることは、天国の最高の位置が最も深い海、最も塩辛い水のある底にあるのですが、反対に最も清い人は一番上にいるということです。最も良心的で、より世界のために生き、より全体のために生き、より高い心をもつ所に神様はいらっしゃるのです。(244-178,1993.2.7)
主流から流れるきれいな水が公害で汚れた水を見て、「私は、お前と混ざり合うのは嫌だ!」と言って避けることはできません。自然の場合は、そのようになっています。自然の調和と総合関係というものは不思議です。水の性質は、汚いものがあって自らの本質がそれによって汚れたとしても、それを包容し、自らの周辺のものまで吸収してこれを同一化させるのです。そのようにして、流れ流れていく間に、汚いものは沈んで、きれいなものは浮かんでくるのです。そのようにしながら流れていく中で、きれいな水になって海に流れ込んでいくのです。歴史の流れもそのようになっています。(218-292,1991.8.22)
海の波がいくら流れていても、魚は寝るのです。水が流れていても、魚のひれは流れる水に逆らって1箇所にとどまるように運動します。しかし、体は寝ているのです。おもしろいでしょう? 皆さんのすべての血管が運動していても、皆さんの体が寝ているのと同じです。魚の生命がその拍子を合わせるのは、血が巡るのと同じように寝るのです。このように考える時、誰が主人となり、誰がより高いものになるのでしょうか。より投入する人、より「ため」に生きる人が主人になるのです。(220-282,1991.10.20)
いくら海の波が荒々しく波打ったとしても、その流れは必ず主流に従っていきます。主流に方向を合わせてくることによって、全世界が反対し、迫害しても生き残ることができたのです。また、神様は、主流を中心として、完全な主体としての主流的な立場に立てば、主体と対象の関係を中心として保護するので、被害を受けることはありません。(249-164,1993.10.10)
皆さんは、水泳をしながら、「ねえ、喉が渇いた。コーラかメッコールを持ってきて!」と言いますか。水に入っていれば、1日中、水を飲まなくてもよいのです。水に入っていれば細胞が水を飲みます。先日、先生は16時間半も話をしました。「そのように長い時間、おしっこをどうやって我慢するのですか」と言うかもしれません。しかし、おしっことして出ていくものがすべて汗になって出ていきます。暑くて水蒸気になるので、汗としてすべて出ていくのです。ですから、海に1日中、入っていれば、水のようなものを持っていく必要はありません。そこで1時間でも、何時間でも鯨のように水泳をしてみてください。その時でも、のどが乾きますか。砂浜にうつ伏せになっているので、暑くて水を飲むのです。人にとって水は貴重です。それから空気です! 水の行く所には空気も行きます。海の中にも空気がありますか、ありませんか。(217-206,1991.6.1)
世界の海は、常に動いています。風が動いたりするのも、すべて繁栄し、生きるためです。このようなことを考える時、台風が吹いて波が数十メートルも立ったりしますが、そのようにならなければ海に空気がなくなります。それでは、魚はどのように生きるのでしょうか。このようなことを考える時、「いやー、台風が吹いているので海底の魚が喜ぶだろうなあ。私は大変だが、魚が喜んでいるのでうれしい!」と、このように考えることができます。(262-289,1994.8.1)
生命の祖先のようなものが水です。ですから、神様の代わりに水を愛しますか。そのような考えをもちながら海を愛さなければなりません。景色の良いところには水がなければならず、樹林がなければなりません。それが水の調和です。このような問題を中心として見るとき、水を愛そうというのです。水を愛することは、万物を愛することになります。これは原則的な考えです。水を愛するのですが、湖の水を愛するのですか、海の水を愛するのですか。毎日のように海に行かなければなりませんか、それとも行ってはなりませんか。風が吹いて波が立つのですが、船に乗れば血が揺れるので血が腐ることはありません。すべて浄化されます。本当です。いつも船に乗っている人は健康です。(262-289,1994.8.1)
私は、月給をもらいません。私は、私の力で稼いで暮らすのです。今でも、どこへ行こうと、たとえヘリコプターでアフリカの奥地に降ろされたとしても、そこに動物しかいなかったとしても、私は生き残ることができます。山に行けば、山で食べて生きることを学び、海に行けば、海で食べて生きることを学びました。ゆえに私は、乞食街に入っていっても、これを天国につくりあげます。皆さんが従ってこなくても、乞食の群れを通してでもみ旨を成すことができるように訓練をした人です。ゆえに、今、私が皆さんに「乞食街に行きなさい」と言えば行きますか、行きませんか。そのようにしようとすれば訓練が必要です。(109-152,1980.11.1)
自分たちは、「ふろしき包みを抱いて、座って食べて楽に暮らそう」と言いますが、今まで私は開拓者でした。開拓して、私が先頭に立ってきました。今回も、私たちの会社で船を造りましたが、船長がいなければ、私が連れて海に出ていくのです。「風よ吹け。波よ打て。男の行く道をふさぐことができるものか。天のために、人類のために、子孫に生命を引き継ぐことができる食糧問題をここで解決するのだ」と、このような考えをもっています。すてきでしょう? 私は、そのような男性が好きです。今後、残される生きた映画がそこから出てくることでしょうし、歴史の渦がそこから解かれるでしょう。
それ以上に不思議な謎はありません。悲喜劇が交差する道であり、素晴らしい男たちが憧憬しながら行くべき道です。ジャンピングすることができ、そこから世界に越えていける基地があるのです。
このようにすることによって、海に出ていく数多くの若者に希望を与えることができるのです。あすの海の世界に対する夢を描ける源泉、泉がそこから爆発するのです。それは、どれほど素晴らしいことでしょうか。(109-152,1980.11.1)
私は、そのように熱心に海に出掛けていくのですが、その心を忘れてしまえば問題が生じます。その心が続かなければなりません。精誠というものは、千年、万年続かなければなりません。海に出ていって精誠を尽くすのを楽に座ってするならば、蕩減できる条件が立ちません。きのうよりもきょうが良く、きょうよりもあしたが良くなければなりません。すべての川の水は大西洋に集まり、大西洋の水は太平洋へ行くのです。今後、私が飢え死にする人々を救ってあげる時までその精誠を込めるならば、私が死んだとしても、そのみ旨はこの地上に成し遂げられるだろうと思っています。(279-308,1996.9.22)
真っ黒な顔をしたハドソン川の漁夫のような男性、1000年を待てば何もかも消えてなくなってしまうような男ですが、まさかそのような方がこのようなことをするとは思いもしないでしょう? なぜそのようなことをするのでしょうか。2000万の飢え死にする人類を解放するためです。汗を流したハドソン川を忘れてはならないということです。
五大洋、六大州を通して息をし、考えるその見えない波動、電波のようなものが、そこで生きている魚の世界を通じて、未来の人類解放の道に連結するのです。地と海があれば、飢え死にすることはありません。先生が教えてあげれば、飢え死にする人々を救うことができるのです。(247-21,1993.4.21)
神様が絶対愛のために創造した物を見れば、楽しいのです。未来の福地、天国を中心とした家庭で、十分に生活必須要件を備えることができるように、すべてつくっておいたのです。ですから、どれほど喜びを感じるだろうかというのです。流れる水も、天地が機能するためのものです。海から水蒸気になって、循環しながら万物を蘇生させるのです。すべてが対立することなく、協同圏内で協力し、人間の理想を完成することができるようになっているのです。神様の生活的な舞台として、神様の息子、娘をこの地上で育てて、天国に移譲しようというのです。(284-47,1997.4.15)
夜が過ぎれば朝になるように、反対の世界になりました。統一教会には春が来て、サタン世界には夜に向かっていく時が来ました。サタン世界には希望がありません。
サタン世界は、真っ暗な希望のない絶望の世界であり、統一教会は、絶望だと思っていたのに黎明時代を過ぎて新しい朝が来ることにより、鮮明時代がやって来るのです。「文鮮明」とは、真理の王国になるということです。名前が良いのです。これは何かというと、この「鮮」という字は「魚」という字と「羊」という字なので、陸地と海を統一するということです。
「明」は空の「日」と「月」、すなわち空を表しています。「文」という字は、早く書くと、このように「父」という字になります。「父」という字のいとこになっているのです。真理を通じて説明することができる真の父という言葉が、最も近いところにあったのです。私は、そのことも知りませんでした。このように話してみたので、学べたのです。(261-64,1994.5.22)
(●2022.5.21:写経奉献)


