天聖経(81) 第16巻「真の家庭と家庭盟誓」 第1章 家庭盟誓宣布と前提条件

第1章 家庭盟誓宣布と前提条件
1)家庭盟誓がでてくるようになった背景
2)家庭盟誓の意義と価値
3)家庭盟誓と祝福家庭の伝統
1)家庭盟誓が出てくるようになった背景
①今は個人ではなく家庭時代
今まで統一教会では、個人的に「私の誓い」を暗唱してきました。1952年を中心として、新婦文化圏であるキリスト教文化圏が新郎と神様を迎え、世界的舞台において天上天国と地上天国を完結しようとして、それに失敗し、再びこれを40年間で蕩減してくる歴史を経てきたのです。(260-181,1994.5.8)
この世の中で「家庭盟誓」という言葉を聞いたことがありますか。歴史以来、初めて出てきた言葉です。男性と女性が家庭を失ってしまったので、家庭盟誓を設定し、神様と人類が、堕落していない本然の基準で、歓迎され得る家庭の母体を、この地上に再び立てるのです。そもなければ、神様が喜ばれ、神様が来られて暮らせる、地上天国と天上天国を築くことができません。そのために、不可避的にこのような盟誓文を立てるのです。(274-114,1995.10.29)
今、40年を経て、初めて家庭盟誓が出たのです。この家庭盟誓は、歴史にはなかったものです。家庭盟誓が出ることによって、今後、地上世界のサタン家庭には行き場がなくなります。家庭盟誓が出てきたということは、先生が40年を通して4000年歴史を蕩減することにより、失われた第二次大戦後の勝利の基盤を復帰した基準が立ち、地上に天国が設定されることを意味しています。最初は何ですか。「私たちの家庭は真の愛を中心として」です。すべてに「私たちの家庭は真の愛を中心として」という表題が出てきます。真の愛とは何ですか。「真の愛」という言葉は、神様の愛と真の父母の愛が堕落せずに一つになり、その真の愛を中心として真の生命、真の血統が連結されることを意味しているのです。(266-143,1994.12.22)
今、統一教会は40年の峠を越えて「世界平和統一家庭連合」になったのです。これは、完全に復帰された家庭です。復帰された家庭は、個人の心身が統一され、夫婦が統一され、子女が統一された家庭とならなければなりません。このような家庭が暗唱すべきものが家庭盟誓です。
「家庭盟誓」は、心身が闘争している中では暗唱することはできません。また、夫婦喧嘩をしていては暗唱することができません。そして、子女を生まなければいけません。心身統一、夫婦統一、子女統一を成した真の家庭が入る所が天国です。神様の愛を中心として一つになり、「家和万事成」を成し得る家庭が入る所が天国です。それゆえ、真の愛の一体圏を成した者たちが暗唱すべきものが家庭盟誓です。家庭盟誓は、歴史始まって以来、初めて出てきたものです。(264-339,1994.11.20)
統一教会は、40年の峠を越えると同時に「世界平和統一家庭連合」をつくりましたが、それを成し遂げるためには絶対的な規約が必要です。その絶対的な規約、憲法のようなものが、家庭盟誓なのです。「家庭盟誓」という言葉は歴史にありません。天国に向かう、天国を完成する家庭盟誓です。
家庭盟誓をよく見れば、それは、蕩減復帰の内容を中心として、完全に解放され得る内容になっています。それゆえ、これを暗唱する人は、堕落した世界の家庭圏内ではなく、完成した家庭圏内に入った人です。真の愛を中心とした家庭圏が形成されることにより、偽りの愛によって分立された心身が統一されるのです。それゆえに、心と体が一つにならなくては、家庭盟誓を暗唱することはできません。(264-244,1994.11.3)
統一教会員は、真の父母様が立てた家庭的伝統を世界に誇示しなければなりません。なぜ世の中に家庭盟誓が出てくるのでしょうか。このような時が来るので、それに備えるためのものとして家庭盟誓が出るのです。これが、家庭のモットーになるのです。
神様の創造理想圏に戻ってきた家庭は、どのようにしなければならないかという内容が、家庭盟誓にすべて出るのです。今後、全世界がこの誓いを中心として従ってくればよいのです。
真の父母様の勝利的な盾をもって防御することのできる、摂理史全体を代表した7項目(のちに8項目になる)の誓いを中心に、すべて入っているのです。
それゆえ、新約、旧約の完成と原理を知らなくても、これを中心とし、神様のみ旨を中心として、ただ家庭さえ絶対信仰、絶対愛、絶対服従し得る基準へと越えていけば、天国に完全に越えていくのです。(272-181,1995.10.5)
今まで、一般の既成教会では、アダムとエバだけが堕落したと思っていたのであって、そこには兄弟を入れていません。カインがアベルを殺すことによって堕落したことを知らないのです。家庭が堕落したということを知らないのです。すべて堕落したのです。
これから統一教会では、どのように誓うのですか。家庭を中心として誓うのです。他のことは必要ありません。すべての幸福と自由、平和、そして天地も、すべて家庭から出発するのです。今、家庭を中心とした誓いが必要です。ですから、家庭を失ってはなりません。家庭さえ一つにすれば、世界が統一され、天国ができるのです。(260-152,1994.5.2)
氏族的メシヤを派遣しなければ、大変なことになります。その氏族の生まれる道がふさがってしまいます。氏族的メシヤになることによって、平面的にアダムが堕落せずに完成し、イエス様が死なずに完成し、国家的基準で国家と国家がすべて連結されるのです。そうなれば、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様の8段階まで、すべてその完成の基盤は、この地上の平面、水平線です。
これを蕩減したので、個人の家に行こうと、氏族の家に行こうと、国家に行こうと、どこに行こうと、サタンが反対できない自由の活動舞台となり、神様を中心として生活する出発がなされ、地上に天国ができるのです。そのような時代が来たので、家庭盟誓が出たのです。家庭盟誓のとおりにならなければなりません。(264-191,1994.10.9)
家庭というものは、驚くべきものであり、恐ろしいものです。ですから、家庭盟誓の内容は、天宙的な大宣言だということを忘れてはいけません。昨年から真の父母様が講演してきたのは、原理的な家庭をもつべきであるという内容でした。これは鉄則です。霊界解放の祝福式をするべき時が迫っているのです。360万双が終われば、霊界祝福式をするのです。相対が霊界に行けば、呼び出して結んであげることができる時代に入るのです。ですから、地獄世界まで解放されるのです。(283-90,1997.4.13)
今まで私たちは、定着することができませんでした。押し流されてきました。浮き雲のような生活をしてきたのです。キリスト教文化圏も、霊肉を合わせた基盤がなかったので、定着することができなかったのです。しかし、今や真の父母と成約時代が定着したので、相続権が生じるのです。定着するにあたり、何を相続してあげるのでしょうか。個人ではありません。家庭です。それを知らなければなりません。ですから、家庭盟誓が出てくるのです。家庭盟誓を徹頭徹尾、教育しなければなりません。(268-226,1995.4.2)
今までは「私の誓い」を唱えてきましたが、「家庭盟誓」というものは初めてです。歴史時代において、家庭盟誓というものはありませんでした。これは驚くべき事実です。40年間の世界的蕩減路程を終え、全世界が先生を中心として動くことのできる時代に入ったので、それが可能なのです。第二次大戦直後に成された統一的な世界キリスト教文化圏が破綻してしまったことを、条件的ではありますが、先生を中心として世界的に、この覇権的基盤の上に載せたのです。(263-110,1994.8.21)
1945年から1952年までの7年です。1945年から1952年までの7年だったのですが、これを1952年から1992年までの40年に延長したのです。教会を中心としては、40年かかったのです。そのようにして、1994年5月を中心として、「家庭盟誓」を宣布したのです。歴史的です。数理的に蕩減してくるのです。(265-293,1994.11.27)
真の父母様の安着時代を中心として、主体の前に恥ずべきことのない家庭完成時代を迎えなければなりません。ゆえに、ここにおいて私たちは、家庭盟誓が「必要だった」、「必要だ」、「必要だろう」、どれになるのですか。「必要だ」となるのです。これは千年、万年の表題になります。驚くべきことです。堕落した宗教の仮面を脱ぎ、解放の位置において、私がこのような盟誓文を暗唱できることを感謝しなければなりません。涙なしでは暗唱できない、数多くの恨があったのです。血を流し、この血の祭壇を統一教会まで引っ張ってきたのです。その血の祭壇から、これを踏み越えることなくしては、この世界から天国に行くことができません。ゆえに、この祭壇がなければならないのです。(261-098,1994.5.22)
②成約時代安着と家庭時代の出発
「真の父母と成約時代の安着」、これは恐ろしい言葉です。「真の父母と成約時代の安着」とは、サタン世界で闘って勝利したということです。家庭、氏族、民族、国家、世界、天地が動員されたそのすべてと戦い、勝利して成したのが成約時代です。約束を成して安着したのです。これは驚くべきことです。
堕落とは何ですか。アダムが天使長を主管しなければならなかったのに、それが逆になってしまったのです。皆さんは天地のサタンを屈服させ、その上に上がっていかなければなりません。さもなければ安着できません。それは、言葉ではたやすいですが、どれほど難しいか分かりません。「先生と完全に一つになろう」という信念をもっていれば、どこに行こうと、先生がすることを果たせるのです。(268-79,1995.3.5)
1992年を中心として、世界に「メシヤ」を宣布し、「真の父母」を宣布してきました。このようにして、すべてを集め、1993年に入って、5月13日からアメリカを中心として「真の父母と成約時代」を発表したのです。そのようにできる環境を、すべてつくったのです。
周知のとおり、アメリカは全世界を代表した国です。キリスト教文化圏において最終定着地になる国です。今からは、真の御父母様を中心として、新しい時代に転換するのです。成約時代に入るのです。今回の宣布は、地上においては初めての出来事でした。今まで神様は、この時をどれほど待ち焦がれていたことでしょうか。
歴史時代において、神様はどれほど悲惨な立場にいましたか。今や、希望の時代が近づきました。「真の父母」を宣布し得る時代に入ったのです。これは歴史的であり、宇宙史的な事件です。今までの歴史において、このような事件はありませんでした。(248-175,1993.8.3)
創世以後、神様の復帰摂理は、何千万年の歴史を経てきましたが、その基準を立てることはできませんでした。先生が来て、統一教会時代において明らかにし、初めてこれが可能になったのです。それゆえに「成約時代」を発表し、「真の父母」を発表したのです。これは世界的な事件です。事件というよりは、新しい世界を創建できる一つの起源となるのです。
「真の父母」という思想と、「成約時代」というその言葉自体が、そうなのです。成約時代は、何の約束を成すのですか。神様が人間と共に創造した、その約束を成すのです。復帰摂理時代でも救援摂理時代でもありません。創造理想世界が実現するのです。ですから「真の父母」という名は、人間よりも神様が先に考えたのです。真の父母の顕現は、創造理想です。(248-188,1993.9.30)
神様は、救いの摂理を世界的に拡大してこられました。それは、新約時代を経て成約時代へ、どのように移るのでしょうか。成約時代とは、神様と人間の一体圏をいいます。真の愛によって一体圏を成し、平等な価値の内容を連結する立場になるのです。神様だからといって縦的だけでなく、人間だからといって横的なだけではありません。縦と横が一つになるのです。(252-154,1993.12.29)
1972年から1992年までの20年間は、韓国を中心としてキリスト教の使命を果たす期間でした。この期間、私は、国家的な次元で旧約時代に相当することを成しました。真の御父母様が1960年に結婚式を行い、世界的舞台のアメリカで成してきたことは、旧約時代と新約時代の関係と完全に一致するのです。内容が同じです。そうして、この期間に真の父母の世界的な定着が完了したのです。それで成約時代を発表したのです。これからは神様と共に生活するのです。私たち統一教会員は、神様と共に暮らすのです。(264-301,1993.4.20)
成約時代とは何でしょうか。中心である真の父母の家庭が、堕落圏世界において完全に勝利して越えた時を意味するのです。そうなればその環境には、「文総裁の家庭をやっつけよう」と言う怨讐はいなくなります。そのような人たちは、闘って負けたので、いなくなるのです。いくら射撃のチャンピオンでも、オリンピックに出て負ければ、「自分が1番だ」と言えますか。自分がもっているチャンピオン杯を譲り渡さなければならないのです。(234-295,1992.8.27)
真の父母と成約時代というのは、アダムとエバが完成して堕落していない位置に帰らなければならないのです。そして、全世界の女性は、お母様の分身として扱うのです。アダムも一人で、エバも一人です。これが、重要です。完成したアダム一人、エバも一人にならなければなりません。(266-64,1994.12.11)
成約時代は、家庭に帰る時代です。統一は個人からです。この峠を越えなければ永遠に天国に入れません。長子権を復帰できません。自然屈伏させなければならないのです。強制屈伏ではありません。説得屈伏です。
皆さんは自然屈伏しましたか、それとも強制屈伏しましたか。説得されたので自然屈伏しましたね? こうして地上天国と天上天国の家庭的エデンで成されたものが、世界のすべての国家において同時に成されるのです。そのような数千年かかった勝利の覇権を、真の父母の家庭をモデルとしてすべて一時に型取れる青写真があるのです。それをすべて配布しなければなりません。型取ればどこで作ってもカチャン、カチャンと製品が出るように、全世界50億人類の家庭が家庭的に接ぎ木され、失われた解放の国と天国に帰るのです。この時が成約時代、すなわち約束を成す時代です。(245-157,1993.2.28)
今日、歴史的路程において最も重要なこととは何かというと、選民圏が生じたことです。この時代になり、世界的途上で、蘇生、長成、完成の3段階の基盤を連結させるのです。イスラエル民族は蘇生級、キリスト教は長成級、そして統一教会は完成級です。イスラエル圏を中心としたものが旧約時代ならば、キリスト教は新約時代であり、統一教会は成約時代です。成約時代とは何かというと、成し遂げるということです。何を成し遂げるのでしょうか。個人的に成し遂げ、家庭的に成し遂げ、氏族、民族、国家、世界的に成し遂げるのです。何を中心としてですか。神様の愛と神様の生命と、神様の血統を中心として連結するのです。単一血統、単一愛、単一生命の伝統です。そうなれば、サタンは離れざるを得ません。接ぎ木によって、サタンの血統的因縁がなくなるのです。(226-275,1992.2.9)
問題は何でしょうか。家庭が完全でなければなりません。家庭的カナン復帰完成時代である成約時代を迎えたので、皆さんの家庭はみ言に従って完成し、定着しなければなりません。そのような時代が来たことを知らなければなりません。それゆえに、そのみ言を聞く時は、聞き流してはいけません。そのみ言は、先生が生死の境で、死境をさまよいながら「このみ言を残さん」として明確に解いたものです。それを知らなければなりません。(292-122,1998.3.28)
第二次大戦直後に、キリスト教文化圏とアメリカを中心として一つの世界を形成したならば、どれほど早かったでしょうか。アメリカとキリスト教文化圏が世界を支配するその時代に、もし内的に一つになっていれば、どれほど早かっただろうかというのです。そのように見れば、第二次大戦直後は、神様においては歴史上最大の希望の一時であり、サタンにおいては最大の危機の時でした。その時に、キリスト教文化圏と、アメリカを中心とした自由世界が統一教会を受け入れていたならば、その時から、霊界の統一圏を地上の統一圏に一致化させていたはずです。これが摂理観です。(161-220,1987.2.15)
今からサタン世界は、どんどん崩壊していきます。見ていなさい。サタン世界は、個人、家庭、氏族、民族、国家が行く方向や中心を、すべて失ってしまいました。しかし、私たち統一教会はすべてを備えていくので、交差するのです。昔は、統一教会がサタン世界の支配下にありましたが、これが交差し、反対になるのです。これが安着です。(268-79,1995.3.5)
成約時代とは何でしょうか。サタンの主管圏を越えて成される世界だということを知らなければなりません。成約時代は、何をもって完成していくのでしょうか。祝福家庭を通して成し遂げていくのです。それゆえに、アダム家庭、ノア家庭、ヤコブ家庭などの家庭が出てきたのです。それから先生の時代になって、イエス様家庭を編成したのです。
イエス様家庭を編成するのと同じ立場で編成したものが、36家庭、72家庭、124家庭です。430家庭は韓国を代表していますが、韓国の4300年の歴史を中心とした430家庭を中心として、世界の43家庭を連結させたのです。777家庭はすべての国家を代表し、それから1800家庭を経て、現在は8000家庭、7000以上の家庭へと越えてきているのです。ですから、世界的な足場となる基台ができるのです。成約時代は、家庭を通して成していくのです。
イエス様以降でも、12弟子と70門徒を中心として、すべて編成するのです。12使徒と70門徒、そして、120門徒の実体が家庭を中心として成されるということです。(131-71,1984.4.16)
今年(1995年)の標語は、「真の父母様の勝利圏を相続しよう」です。「圏」とは個人的世界版図、家庭的世界版図、氏族的世界版図、民族的世界版図、国家的世界版図、世界的世界版図、天宙的世界版図、地獄と天国の版図です。そこまで先生が統一し、解放してあげたのです。今からサタンは後退します。日が経てば経つほど、すべて衰退していくのです。
エデンにおいて、善悪の出発が兄弟間で起こったので、世界の人々は今日「地球村になった」と言っているのです。先生の教えでは、「地球家庭になった」と解いています。地球家庭と地球村は相対的関係です。一方は、サタン世界を代表したカイン的位置であり、兄の位置です。地球家庭は、統一教会のアベルの位置です。これが一つにならなければなりません。(267-254,1995.1.8)
カイン世界は、統一教会に従わざるを得ません。家庭を完成するには、個人を完成しなければなりません。個人完成、家庭理念というものや、真の男性、真の女性は、統一教会以外にはありません。統一教会は、エイズと関係なく、フリーセックスと関係なく、ホモと関係なく、レズビアンと関係なく、麻薬と関係ありません。ですから、真の愛を中心として、個人的中心を完成し、家庭的中心を完成し、氏族、世界、天宙の解放圏を完成するのです。そして、神様と真の父母様まで解放し、孝子の道理、忠臣の道理、聖人の道理、聖子の道理を完成すれば、天上世界と地上世界を自由に往来できる解放がなされるのです。
それが、先生の教えの目的、人格者になるという道です。結論は簡単です。世界的な解放圏を完成させるために数多くの事情を経ながら、先生が50年の生涯、一生にわたって迫害の道、あざけりの道、あらゆる追放の道を経て、今は、神様が願われた世界的勝利圏を全人類の前に相続してあげられる時代が来たのです。父母が自ら備えたすべてをその子女に、代価なく、愛をもって相続する時が来たのです。(267-254,1995.1.8)
地上天国と天上天国が一つになり、そこで神様の真の愛を中心として一致した家庭生活をした人が、地上で暮らしたのちに、天国の家庭へと移動していくのです。ですから、個人の救いの時代ではありません。
キリスト教を見ると「個人の救いだ」と言っていますが、それは違います。家庭の救いが神様のみ旨です。堕落は家庭で起きたので、復帰も家庭でなさなければなりません。そのような時代が来ました。今や真の父母を中心として……。今まで、地上の歴史時代にはなかったことです。初めて、新しく定着時代に入ってきたのです。
今年(1994年)の標語は、「真の父母と成約時代の安着」です。真の父母様の家庭が初めて定着するのです。真の父母の家庭を中心として、今まで祝福を受けた家庭を中心として、氏族、民族、国家が編成されるのです。これは世界的な版図になっているので、今から定着時代に入っていくのです。放浪の身ではありません。それゆえ体制をつくらなければなりません。
家庭を連合して氏族、氏族を連合して民族、民族を連合して国家を編成する時代に入るのです。私たちの力で、家庭を中心とした地上天国の基盤をつくらなければなりません。(260-304,1994.5.19)
③「世界平和家庭連合」の創立、世界家庭化時代へ
世界基督教統一神霊協会の使命が終わることによって、宗教の使命が終わり、人類史上初めて宗教を必要とせず、救いを必要としない新しい時代へ入っていくのです。「家庭連合」は、家庭を理想家庭につくりあげて、神様の創造理想を復帰完成し、天的理想世界を立てるのです。(283-9,1997.4.8)
家庭が定着しなければなりません。今までの宗教は、個人圏を目標としたのであって、家庭圏を目標とした宗教はありません。すべて家庭を捨てて、出家していきました。今は、時代が違います。どんな宗教も個人の救いを唱えていたのであり、そこには家庭救援や氏族救援、国家救援という言葉はありませんでした。私たち統一教会は、家庭を中心として国家救援、世界救援を主張しているのです。(283-106,1997.4.8)
家庭が定着し、世界と通じることができる家庭となってこそ、エデンで願われた神様の創造理想の結実が現れるのです。息子、娘を中心として横的に拡大し、それが神様の願われた氏族となり、それがまた自動的に民族に連結しなければなりません。(283-84,1997.4.8)
ゆえに、家庭が重要です。すべてのものは、「世界平和統一家庭連合」で終わるのです。さあ、「世界平和統一家庭連合」と、一度言ってみてください。(「世界平和統一家庭連合」)。その中心は何かというと、家庭です。(283-93,1997.4.8)
「世界平和家庭連合」を成し遂げることができなければ、平和世界は絶対に訪れません。これは重要です。家庭がそれくらい重要なのです。平和世界も家庭から始まるのです。
家庭に家族が10人いれば、その家族10人がすべて一つにならなければなりません。一つとなり、お互いが縦横、前後、左右において立体的に和合するようになれば、理想的平和の世界が訪れるのです。「世界家庭連合」を完成し、平和の世界を創建しましょう! 創建とは、再度収拾して建てようということです。(232-322,1992.7.10)
今からは「世界平和統一家庭連合」です。家庭が根源地です。家庭を中心として、その家庭に神様をお迎えし、その氏族に神様をお迎えし、その国に神様をお迎えするのです。神様と一体となれる家庭の理想を実現せずしては、地上天国はできません。(300-229,1999.3.23)
統一教会といえば、「世界平和統一家庭連合」です。とすれば、皆さんの家庭でも、「世界平和家庭連合」という家庭連合が立てられるのです。サタン的家庭や、中間的な天側の天使長家庭、そしてアダム家庭など、すべてを収拾しなければなりませんが、これらは結婚を誤ってばらばらになっているので、結婚を正しく行って完成級に入り、統一的な世界へ越えていかなければなりません。こんなに上がってきた坂道、険しいヒマラヤ山脈が、これからは平地になります。そのような時代に越えていくのです。それゆえ40年の峠を越えると同時に「世界平和統一家庭連合」をつくりましたが、それを形成するには絶対的な規約が必要です。その絶対的な規約、憲法のようなものが家庭盟誓です。「家庭盟誓」という言葉は歴史にありません。天国に向かう、天国を完成する家庭盟誓です。(264-244,1994.11.3)
今までは中身がありませんでした。では、その中身とは何でしょうか。今後、出てくる「世界平和家庭連合」です。四位基台の完成です。神様の創造理想とは何ですか。神様のみ旨の完成です。では、神様のみ旨とは何ですか。神様の創造理想の完成です。では、神様の創造理想の完成とは何ですか。四位基台の完成です。では、四位基台の完成とは何ですか。父、母、息子、娘すべてが一つとなり、神様が踊れば共に踊ることです。神様の調子に合わせて踊り歌えることが神様のみ旨の完成です。(232-54,1992.7.1)
第二次大戦以後、キリスト教文化圏は、世界統一を成したその基準を整理し、7年路程の上で世界の方向を定めなければなりませんでした。
その7年路程に、今年(1994年)も含まれます。このような時が来たので、40年目にして「家庭連合」をつくり、すべて平面的に立つことができるのです。ですから、世界統一を成そうとしたのと同じように、この時に家庭さえ一遍に統一されれば、すべてのものを蕩減することができるのです。
ゆえに、この盟誓文を唱えようとすれば、心と体が一つになり、夫婦が一つになり、子女が一つになって、初めて唱えられるということを知らなければなりません。これが一つにならなければ、サタン世界に属するのです。この盟誓文は、その上で暗唱するのです。それゆえに、家庭盟誓が出てきたのです。それで、全世界を、「家庭連合」がこの盟誓文を中心として強力に統治していくのです。毎月1日と15日は、家庭において礼拝を行うのです。二つの組織になるのです。カインとアベルになるのです。(265-249,1994.11.23)
本然的アダム家庭の世界型版図に加入しなければならない時代に入ってきたので、全世界の人々は、家庭を中心として完成しなければなりません。ここで完成しなければならないこととは何でしょうか。堕落した家庭を、蕩減復帰した家庭にしなければなりません。このことは、「家庭連合」を通して、世界的に、各自が努力して備えなければならないのです。完成は、アダムとエバがしなければなりません。神様がしてあげるのではありません。また、真の父母がしてあげるのでもありません。これによって「家庭連合」が形成されるのです。これは世界的な組織です。堕落した世界の、アダムの血統を越えるのです。山を越え、坂道を越えるのと同じように、復帰過程を上がっていく途中で失敗すれば、いつでもこれを繰り返すのです。何百万年、何千万年を繰り返すのです。(275-9,1995.10.30)
人間は、夫婦の愛の伝統を立てることができませんでした。父母の伝統を残せなかった世の中に、これをすべて実践した「真の父母」の名をもった二人のお方がこの地に現れたということは、民族の誇りであり、歴史の光明です。
たとえ天地を与えても換えられない貴い宝物だということを知って、今日、厳粛にこの内的な因縁を相続し、皆さんの家庭で伝授することを願います。ゆえに、「世界平和家庭連合」が定着しなければなりません。家庭に帰っていかなければなりません。(231-89,1992.5.31)
家庭は、世界を代表することができる平和の道、統一の道を行かなければなりません。すべてのものは、家庭と連合した基準に連結されたものだということを知らなければなりません。今後、素晴らしい家庭は、出世するのです。(283-54,1997.4.8)
これからは家庭中心です。ですから、独りで行くことはできません。今後は、人事も夫婦一体です。夫が長ならば、妻は副責任者です。また、その息子、娘があらゆる実力基準において優秀な場合には、彼らを重要な部署に、家庭的に配置するのです。そのようにして、一族で配置することができるのです。(283-51,1997.4.8)
今後、重要視しなければならないことは、「世界平和統一家庭連合」ですが、そこから世界を忘れてしまってはいけません。世界を忘れてしまえば、平和になってどうするのですか。また、平和を忘れてしまえば、統一をしてどうするのですか。統一がなければ、家庭をもって何をするのですか。家庭は、一つの家庭ではありません。連合の主管がなければ、家庭をもってどうするのですか。すべて関係しているのです。連合を考えれば、統一を考え、家庭を考え、平和を考え、世界を考えなければならないのであり、世界を考えれば、平和を考え、「統一家庭連合」を考えなければならないのです。一体だというのです。神様が臨在できる世界の代表の主人となり、平和の主人となり、統一の主人となり、家庭の主人となり、連合世界の統一天下の主人となるのです。そこに、神様が臨在し得るのです。(283-51,1997.4.8)
最近は「地球村」という言葉を言うでしょう? 地球家庭時代に向かって入っていくのです。地球村でもありません。地球家庭です! 「地球村」という、その言葉は、今日「家庭連合」が出てきたのと相対的な世界を成しているのです。神様のみ旨を中心として「家庭連合」が出てきたので、世界の環境が相対的に成されなければなりません。これが対等な時代に入ってきたので、一度、始めさえすれば一時に世界化される時代が来たのです。先生が話していることは、夢のような話ではありません。(275-36,1995.10.30)
今日、世界は経済圏を中心として一つになろうとしているでしょう? 政治圏と文化交流、また経済や知識や権力をもって、力の平準を通してこれを一つにしようとしているのでしょう? しかし、それは違います。世界を一つにする歴史的、統合的な中心方案は、真の愛です。歴史が行くべき方向はあるのですが、それは経済圏をもって一つにすることはできません。愛です。真の愛を中心として偽りの愛を収拾し、上下を連結しなければなりません。歴史的な真なる方向は一つです。その真の方向に従って個人の人生観、家庭観、民族観、国家観、世界観があり、これがだんだんと広がっていくのです。個人時代、家庭時代、氏族時代、このようにずーっと進んでいく中において、その中央線を貫いているものは真の愛の方向性です。(211-310,1991.1.1)
なぜ再臨主が必要であり、真の父母が必要なのでしょうか。歴史時代において、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界へ発展してきたすべての家庭は、真の父母と共に生活したことがないのです。再臨主が来た時に、英、米、仏を中心とした統一世界になっていたとしても、真の父母を中心として、家庭の統一から始めなければならないのです。真の父母を中心として、家庭が連合しなければならないのです。家庭が一つになれば、氏族は問題ではありません。民族も問題ではなく、国家も問題ではありません。
なぜでしょうか。真の父母は、世界的版図の上に来られるのです。世界的版図の勝利的基盤の上に来られるのが、真の父母様です。このお方は、何をするために来られるのでしょうか。このお方は真の父母ですが、家庭時代の代表の真の父母として来られるのです。過去の氏族的な時代の真の父母として、民族的な時代の真の父母として、国家的な時代の真の父母として連結させなければなりません。(263-203,1994.10.4)
地球村時代を越え、地球家庭時代です。地球家庭時代へと越えていくためには、早急に平準化された基準をつくらなければなりません。世界にそのような機構をつくらなければならないので、今回の首脳会談でも、宗教の国連と女性の機構をつくることを宣布したのです。今、その作業をニューヨークで行っています。有名な学者やトップ層を中心として行っているのです。学者たちを通して、国務省や、政策的方向において誤っていることをコーチしているのです。(260-293,1994.5.19)
④家庭盟誓を立てた理由
祝福家庭はすべて、天使世界を踏まなければならず、踏んで父母様をお迎えできるように、自分の家庭やその国家を、すべてそのまま父母のものとして相続しなければなりません。それで、今年(1994年)において5月に入ると同時に「世界平和統一家庭連合」を創設したのです。
それと同時にサタン世界・天使長世界と、アダム世界とをはっきりと区分し、境界線をつくるためのものとして家庭盟誓が出てきたのです。この家庭盟誓により、初めてサタン世界と完全に隔離されるのです。(266-69,1994.12.11)
家庭盟誓を暗唱できる時代が来たということは、歴史的に驚くべき事実です。今までは個人主義的な生活をしてきたのですが、これからは家庭主義的生活に移行していくのです。自分独りではありません。夫が行けば、最初から妻は、それに従っていくのです。夫婦が自動的に従っていく生活をしなければなりません。ばらばらになってはいけません。常に統一された、同じ生活圏内で暮らす生活をしなければなりません。
近ごろは電話があるので、手紙も必要ないでしょう? そのような時代が来ました。常に同じ立場で暮らす生活環境を成していかなければなりません。そのようにしなくては家庭盟誓のとおりに完成できないのです。盟誓文の誓いは、必ず成し遂げなければなりません。(260-309,1994.5.19)
「家庭盟誓」を暗唱することができるということは、堕落する前の完成したアダムの立場にいるということですが、これはどういうことでしょうか。父母から偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統を受け継いだのが堕落した家庭ですが、皆さんは、堕落せずに完成したアダムとエバの位置にいる真の父母を中心とした真の愛によって生まれた子女なので、堕落していない家庭となるのです。
それでは、「家庭盟誓」とは何でしょうか。それによって、本然的な家庭の権限一切を賦与するのです。堕落したのですが、堕落していない本然の位置に帰り、永遠の原則的基盤の上で氏族が連結され、民族、国家、世界が連結されなければなりません。このようになってこそ、地上天国ができるのです。
それゆえに、家庭盟誓は、心と体が一つになっていない人には暗唱することはできません。夫婦が一つになっていない人には暗唱できないのです。息子、娘と一つになっていない人には、暗唱はできません。これを知らなければ、盟誓文全体が、すべてばらばらになってしまいます。(261-279,1994.6.20)
「家庭盟誓」は、すべてのものを清算するものです。ゆえに、「家庭盟誓」の第3節を見れば、四大心情圏、三大王権、皇族圏を完成しなければならないといっています。その以下の節は、復帰する順序を組んでつくったのです。ゆえに、家庭盟誓は、どのような人が暗唱できるのですか。サタン世界の偽りの父母による、偽りの愛と偽りの生命の因縁をもっている人は、暗唱できません。
本然の世界に帰っていき、神様と堕落していない真の父母様と一つになり、真の愛で心と体が一つになり、夫婦が一つになり、子女が一つになれる基準に立った人だけが、この家庭盟誓を暗唱できるようになっているのです。天国は、どのような人が入るのでしょうか。天国には誰でも入るのではありません。心と体が一つになり、夫婦が一つになり、子女が一つになり、3代が暮らす家庭の四位基台の基盤を築いて入っていくのです。ですから、天国に入っていこうとすれば、出発する基地である家庭を中心として、完全に統一しなければなりません。このようにできる人たちが暗唱する宣誓文が、家庭盟誓だということをしらなければなりません。(264-212,1994.11.3)
家庭盟誓を暗唱できる人は、完成した家庭の位置に立たなければならないので、心と体が一つにならなければならないことを知らなければなりません。心と体が一つになっていない人には、家庭盟誓が暗唱できないことを知らなければなりません。心と体が一つになっていますか。堕落したので、心と体が分裂したことを知ったでしょう? 偽りの父母、偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統なので、これをすべて清算しなければなりません。真の愛、真の生命、真の血統を復帰しなければならないのです。(267-146,1995.14)
家庭盟誓と一つになり、家庭に定着すれば、既に自分たちは、地上地獄で暮らすのではなく、新しい世界的な天上天国の世界で暮らしているのです。ですから、家庭盟誓を暗唱する人は、昔の地獄世界ではなく、別の世界で暮らしているという気持ちをもたなければなりません。その家庭では、争いがあってはいけません。泣きわめいたりしてはならないのです。真の愛を実践しなければなりません。家庭盟誓を暗唱する時は、必ず心と体が一つになり、夫婦が一つになり、息子、娘が一つになった上で唱えるのです。
偽りの愛が始まることによって、心と体が分裂し、夫婦が分裂し、兄弟が分裂したので、蕩減復帰の原則に従って一つになれる家庭を取り戻すためには、心と体が一つになり、夫婦が一つになり、兄弟が一つになれる位置を再び築かなければなりません。そのようにすることにより、天上天国と地上天国とが連結されるのです。(260-317,1994.5.19)
家庭盟誓の徹底化が必要です。家庭盟誓を徹底化した人が、祝福を受けて祝福家庭に加入するのです。祝福家庭に加入すれば、間違いなく家庭盟誓のとおりに完成した家庭として、天の前に奉献しても恥ずかしくない家庭を、お互いがつくらなければなりません。
そのようにすれば、その家庭を中心として神様の版図が自然に広がっていくのです。天国理想が広がっていくのです。(260-231,1994.5.19)
ほかの国に家庭盟誓がありますか。サタン世界のどの国に家庭盟誓がありますか。ありません。どこかの国で家庭盟誓を立てて、このように家庭全体を代表して誓っていますか。誓いは、実践しなければならないのです。誓いは、成し遂げなければなりません。言葉だけでなく、それを成し遂げなければならないのです。(274-195,1995.11.3)
家庭盟誓は、神様を中心として暗唱しなければなりません。ですから、相対にならなければなりません。すべて相対です。心と体が相対になっていますか、なっていませんか。目は二つですが、片方はサタン側として死んだのと同じです。皆さんが見るものは、すべて2種類です。道を進んでいっても、二つの道を行くのです。ですから、常に批判しなければなりません。食べるのも2種類です。天が私を保護できる、正当なものを食べているのかというのです。世話を受けながら食べるのは、いけないのです。ですから、今から私たちは家庭盟誓を暗唱しなければなりません。(260-156,1994.5.2)
きょうは、5月1日(1994年)です。今までの宣誓文の前に敬礼を三拝し、「父母様がすべて成し遂げたことを代わりに相続し、新しい盟誓文に移ります」と祈祷しなさい。そして、それを相続し、「このような新しい『家庭盟誓』の時代に移されます」と言って、「申し訳ありません」という気持ちをもって祈らなければなりません。盟誓文に悔い改めなければなりません。これからは「私の誓い」と「家庭宣誓」はやめ、「家庭盟誓」を暗唱するのです。祝福家庭でない人も、家庭盟誓を一緒に暗唱するのです。一般の人も、すべてここに入っていかなければなりません。(260-156,1994.5.2)
2)家庭盟誓の意味と特徴
①家庭盟誓の重要性
「家庭盟誓」は、すべての原理の内容を中心として、家庭編成に適した核心的内容を抜粋して記録したものです。そのようなものであることを知って、皆さんは、祈祷する前には、必ず盟誓文をすらすらと暗唱し、現在の自分自身と自らの家庭の状態が盟誓文のとおりになっているか、いないかをたださなければなりません。そして、盟誓文のとおりになっていなければ、すぐにそれを是正していかなければなりません。盟誓文のとおりに完成しなければなりません。過去においては「私の誓い」と言ったでしょう? 今は何ですか。家庭盟誓を暗唱すれば、その中にすべてが入っているのですが、今後は「国家盟誓」、「世界盟誓」まで出てこなければなりません。(260-305,1994.5.19)
この盟誓文は、復帰摂理の骨子を抜き出してつくったものですが、どこへ行こうと、毎日これを中心として生きなければなりません。すべての盟誓文において、最初の文句は真の愛です。真の愛とは何ですか。自らの心と体を祭物として神様の前に捧げれば、神様まで一つになって私たちに返してくれるのです。自らの心と体を捧げなくては、神様と一つになり、返してもらうことができないのです。絶対信仰、絶対愛、絶対服従する立場で神様の前に捧げるようになれば、神様と一つになり、神様が私たちの前に立たれるのです。そのようにして、万事が天の指示どおりに動くならば、地上・天上天国のすべてのものが成されるのです。(285-297,1997.6.29)
盟誓文を朝、昼、晩の食事の時と、起きた時と寝る時、このように5回ずつ暗唱しながら自分自身を批判し、心と体が闘う基準に連結したものをすべて清算しなければなりません。そして、一つになっていなければ、朝食を食べることができず、また昼食や夕食を食べることができないのです。ご飯を食べてはいけないのであり、寝てはいけないのです。盟誓文は、個人的誓いとは異なります。家庭盟誓です。
摂理の時、私たちは誓いをするのですが、今は個人ではなく家庭です。家庭がすべての公式であり、根本です。ですから、家庭を代表して暗唱するのです。父親が全体の家庭を代表して暗唱し、母親も全体の家庭を代表して暗唱し、また息子、娘も全体の家庭を代表して暗唱するのです。
第1に、心と体が一つにならなければなりません。第2に、夫婦が一つになるのです。第3に、子女が一つになるのです。どうしてでしょうか。エデンにおいて神様を失ってしまいました。アダムとエバを中心として個人を失い、家庭を失い、子女を失ってしまいました。これを復帰しなければなりません。
ですから、家庭盟誓は心と体が一つにならなければなりません。夫婦が一つにならなければなりません。そして、子女が一つにならなければなりません。(267-146,1995.1.)
家庭盟誓の最初は何ですか。「私たちの家庭は真の愛を中心として」です。すべて「私たちの家庭は真の愛を中心として」と言うのです。家庭盟誓の8大項目の中で、表題は何かというと、「私たちの家庭は真の愛を中心として」という言葉です。真の愛とは何ですか。真の愛というのは、神様の愛と真の父母の愛が堕落しないで一つとなり、真の愛を中心として真の生命、真の血統が連結されたことを意味するのです。
堕落したので、今までの摂理観はすべて、「独身生活しなさい」と言いました。なぜですか。堕落した家庭を抱き、その家庭で暮らしている人は追い出されました。蕩減復帰して反対の道を行くので、追い出された所から再び出てこなければならず、結婚を間違ってそのようになったので、結婚生活をしてはならないのです。それで、私たち祝福家庭が真の愛を中心としているというのは、神様と真の父母の愛を中心として血統的に因縁を結んでいるということです。(266-143,1994.12.22)
家庭が、すべての団体の根本です。ですから、問題は簡単です。世界の統一は、良心と体が一つになり、夫婦が一つになり、息子、娘が一つになるところから始まるのです。世界の統一は、そこから始まるのです。
ですから、一番の怨讐は、心の前における体です。体はサタン側です。心と体が一つになりさえすれば、天下がすべて変わるのです。歴史始まって以来、今まで、いかなる聖人もそのことを教えてくれませんでした。真の父母が出てきて、初めて教えてくれるのです。
それでは、堕落したのですが、なぜ体が心を引きずり回すのでしょうか。偽りの愛で堕落したのですが、その偽りの愛の力が良心の力より強いので、問題が起こったのです。それは理論的にすべて分析されています。ゆえに、私たちは、心に神様の愛を注入しなければなりません。「神様を愛する」と言って注入しなければなりません。心と体が一つになれば、神様の愛が注入されるのです。(260-161,1994.5.2)
家庭が必要です。そこで自分のために生きますか、子女のために生きますか、それとも妻のために生きますか。子女のために生きなければなりません。なぜでしょうか。創造原則がそのようになっているからです。世の中の存在原則がそのようになっているからです。歴史がそのようになっているのです。神そのようにすれば、歴史過程に残されたすべての存在が自分と一つになるのです。
神様が創造したのは相対のためです。ですから、相対が自分よりも優れていることを願うのです。優れていることを願うのですが、何パーセント優れていることを願うのでしょうか。10パーセントですか。100パーセントですか。1000パーセントですか。永遠パーセントですか。永遠パーセントというのは、無限のパーセントということです。ですから、投入して忘れてしまわなければなりません。100パーセントだけ投入するのならば、100パーセントしか出てきません。ですから、投入して忘れ、投入して忘れ、投入して忘れてしまわなければならないのです。(260-152,1994.5.2)
失ってしまったものを再度編成して、天国に一致させてこそ、天上世界で空いている天国が回復されるのです。天上世界の天国が空いています。これをすべて合わせようとするので、仕方がないというのです。いくら皆さん自身がしたところで、通じません。北朝鮮の共産党がそうではないですか。土地改革を行うようになれば、すべて奪われざるを得ないのでです。一方通行で、すべてそのようにする時が来ることを知らなければなりません。
ですから、今の時において、これが遠くない将来に来るのです。今、先生は、南米と北米を統一しています。南米と北米が統一されれば、韓国と北朝鮮の統一は、あっという間です。それから、天の国を取り戻して立つ時は、その時からは天国の憲法が制定されるのです。
皆さんの家庭が唱えている家庭盟誓の中から、憲法が制定されるのです。四大心情圏と三大王権、そして皇族圏の内容から憲法が制定されれば、それは公式になるので、誰もがみな知るようになります。そのようになれば、欺くことはできません。(273-46,1995.10.21)
このような原則によって憲法が制定されれば、そのとおりに生活すればよいのです。そのようになれば、教会は必要ありません。そのとおりに生きればよいのであり、国のために忠誠を尽くせばよいのです。国のために忠誠を尽くし、忠臣になり、孝子になり、聖人、聖子にならなければならなかったのですが、そのようになれなかったので、それを教育するのです。全体を教育しなければなりません。それは、学校でしなければなりません。
皆さんには、まだそのような観念ができていないのであり、皆さんの時代においては、昔の観念は変わっていかなければなりません。皆さんの息子、娘、何代かを経て、これを是正しなければなりません。(260-161,1994.5.2)
家庭盟誓は、すべて初めに「真の愛を中心として」から始まるのです。復帰の道は、神様と一つになった真の愛の道から出発するのです。故郷に行っても神様を代身となり、真の父母様を代身とならなければなりません。(280-38,1996.10.13)
②家庭盟誓は復帰の総論を集約させたもの
家庭盟誓は、先生の歴史について述べた言葉です。先生が家庭を編成してきた歴史について述べた言葉だということを知らなければなりません。ですから、最初は何ですか。環境でしょう? 再創造歴史です。地上を復帰しなければなりません。一族を救い、その国を復帰しなければなりません。2番目は何ですか。「真の愛を中心として、神様と真の父母様に侍り、天宙の代表的家庭となり、中心的家庭となって……」、天宙の代表的家庭です。それは、誰の家庭のことですか。先生の家庭です。中心家庭です。その伝統を受け継ぎなさいというのです。
ですから、家庭では孝子となり、国家では忠臣、世界では聖人にならなければなりません。今までの歴史上の聖人は、問題ではありません。「神様の家庭を成して世界と連結させよう」という祝福家庭を取り戻さなければなりません。
天国には、二つの法があります。王宮の法と国の法です。地上天国にも、王宮の法と地上の法があります。この四つの法を、すべて知って守ることができる家庭にならなければなりません。その王宮に入っていっても侍られ、国に行っても侍られ、地上の王宮に行っても侍られ、地上の国に行っても侍られなければなりません。先生は、その道を行かなければなりません。その道において自然屈服させ、尊重される勝利の覇権を復帰しなければならないのが先生の行くべき道です。(280-35,1969.10.13)
皆さんは家庭で孝行し、国で忠誠を尽くし、世界で聖人の道を行き、天宙で聖子の道を行かなければなりません。それが先生の歴史です。皆さんも、4段階の道を行かなければなりません。すべては成すことができなくても、1段階目である孝子になったとしても、その国の救いを受けるのです。一つでもしなければなりません。
数多くの家庭の中で家庭の王座を守らなければならず、数多くの忠臣の中で忠臣の王にならなければならず、数多くの聖人の中で王にならなければならず、数多くの聖子の中でも王にならなければなりません。多くの聖子の中で王になってこそ相続を受けるのです。そのようになって、そこから相続を受けるということが始まるのです。祝福を受けたからといって、その家庭が相続を受けるのではありません。(280-35,1996.10.13)
聖子は、地上のすべての宗教を統治し、神様の代身の位置に行くことによって、家庭を中心とした世界を祝福するようになっているのです。家庭が別々、民族が別々、このようにはならないということを知らなければなりません。そのような位置に立ったので、四大心情圏と三大王権を成すことができるのです。
すべてが祝福の位置を越えることができる位置に立ち、王権に対して東西南北、すなわち12真珠門の360度方向の、どこにおいても自由に行動できるのです。ここから四大心情圏をもってくるのです。四大心情圏の中で、聖子の心情圏、聖人の心情圏、忠臣の心情圏、孝子の心情圏を越えることなくして、「四大心情圏を越えた」と言うことはできません。これが家庭盟誓の3番です。(280-35,1996.10.13)
4番は何ですか。「真の愛を中心として、神様の創造理想である天宙大家族を形成し……」、天宙大家族です。世界が兄弟です。一つの血統です。神様のように保護しなければなりません。神様の王宮の座に就いたとしても、この4番を成さなければなりません。天宙の大家族を形成し、自由と平和と統一と幸福の世界を完成しなければなりません。先生は、そのような心情です。天宙大家族主義者です。自由と、幸福と、統一と、平和を植えつけてあげなければなりません。その言葉は、何を表しているのですか。先生の歴史を表しているのです。先生の歴史が表題です。(230-35,1992.4.15)
頭の中にだけ入れたからといって良いのではありません。平和の世界、幸福の世界だけで暮らすのではありません。天上世界に直行できなければなりません。「真の愛を中心として、毎日、主体的天上世界と対象的地上世界の統一に向かい、前進的発展を促進化することをお誓い致します」です。前進的な自分たちになりなさいというのです。世の中がこのように邪悪なのにもかかわらず、ただ座って眺め、寝て休むことができますか。1秒、1秒が重要です。1日を、いかに、より復帰していくのかというのです。雨が降ったり、夜になったりすることが問題ではありません。天上世界がすべて壊れて、機能していないのです。ですから、それをするのです。先生がそれをするのです。地上世界を中心として、天上世界を手術して是正するのです。(280-35,1996.10.13)
6番は何ですか。「私たちの家庭は真の愛を中心として、神様と真の父母様の代身家庭として、天運を動かす家庭となり、天の祝福を周辺に連結させる家庭を完成することをお誓い致します」です。自分たちだけが幸せに暮らすのではないのです。自分だけ幸せに暮らしてはいけないのです。神様は、そうではありません。父母は、そうではありません。息子、娘がもっと幸せになるようにしなければならないのです。四方にすべて連結させる家庭を完成しなければなりません。(280-35,1996.10.13)
7番は、「私たちの家庭は真の愛を中心として、本然の血統と連結された為に生きる生活を通して、心情文化世界を完成することをお誓い致します」です。本然の血統です。本然の血統と連結された心情文化世界です。どこにも、引っ掛かるものはありません。地獄に行こうと、天国に行こうと解放です。これは復帰の総論を越えて……。総論だけではありません。序論から主な内容、そして結論までのすべてを集約させたものが家庭盟誓です。
先生のこのような話を聞けば、考え方が変わるはずです。今後、国をつくりあげれば、皆さんもその歴史をすべて話してあげなければなりません。そのような内容です。(280-35,1996.10.13)
最近、家庭盟誓の文の8番ができたでしょう。「成約時代を迎え、絶対信仰、絶対愛、絶対服従によって、神人愛一体理想を成し、地上天国と天上天国の解放圏(と釈放圏)を完成することをお誓い致します」です。簡単なことです。解放ではなく、解放圏です。皆さんの家だけに行ってはいけません。地上において、皆さんの国と皆さんの世界に、完全に責任を負わなければならないのです。(293-252,1998.6.1)
私たち統一教会は、40年の峠を越えながら、「世界平和統一家庭連合」をつくりました。それを成し遂げるためには絶対的規約が必要なのですが、その絶対的規約、憲法のようなものが何かというと家庭盟誓です。「家庭盟誓」という言葉は歴史にありません。天国に向かう、天国を完成した家庭盟誓です。(264-244,1994.11.3)
家庭盟誓をよく見れば、蕩減復帰の内容を中心として完全に解放される内容になっています。ですから、これを暗唱する人は、堕落した世界の家庭圏ではなく、完成した家庭圏内に入ってきた人です。真の愛を中心として家庭圏が形成されることにより、偽りの愛によって分立された心身の統一が起きるのです。ですから、心と体が一つにならなくては家庭盟誓を暗唱できません。(264-244,1994.11.3)
③家庭盟誓の中心思想は「真の愛」
統一教会では、「家庭盟誓」というものを宣布しました。家庭盟誓は、一般の人が暗唱するのではありません。家庭盟誓は、誰もが暗唱できるものではありません。家庭盟誓の8大条項の書き出しは、「私たちの家庭は真の愛を中心として」となっています。それが前提となっています。それは何を意味しているのでしょうか。その言葉は、サタン世界と関係がない基盤から話しているのです。なぜ家庭盟誓に真の愛を前提条件としたのかというと、堕落がなかったエデンの園の本然の世界に入っていることを主張するためです。(263-194,1994.10.4)
家庭盟誓をすべて説明してあげましたか。家庭盟誓は、1から8まで「私たちの家庭は真の愛を中心として」という言葉が表題になっています。真の愛とは何ですか。今後、皆さんが真の愛を中心として一つにならないまま霊界に行っては、神様に侍って生活することはできません。(268-98,1995.3.12)
真なる私と真なる家庭を復帰しなければなりません。「家庭」といえば、3代のことをいうのです。祖父母と父母と子女です。これを拡大したものが世界です。それゆえに、どのような人であろうと、父母、夫婦、兄弟、子女が必要です。これは公式です。それを愛することができなかった人は、天国に行くことができません。家庭盟誓に出てくる四大心情と三大王権、皇族圏を体恤できなければ、天国に行けなくなっているのです。(272-212,1995.8.30)
「家庭盟誓」の最初の部分は何ですか。最初は、どのようになっていますか。「私たちの家庭は真の愛を中心として」です。真の愛です。真の愛を中心として成すのです。堕落したので、真の愛をもてなかった人は、家庭をもつことはできません。それを知らなければなりません。真の愛をもてなかった人は、本来、神様の前に家庭をもてなくなっているのです。堕落とは何かというと、真の愛が腐っているのです。そうではありませんか。(27-195,1985.11.3)
すべてが相対的関係です。独断的にしてはいけません。そのようにすれば副作用が生じます。原理原則を中心として愛の理想世界を展開し、発展させようとすれば、投入できる内的因縁がなければなりません。それがなくては、発展できません。愛が広がっていかないのです。(287-303,1997.10.6)
「家庭盟誓」には、敵という概念がありません。個人の徹底した精神だけを要求するのです。家庭盟誓は、そのようになっているのです。探してみてください。怨讐という概念はありません。愛以外の内容はありません。地上天国の内容に適合した基礎的な柱と同じです。地上天国建設のための基礎公式なのです。(295-245,1998.8.28)
「私たちの家庭は真の愛を中心として」、これによってすべて越えていくのです。真の愛を中心として、すべて越えていくのです。
父母の誓い、夫婦の誓い、子女の誓い、血族の誓い、一族の誓い、国家の誓いは、すべて真の愛を中心として越えていくのです。真の愛は、引っ掛かるところがありません。真の愛という言葉は、投入して忘れるということです。(270-289,1995.7.16)
④家庭盟誓を基準として生きよ
家庭盟誓を完成しなければ、天国に入っていくことはできません。キリスト教徒たちは、「イエス様を信じれば天国に行く」と言っていますが、天国に行くのはそれほど簡単なことではありません。今、全世界はキリスト教文化圏ですが、天国になっていますか。地獄の中の地獄になっているのです。地獄に近いのですか、天国に近いのですか。境界線で見れば、境界線を越えていきましたか、越えていきませんでしたか。自らがどの位置にいるのかすべて分かるのです。どの位置なのか、すべて分かるようになっているのです。それで、家庭盟誓が出てくるのです。そのような基盤ができて、家庭盟誓が出たということを知らなければなりません。それで、「私たちの家庭は真の愛を中心として」というように、すべてに真の愛が入ってくるのです。真の愛を中心として個人、家庭、息子、娘を一つにして、父母として来られたことを知らなければなりません。(260-186,1994.5.8)
盟誓文には、すべて真の愛が入っています。真の愛は、この上で展開されるのです。心と体が一つになり、夫婦が一つになり、子女と一つになったのちにおいてこそ成されるのであって、それ以外には成されません。それができなければ、盟誓文を暗唱できないようにしなければなりません。今まで、個人的に盟誓文を暗唱してきましたが、実際は家庭です。
祈祷会をする時は、毎回この盟誓文を暗唱してから祈祷しなければなりません。心と体が一つにならなくては、祈祷することはできません。神様を「お父様」と呼ぶことはできません。私たちは、堕落がどのようにしてなされたのかを知っているので、直すことができるのです。(260-186,1994.5.8)
真の愛とは何でしょうか。心と体が一つにならなければなりません。どのようにすれば、一つになるのでしょうか。サタンの血統を断ち切らなければなりません。根を抜き取ってしまわなければなりません。それが宗教生活です。修養です。それで、心を中心として体を一つにするのです。体を打って心を強くし、心に体が従ってくるようにするのです。既に良心は、天国に行くことを知っているのです。体を打ってサタンを分立すれば、自然に切り離されるようになっているのです。真の愛といえば、そのようになっているのです。(260-186,1994.5.8)
神様は、心と体が闘いますか、一つになっていますか。一つになることは簡単ですか、難しいですか。世界をひっくり返すことよりも難しいのです。自らの完成は、世界に勝利することよりも、もっと難しいのです。いかにして心と体を一つにするのかというのですが、それは簡単なことではありません。難しいことですが、それはしなければならないことですか、してはならないことですか。しなければならないことです。そのような難しいところに、先生はハイウェイをつくりました。橋を架け、山にトンネルを通してハイウェイをつくったのです。先生は、先生のためにこのような苦労をする必要はないのです。世の中の人、皆さん、そして世界を救ってあげるために苦労したのであって、私を救うために苦労したのではありません。(260-186,1994.5.8)
霊界と地上において、すべて夢のような話が実現されるという事実ほど、恐ろしく、貴いものはありません。ゆえに、不平を言わずに素直に原理の道、み旨の道を行かなければなりません。それが神様と真の父母の伝統的な考えです。それは、相続しなければなりませんか、相続してはなりませんか。相続しなければなりません。
今、先生が「相続してはいけない」と言えば、どうするつもりですか。先生がそのように言ったとしても、皆さんが「相続しなければなりません!」と言えば、たとえ先生が反対し、逃げ回ったとしても、やむを得ず解放してあげざるを得ないのです。(283-92,1997.4.8)
家庭盟誓の1、2、3、……。すべてのものが原理原則です。これは、すべて暗記しなければなりません。それを知らなければ、摂理の方向が分かりません。方向が分からなければ、途中で混乱が生じるのです。家庭盟誓と、今回お母様が講演する内容は、新しい天宙復帰の大原則として本にして出版しなければなりません。
堕落したこの世界において、長子権を復帰し、家庭定着を成して逆に戻っていくのです。それで、家庭という絶対的な権限をもって発展していくようになっているのです。(283-92,1997.4.8)
真の愛を成したならば、その責任を全うしなければなりません。無責任な人には、「完成」という言葉は永遠にありません。そうでしょう? 責任を負うようになってこそ、初めて完成が可能になるのです。完成というものは、責任のない人とは何の関係もありません。そのようなことをはっきり理解して、夫婦生活を成していかなければなりません。責任を負わないところには完成がないのです。
愛というものは、責任的基盤で決定されるものなので、責任を負う限り、そのすべては均一的な結果をもたらします。責任を負わなければなりません。自分が愛するときになるときには、五官を集中して愛しますか、目は別で、鼻は別で、耳は別で、口は別になって愛しますか。自分たちの生殖器を合わせるときは、心と体が一つになり、五官が集中して行動するでしょう? そうですか、そうではありませんか。そうだというのです。それだけ深刻なのです。(283-92,1997.4.8)
既に、私は、80歳になりました。80歳になりましたが、クリスマスの時でも家で過ごしたことがありますか。先日の誕生日も、家で過ごせないようにしました。近ごろでは、先生が還暦も解放してきたのですが……。正反対のことをしてきました。今でも、先生は皆さんの世話にはなりません。毎日、毎時間、父母の子女として、真の子女として、忠告したこのすべての内容を中心として考えるのです。私利私欲を中心として考える暇はありません。
毎日、天上と地上の統一に向かって前進的発展を促進化させなければなりません。気合いを入れてあげ、強制的にでも一気に追い立てていかなければなりません。それで、霊界を動員し、霊界にいる先祖を動員するのです。その代わりに、霊界の先祖たちがする活動に、私が負けてはなりません。絶対に負けてはなりません。それで、「私についてきなさい」と言い、寝ながらでも講義し、そのようにしながら寝るのです。先生は、そのように生活しています。
み言をすべて話すことができなかったならば、寝ながら話しているのです。あすの朝に説教することも、すべて夜に話しているのです。お母様は、そのような先生の秘密を知っています。夜だからといって、寝る先生ではありません。常につぶやきながら生活しているのです。(301-83,1999.4.16)
そのようにして何をしようというのですか。自分の一族を拡大しなさいということです。一族で、家庭的なメシヤをつくらなければなりません。12人以上つくり、家庭を中心として自分の一族、孫の嫁まですべて育てることができなければなりません。3代、4代までしなければなりません。そして、何をしようというのでしょうか。自分の一族を拡大するのです。
氏族は、70門徒を中心として120門徒まで編成しなければなりません。イエス様は、120門徒を中心としてザカリヤ家庭で一つとなり、朝廷のすべての官吏を中心として国の形態を備え解放すべきでしたが、それができませんでした。それは、氏族的責任です。メシヤとは何ですか。真の父母でしょう? 真の父母の家庭、真の父母の愛、真の父母の血族です。(301-85,1999.4.16)
国家メシヤを配置したでしょう? 先生は独りでそのような過程を勝利し、その勝利的覇権をもってすべてを収めたので、国家的メシヤを配置したのです。その相対圏になろうとすれば、その相対世界の家庭に、神様が自由に出入りすることができなければなりません。そのようになれば、家庭の自由圏、氏族の自由圏、国家の自由圏、世界の自由圏が生じるのです。国家を取り戻し、その国家全体を犠牲にして、その国とすべてのものを売ったとしても世界のために生きるのならば数十年、50代を越えたとしても、彼らの貢献した国家が世界の主体国家になるのです。ですから、どれほど深刻でしょうか。(301-85,1999.4.16)
先生が教えてあげたすべての内容は、天国に入っていくための鍵です。ここに合わなくては、天国の門を開けることはできません。先生があげる鍵で開けてこそ天国の門が開くのであって、その鍵でなければ開きません。いくら、「アメリカの誰々だ」と言っても駄目です。先生の鍵は、本質的な鍵です。たとえ金や銀でつくったとしても、それらの鍵ではいくらやっても開きません。しかし、先生があげた鍵は、真鍮でつくられていて何でもないもののように見えても、さっと開くのです。誰も、そのような鍵をつくることはできません。(260-186,1999.58)
神様がこの地上で人間と共に暮らせないのは、この統一的見解が家庭において成されていないからです。これが成し遂げられれば、神様が再び来られて暮らすことができるのです。「真の愛」と言えば、「心と体が一つ、夫婦が一つ、子女が一つ」という観念がさっとそこに集約されていなければなりません。この三つが一つになれば、真の愛の家庭は、地上天国と天上天国の出発となるのです。
神様と真の御父母様を中心として一つになる時、地上天国と天上天国が建設されるのです。ですから、地上天国はどこから出発するのですか。私と家庭から、息子、娘からです。(260-185,1994.5.8)
⑤家庭盟誓に対する私たちの姿勢
盟誓文の中の第1番は、皆さんが故郷に帰っていき、神様の創造理想を再び創建しなければならないということです。2番目は何かというと、神様の歴史的な恨を解いてさしあげる孝子になろう、忠臣になろう、聖人になろう、聖子の道理を完成しようということです。イエス様は、聖子になるために来られましたが、それを成し遂げられなかったので、私たちの家庭で、このすべての出発をし得るようにしなければならない、ということを考えなければなりません。それが私たちの伝統です。(267-193,1995.1.8)
盟誓文を暗唱しようとすれば、心と体が一つにならなければならず、夫婦が絶対的に一つにならなければならず、夫婦が絶対的に一つにならなければならず、息子、娘が一つにならなければなりません。そのような場においてのみ盟誓文を暗唱できるのです。毎日、盟誓文を暗唱し、朝、起きた時、朝食を食べる時、昼食を食べる時、夕食を食べる時に、それを考えなければなりません。それから、寝る時に考え、「私は、心と体が一つになり、夫婦が一つになり、子女が一つになることに精誠を尽くしただろうか」と反省しながら、これを毎日の生活の標準にしていかなければなりません。夫婦同士でけんかをしては、唱えることはできません。家庭盟誓を暗唱できないことが、どれほど息詰まる事実かを感じられなければなりません。これは盾です。(266-143,1994.12.22)
寝る時に暗唱し、また起きて暗唱しながら、「今日は何節について考え、そこに合わせて生活し、そのように生活しただろうか」と鑑定する生活をしなければなりません。それができなかったならば、あす、再びその世界に到達できるように……。そのようにして、ご飯を食べて大きくなるのと同じ生活的な要素として、天国の生命的な要素を基準要素として、盟誓文を暗唱しながら鑑定しなければなりません。家庭をもった人が家庭盟誓を暗唱できなければ、偽物です。これは皆さんの家庭を代表した標準なので、ここに一致しない者は不合格であり、脱落です。これを知り、ここに標準となるためには、主人である皆さん父母たちは、これをすべて暗記し、細分化して、子女たちに教えなければなりません。そして、周囲の人々もそこに同感することができるように、リードしていかなければならないことを知らなければなりません。(287-130,1997.9.19)
真の良心をもって、真の父母を再び見てください。そのような良心をもって、父母を愛し、夫や妻を愛し、国を愛し、世界を愛しなさいというのです。真の御父母様に対して、皆さんの態度が絶対的な相対的基準で一つにならなければならない時代に入っていくのです。
真の父母様の家庭が定着したので、このような相対基盤を中心として、皆さんは、完全に一つにならなければなりません。自らの観念があってはなりません。心と体が一つにならず、夫婦が一つにならず、子女が一つにならなくては、盟誓文を暗唱することもできず、先生を「父母様」と呼ぶこともできません。今まで呼んでいた父母は、利用するためのものです。先生は、そのような言葉を聞きたくはありません。それゆえに、家庭盟誓を徹底化できる基準をもたなければなりません。(263-244,1994.10.4)
真の父母と真の父母の子女たちが真の愛を相続して暮らす世界には、宗教が必要ありません。良心的な世界にならなければなりません。ですから、ここに家庭盟誓が出てくるのです。真の父母と一つになった皆さんは、家庭盟誓を暗唱する時、心と体が一つにならなければならず、夫婦が一つにならなければならず、子女が一つにならなければなりません。そのようにならなくては、盟誓文を暗唱できないことを知らなければなりません。(266-31,1994.12.4)
真の愛は、心と体が一つになり、夫婦が一つになり、子女と一つになる、その上で生活することだと常に考えなければなりません。霊界に行けば、皆さんは、盟誓文にすぐに引っ掛かるのです。誓いというものは、そのように恐ろしいものです。常に、そのように生きなければなりません。父親がこの盟誓文と一つになっていなければ、母親も共同責任を負い、息子も共同責任を負い、個人も共同責任を負うのです。(260-189,1994.5.8)
心と体が一つになり、真の愛を中心として一つになった夫婦から、その一つになった心と体の子供が出発するということは、自動的な結論です。そうでなければ、家庭に真の愛がとどまることはできません。真の愛がない所に、神様が臨在なさることはできません。論理的な結論です。(270-324,1995.7.23)
家庭盟誓は、中心に安着した場において、神様と全体が一つになった立場から説いているものです。アメリカが中心ではありません。日本でもなく、先進国でもありません。それらの世界は、ますます悲劇と、悲しみと、苦痛と、怨恨に満ちた世界になって終わっていくのです。今まで統一教会という所は、地獄のように最も暗く、真っ暗な天地だと思っていたのですが、朝となり、これが反対の世界へ上がっていくのです。ですから、天国の運勢が……。創造理想とは何かというと、家庭理想です。家庭理想、すなわち四位基台の完成です。四位基台は3代から成ります。3段階に展開したものが四位基台です。神様、父母、子女です。神様とアダムとエバ、そしてアダムの子女たちです。それが本来の公式です。アダム家庭は、公式家庭です。(260-183,1994.5.8)
み言は、真の父母様が闘ってきた戦勝の記録です。勝利した伝統の記録です。天宙の解放圏を成す時まで、この伝統的事実を自分の生活圏に適用させ、毎日のように自分の生活を批判しながら、相対的実体圏を自らが立てなければなりません。皆さんが盟誓文を斉唱する時、盟誓文を暗唱しながら、盟誓文を中心として常に批判しなければなりません。その言葉を、天から聞こえてくる言葉と思い、私がその実体圏になっているかを批判し、そのようにできていない部分は、削り取らなければいけません。「この悪党、統一教会を滅ぼすために入ってきたのか」という警告状を出さなければならないのです。それを考えてみたことがありますか。(301-80,1999.4.16)
イスラエル民族が、契約の箱をもって40年路程を歩んだように、統一教会も、家庭盟誓をもって一つになり、天国に入っていくのです。イスラエル民族がエジプトから出てきたのが建国のためだったように、建国思想を徹底化させなければなりません。同様に、今、私たちには、全世界的に国がありません。統一教会には国がありません。それは、どこがならなければなりませんか。韓国がならなければなりません。(265-293,1994.11.27)
3)祝福家庭と家庭盟誓
①真の家庭の理想と価値
神様は、妄想的な神様、観念的な神様ではありません。抽象的な神様ではありません。生活的な主体性をもち、私たちが生活している生活の主人として、常に共にいらしゃるのです。侍られているだけではありません。共同的な愛を中心として、共同的な生活をしていらっしゃる神様です。夢のような話です。(168-111,1987.9.13)
私の意識と直観と感覚器官の一切までもお父様のものであり、私が感じて意識する全体がお父様のものだという観が決定しなければなりません。そのようにならない限り、心情を通して動く天を所有できないことを、はっきりとしらなければなりません。(8-294,1960.2.14)
神様を心の中に迎えて侍り、私たち人間が体の立場から完全に一つになり得る起源をつくらなくては、この悪魔世界を清算できません。このような観点から見るとき、侍りの時代、すなわち侍儀の救援時代だとみなすのです。侍ることによって救いを受けるのです。
神様は、あの空の遠く彼方にいらっしゃるお方ではありません。私たちの生活圏内の主体者として、神様に侍らなければなりません。(144-274,1986.4.25)
皆さんは、神様がいらっしゃるということを1日に何度、自覚しますか。24時間中に、何度、神様がいらっしゃる、ということを感じますか。侍ることによって救いを受けようという人が、24時間中の1、2時間程度侍ればよいのですか。空気よりも、切迫して必要なものが神様です。水よりも、切迫して必要なものが神様です。ご飯より、もっと貴重なものが神様です。しかし、皆さんはそのように感じていますか。(33-230,1970.8.16)
今から、皆さんは侍る生活をしなければなりません。今までの信仰生活は、信仰によって救いを受けましたが、今後は、侍ることによって救いを受ける時代です。(161-218,1987.2.15)
本来、堕落しなかったならば、私たちは、神様に侍ることによって行くべき道を行くようになっているのです。侍るには、皆さんの生活と心で、共に侍らなければなりません。(150-213,1961.4.15)
侍る生活をしなければなりません。希望の天国は迎えましたが、侍って実践しながら生活する天国は迎えていません。すなわち生活的な面において、主体であられる神様を知らないのです。(6-226,1959.5.17)
神様は、宇宙の中心存在であられるので、その近くに行けば、千年、万年、主管を受けたとしても、もっと主管を受けたいと思うのです。神様を中心とした侍る道理がそのようになっているので、今日、私たち人間もそのような位置で主管を受けることができるならば、それ以上の幸福はないという事実を、私たちは考えてみることさえできなかったのです。(77-328,1975.3.30)
皆さんは、侍る生活をしなければなりません。なぜ、侍る生活をしなければならないでしょうか。神様の愛を受けるためだ、という事実をしらなければなりません。したがって、まず神様に侍らなければなりません。神様に侍らなければならないのです。(78-30,1975.5.1)
1日24時間の生活圏内で私が見聞きしたすべてのことは、何のためでしょうか。神様のためです。神様のために見て、聞かなければならず、感じるのも、神様のために感じなければなりません。私たちは、地上で生活していますが、天上世界の生活と連結させて生活しなければなりません。(35-284,1970.10.25)
神様が喜ばれ、悲しまれることを常に鑑別しながら暮らす人は、悪人になろうとしてもなることはできず、天の法度に背こうとしても背くことはできません。そのような男性は、どれほどの美人が誘惑しても負けません。そこに同化しないのです。(40-297,1971.2.7)
今日、家庭を脱皮する不幸な青年男女がたくさんいますが、その原因は、どこにあるのでしょうか。それは、天倫に一致した愛が失われてしまったからです。ですから、家庭を中心として、その家庭に神様を定着させる、天地父母が顕現しなければならないのです。(21-155,1968.11.17)
②真の父母と一体となった生活をしなければならない
最後に残るものは何でしょうか。神様プラス人間、すなわち神人であり、神人の生ける道、神人の生活観です。人生観も同様に神人の人生観であり、神人の世界観です。そして、それは神様に対して人間が漠然と知るといった程度の立場ではなく、人間が離れようとしても、永遠に離れられない立場です。神様と人間は、本来、離れてはいけない立場から離れていったので、離れてはならない立場以上の立場に到達しなければなりません。そのような立場で、神人が一つになった生活的な舞台、世界的な舞台を要求していかなければなりません。(65-127,1972.11.5)
皆さんは、侍義時代、すなわち侍る生活をする時代において、正確な中心をもっていかなければなりません。神様に侍るにおいては法度があります。その法度に背く時は、神様は非常に憤慨されます。子女を愛している父母が、その子女の一言の言葉によって胸に釘が刺さったり抜けたりする思いを味わうのと同じように、神様も、人間を愛していらっしゃるがゆえに、怒りも多いお方なのです。万が一誤れば、神様から怒りを買うようになります。それゆえに、先生も先生なりに、常に神様を喜ばせてさしあげようとしているのです。(17-287,1967.2.15)
皆さんも、皆さんのことを思ってくれる人を訪ねていくでしょう? 神様も同じです。その神様を占領できる道は、誰よりも神様のことを思い、神様のために奉献しようとすることです。その人を中心として神様は訪ねていくのです。(128-172,1983.6.12)
人間においては、神様を愛することが第1の戒めですが、愛する時は、死ぬほど愛さなければなりませんか、一時的に愛さなければなりませんか。皆さんは、神様を死ぬほど愛しますか、死ぬほど愛しませんか。たとえ雷に打たれて死んだとしても、愛さなければならないのです。神様を死ぬほど愛さなければなりません。死ぬほど愛さなければならないとすれば、死ぬ前までに、できないことはありません。(37-25,1970.12.22)
この道を行くためには、愚かでなければなりません。忠臣たちは、別の見方をすれば愚かな人々です。少し愚鈍に見えます。熊のような性格をもっているのです。(注:熊には愚鈍な人という意味がある)自分の腕を切られたとしても、「ああ、ここがあまり切られなかった、もっと切りなさい」という、そのような間抜けで愚かな点がなければなりません。熊や猪は、銃に打たれた時に、動くのに足手まといなる部分があれば、その部分を口で切り落として逃げていきます。死についてはあとで考え、まず邪魔になる部分を切ってしまうのです。そのような、間抜けで愚かな何かがなければなければなりません。忠臣、烈士は、愚かでなければなりません。少しは間抜けでなければならないのです。(26-143,1969.10.19)
レバレンド・ムーンとは、どのような人でしょうか。一つの芸しかない人です。愚かに、ただまっすぐにしか行けない人です。口をちょっと閉じて適当に回っていけばよいのに、なぜしきりに悪口を言われるようにするのでしょうか。それは、多くの人々の反対を受けてこそ、一つの峠を越えていくことができるからです。ところが、皆さんは回っていく考えをしているでしょう? では、どうして世の中のすべてのものを切って、行かなければならないでしょうか。父と母の愛に引っ張られれば、まっすぐに行けないからです。今まで、神様がまっすぐな道を訪ねてこられたので、まっすぐに行かなければならないのです。(97-257,1978.3.19)
神様がそのように寂しいお方であり、孤独なお方であられるので、私が死ぬ日まで、そのみ旨とその願いを一つでも解いてあげ、その分野の一つの基盤でも拡大させ、神様のために生きる人を集めることが使命だ、と思って歩んできたのです。
悪口を言われ、むちで打たれても復讐することを知らず、愛で耐えてきたのは、神様の息子として生まれたからであり、そのお方のみ旨を立てなければならない責任があるからです。しかし、この伝統をいかに立てていくかということを考えながら、ふらつき、あるいは腰が曲がり、這いずりながら、「これだけは残さなければならない」としながら闘ってきたのです。(82-47,1975.12.30)
今から、皆さんは真の父母と共に生活しなければなりません。それゆえに、真の父母はおじいさんの立場であり、自らの父と母の立場であり、自分たちは長子の立場だというのです。これが違うのです。3代が共に生活するという結論です。神様が自分と共にいて、真の父母が共にいることを感じて生活しなければなりません。「神様はいない、死んだ」という考えはもてない時代に入ってきました。(131-97,1984.4.16)
父母の愛を受けようとすれば、何をしなければならないでしょうか。父母が愛する、すべてのものを愛さなければなりません。そのようにしたのちにおいて、初めて愛を受けるのです。家庭でいえば、自分の父母から愛を受けることを願うならば、その息子は、父母がもっているすべてのものを愛したのちに愛されなければならない、ということを知らなければなりません。これをしないで愛を受けようとする人は、泥棒です。父母が貴く思うものを、すべて自分勝手にめちゃくちゃに引き継いでは、愛を受けることはできないのです。(133-26,1984.7.1)
皆さんは、先生の血と汗の代価をもって買ってきた人々です。先生の体を与えて買ってきた人々です。したがって、皆さんは、先生と同じ仕事をしなければなりません。先生は食口たちを誇りたいのです。このような立場から、公約しましょう。(11-164,1961.7.20)
皆さんは、実体の神様の立場に立っている真の父母が恋しくて、泣かなければなりません。しきりに会いたいと思わなければなりません。ご飯一膳でも炊き、水でも1杯くんでおき、そのようにしながら侍りたいと思わなければなりません。そのような、切実な心をもたなければなりません。涙が先立つ心情をもっていれば、できるのです。そのようにすれば、先生を中心として心情一致が成され、先生と共に呼吸することにより、先生の人格基準と、そこに絡まった事情がどのようになっているのかを知るようになり、さらにはそれを相続し、引き継ぐことができるのです。(38-75,1971.1.1)
エデンの園でアダムとエバは堕落して、その堕落圏内で生活したので、直接的な侍る生活をしてみることができませんでした。侍ることができなかった人間には、天国に入っていく資格はありません。
しかし、皆さんは、堕落の血統を受けて生活したとしても、復帰の路程を蕩減し、地上で実体をもってアダムとエバが侍ることができなかった真の父母に侍り、神様に侍って生きてから逝ったという条件を立てることにより、天国に入っていける資格になるのです。それで、天国の市民権を得るようになるのです。(150-233,1961.4.15)
皆さんが考える神様に対する侍義の生活とは、どのようにしなければならないものでしょうか。神様と一体だと思い、真の父母と一体だと思い、生活するすべてのものが一体となって、私が生活するときに、「このすべてのものは神様のものであると同時に真の父母のものであり、真の父母のものは真の父母の国のものであり、真の父母の国のものになれば、私のものである」という観念をもたなければなりません。
この観念も真の父母のものであり、この家も真の父母のものであり、国も世界も真の父母のものであるならば、私は真の父母の息子なので、すべてのものは私のものだ、という結論が出てくるのです。(161-231,1987.2.15)
成約時代には、神様自体が真の父母の姿をして万民の前に現れるようになります。政治によるいかなる力を投入したとしても、負けない偉大な力を統一教会がもっているのは、正にこのためです。生きている神様を私たちが直接、目で見て、感覚をもって体恤できる圏内で、体験を繰り返しながら歩んでいくのが、私たち統一教会の道です。(御旨と世界-286)
人間の願いは、真の父母に出会うことです。死の道を行ったとしても、出会わなければならないお方が真の父母です。歴史をすべて失い、時代をすべて失い、自らの子孫をすべて失ってしまうことがあったとしても、真の父母に出会うならば、歴史を取り戻し、時代を取り戻し、未来を取り戻すことができるのです。このようなお方が正に真の父母だということを、皆さんはしらなければなりません。(35-237,1970.10.1)
「チャンプモ(真の父母)」というその名前3文字を思う時、真の父母によって歴史が始められ、真の父母によって新しい世界に戻っていくことができる起源が生じ、真の父母によってサタンを屈伏させることができる内的な因縁が決定され、真の父母によって外的な世界を占領しているサタンを征服して、初めて神様を解怨成就してさしあげることができる中心が決定されるのです。したがって、真の父母と共に生き、真の父母の命令を奉じて行動することができるこの驚くべき恩賜に、皆さんがまず感謝しなければなりません。(43-144,1971.4.29)
神様を解放しようというのです。真の神様の権威を中心として、理想の境地で人類史祖と共に無限の幸福を褒め称えながら暮らす中で、侍られながら暮らされるべきだった神様が、このように悲惨になったという事実を知ったので、その神様を私たちの手で解放してさしあげようというのです。
これは驚くべき提案です。そのような内容が宗教界から出てきたという事実は、神様にとっては、限りなくうれしい知らせです。福音の中の福音です。このように見るとき、儒教を立てられたお方も神様であり、イスラーム(イスラム教)を立てられたお方も神様であり、キリスト教を立てられたお方も神様なので、すべての宗教が、もろ手を挙げて歓迎しなければならないのです。(176-242,1988.5.11)
皆さんが真の父母と完全に一つになる時、国家があるのであり、氏族もあるのであり、民族もあるのであり、家庭もあるのです。天地のあらゆる栄光の価値を総合した実体基準が、真の父母です。真の父母を世の中のお金と換えることができますか。自分の生命と取り替えることができますか。それゆえに、昔とは違うのです。皆さんがどこに行ったとしても、真の父母に侍るために大韓民国を訪ねてこなければなりません。皆さんの息子、娘も、千代、万代の後孫も、そのようにしなければなりません。それゆえに、統一教会は違うのです。(30-237,1970.3.23)
③伝統と家法を正しく立てよう
先生が心配していることは、いかにすれば統一教会の名を後世に残せるかということではなく、いかにすれば先生の伝統を受け継いだ人々を後世に残せるということです。ですから、今まで、伝統を重要視しなさいという教育をしてきているのです。(35-115,1970.10.4)
今まで私たちは、いい加減に生きてきたのであり、言葉もいい加減に使ってきました。しかし、今から、私たち祝福家庭も規律を立てなければなりません。腹が立ったからといって、父母が子女を自分勝手に棒でたたき、「この駄目息子」という世俗的な卑しい言葉を使ってはいけません。今からは、すべて一新されなければなりません。神様を中心として、言葉から、態度から、生活から、一新した立場に立たなければなりません。(28-252,1970.1.22)
個人生活は、どのようにしなければならないかということを、はっきり糾明しなければなりません。また、家庭生活は、どのようにしなければならないかということも、はっきり糾明しなければなりません。過ぎし日に漠然と生きてきた生活を改め、これからは具体的に生きていかなければなりません。(24-28,1969.6.22)
父母は、子供のために存在します。もし父母のために父母がいるとするならば、「父母」という言葉は出てきません。今後、統一教会の原理を中心として、倫理観が形成されなければなりません。父母は、どのようにあるべきですか。子女を生む父母は、子女のために存在しなければなりません。それが倫理の第1条です。それには、説明が必要ありませn。息子のために存在しようとする立場は、不幸な立場ではなく、幸福な立場です。(62-214,1972.8.25)
皆さん自身は、誰のものですか。父母のものであると同時に、息子のものです。そのようになるとすれば、父母は誰のものですか。父母は、子女のものであると同時に、神様のものです。ゆえに、皆さんは、まず神様のものとなり、子女のものになったのちに、自らのものとなるのです。そのようになる時、初めて完成がなされるのです。ですから、父母を敬うその法度は、地上に残っていて、ここから、「父母を敬い、子女を愛しなさい」という言葉が出てきたのです。父母がいなければ孤児です。父母の愛を受けてみて、子女を愛してみてください。そのようにして初めて「私」という人間が四方を区別し、上下を区別できるのです。(18-209,1967.6.8)
伝統を残さなければならず、その次には、善なる立派な子孫を残さなければなりません。小心者の子孫ではなく、強く雄々しい立派な子孫を残さなければなりません。そのようになれば、たとえその国が滅びる運勢圏にあったとしても、滅びません。滅びるべき立場から、新しい恩人が現れるのであり、追われる立場から、新しい勝利の旗がついてくるのだという事実を知らなければなりません。残すべきその伝統は、大韓民国だけではなく、万民が喜べる伝統にならなければならず、そして善の子孫も残さなければなりません。これができなければ、天の前にもっていく礼物がなくなります。(99-329,1978.10.1)
いかにして私たち祝福家庭の息子、娘たちが先生のように生き、そのように3代を生きることができるか、ということが大きな問題です。3代が共に功臣になるならば、天下にいない、あの天上世界の功臣になるのだ、ということを考えてみましたか。ですから、自らの息子、娘を抱き、今から教育して、そのような思想を入れることに精誠を尽くさなければなりません。(51-269,1971.11.28)
未来に対して、どのように暮らすことが、幸せに暮らすことでしょうか。私が幸せに暮らすことが問題なのではありません。子孫を教育しなければなりません。子孫の前に残してあげなければなりません。今まで、統一教会を指導してきた先生自身もそうですが、皆さんもかわいそうな道を歩んできました。避難民として定着できなかったのです。荒野路程を歩んできたのです。今から私たちは、定着しなければなりません。そして、地着しようとすれば、闘って勝利しなければなりません。カナン7族を滅ぼしたように、戦って勝利しなければ定着することはできないのです。この民族を中心とした闘いにおいて、必ず勝利しなければなりません。(77-251,1975.4.13)
父母は、死んでも、天道は、残していかなければなりません。その家庭は、何のために存在するのでしょうか。自らの子女のために存在するとしても、まず神様のために生き、国のために生きなければなりません。結局は、そのことが自らの子女のために生きる道です。そのようにしてこそ、子女たちは神様の運と世界の運と共にあり、国の運と共にあることができるのです。したがって、祝福されて生んだ貴い子女たちが苦労したとしても、その子女たちに拍子を合わせるのではなく、神様と、世界と、国の運勢に拍子を合わせなければなりません。(21-87,1968.10.27)
私たちが神様から受けた純粋な血統を、いかにして保有するかが問題です。堕落した血統ではなく、純粋な血統をいかに保存していくのかというのです。彼らのために、心から心配しなければなりません。
汚染されていないエデンの園においても堕落したのですから、この罪悪世界できれいになるということは、非常に難しい問題とならざるを得ません。罪悪世界で生まれた父母は、たとえ苦労したとしても、祝福を受けて生まれた子供たちには、汚染されていない環境をつくってあげなければなりません。私たちが犠牲になったとしても、二世たちのために早くそのような環境を準備しなければならない、というのが先生の考えです。急がなければなりません。(御旨と世界-550)
習慣的で、世俗的な家庭であってはいけません。「今はこうであるが、今後は良くなるだろう」と考えてはいけません。既に完全でなければいけません。現在が問題です。過去と現在が完全であってこそ、未来も完全であり得るのです。このような1日を、エデンの園でももつことができなかったことが、堕落の証拠です。過去と、現在と、未来が一致し得る位置が、理想的な位置です。現在を捧げることができなければなりません。地上の永遠の足場となれるか、ということが神様の願いなのです。これは、歴史的な総合天です。(21-77,1968.10.20)
イスラエル民族がカナン復帰を成し遂げたのちに滅亡したのは、彼らが既存の環境に同化し、習慣化されたからです。より豊に暮らし、よく食べて贅沢をする生活にすべての精神を注いだので、滅亡したのです。彼らは、異邦人であっても、相手が金持ちの家ならば結婚しました。また、権力を貪り、知識を好みました。結局、既存のカナン文化に同化され、選民の精神を売り飛ばしたので、彼らは滅亡したのです。(144-134,1986.4.12)
習慣は、最も凝り固まった悪い癖です。結婚したのち、皆さんが子供たちを育てながら習慣的な生活をするようになれば、それが体に染みついてしまいます。そのような環境の中では、特別な精誠や祈祷をする時間がありません。子供たちがそばで騒ぎ立てるので、祈祷をする時間がないのです。(30-125,1970.3.21)
私たちは、個人中心ではなく、家庭中心です。だからといって、家庭だけを中心としてすべてのものを清算するのではなく、すべてを連結しなければなりません。したがって、昔、独りで修養の生活をしていた時の努力をするだけではいけません。「昔、努力していた時の何倍も努力しよう」という決意と覚悟を添付させなければいけません。悪に対して挑戦していく生活は、ややもすれば疲れて後退しやすいのです。家庭をもった時は、独りでいた時の何倍も努力しなければなりません。家庭は、中心をつかんでいる立場です。私たちは、現実を避けることはできません。前後、上下、左右の関係を家庭で完成しなければなりません。過去の信仰形態ではいけません。過去の一方的な信仰態度をもっていてはいけないのです。(27-85,1969.11.15)
皆さんは、1代のために生きる家庭になるのではなく、世界と永遠のために生きる家庭になれなければなりません。また、愛の基盤を広げ、万民の心情を集めて、ろうそくのあかりをつけ、香をたいて祈りを捧げ、天と地、万民と共同の因縁を結んで生きたのちに死のう、という家庭にならなければなりません。そのような家庭になれば、いかなる艱難が迫ってきても、神様がその家庭を保護してくださるはずです。天が種として残しておくのです。(100-306,1978.10.22)
祝福家庭は、家庭の伝統を立て、家法をつくらなければなりません。そして、子女たちの教育基準と家庭の規範をつくらなければなりません。そのようにしなくては、もし父母が誤り、子女たちの追求を受けるようになれば、返す言葉がないのです。(21-87,1968.11.3)
これからは匕首(短剣)をもって、切るべきところは切り、解剖すべきところは解剖しなければなりません。皆さんの思いどおりにしてはいけません。統一教会は、天国を成さなければならない教会なので、個人ではなく、家庭を取り戻さなければならないのです。家庭生活で模範となることができない人は、世界的な指弾を受けるでしょうし、全天宙的な指弾を受けることでしょう。(30-230,1970.3.23)
(●2022.5.25:写経奉献)


